逃亡王子と居眠り姫
「うーん…」
先程から王城の庭園にある人工池で、ひたすらに纏まらない魔力をこねくり回している。
目線の先を優雅に泳いでいる小魚が羨ましく思えるほど、私の心は沈んでいた。
本来なら魔力を撚り合わせて糸状にし、小魚を釣り上げるのが目的なのだけど…。
今日は魔力の糸すら生成できずにいる為、釣れるものも釣れない。
「何かあった?」
隣からここ数週間の間に大分聞き慣れた穏やかな声がする。
「え、あの!えっと…すみません!全然集中できてないですよね」
隣で同じように釣りをしていたユーリス先生の方を向くと、心配そうにこちらを覗き込む深い紫色の瞳と目が合う。
「謝る必要はないよ。誰だってそういうことはある。でも、そうだな…誰かに話してみたら気持ちが整理できることもあるかもしれない」
先生の怒るでもなく、ただただ気遣いだけが滲む穏やかな口調が不安で揺れる心に染み渡る。
ユーリス先生になら話してみてもいいのかな…
「その、今日、ロジェット殿下を怒らせてしまって…」
「うん」
「もっとロジェット殿下に分かっていただけるよう、私が根気強くお話しできたら良かったのに…とか、でもあんな言い方しなくてもとか、色々考えてしまって」
「うん」
先生の相槌から、要領を得ない私の話に静かに耳を傾けてくれているのが伝わってくる。
「何か酷いことを言われたの?」
「その…ロジェット殿下が、魔法の講師を変えてもらったと仰って、それで…えっと…」
そうだった…。この先を言っても良いものか惑う。
先生はロジェット殿下の講師を下されてしまったこと、どう思っているのだろう。
それに…
「あー…。その件は、なんて言うか…私から陛下に進言したんだ」
私が続きを言いあぐねていると、じっと聞いてくれていた先生が酷く申し訳なさそうに言った。
「…え?」
「ロジェット殿下が私の授業を拒否されていたのは聞いた?」
「はい、最初の一度以降は顔も出していないと…」
それも、ユーリス先生が貴族の生まれではないからという理由で…。
そこには触れずにおずおずと答え、先生の様子を窺い見る。
「うん。流石に王族が魔力測定から半年以上、魔法も使えず制御もできないままというのはまずい。それに元々、陛下とは1ヶ月教えて成果がなければ降りる約束だった。途中から殿下が来たら呼んでもらう形にしてもらってはいたけれど、私もそこまで暇ではないから…」
先生はそこまで言って困ったように笑う。
相手が来ないことが分かっていて、待ち続ける辛さは私にも分かる。
私の場合はお茶会の時間が后教育の時間割に組み込まれているし、ロジェット殿下の婚約者だから殿下を待つのも責務の内と自分に言い聞かせている。
だが、ユーリス先生は魔術師団長としてのお仕事に追加して魔法の講師を勤めてくれているのだ。
それでなくても最近ちらほらと出現が噂されている魔物の調査に討伐と業務も多いはず…。
よく考えると完全にオーバーワークでは?
「その、ご負担をおかけして申し訳ありません」
そこまで考え至って思わず頭を下げる。
ロジェット殿下は逃亡、私は居眠り…申し訳なさで泣きそうだ。
忙しい時間を割いて教えに来てくださっている先生からすれば、あまりに酷い生徒達だ。
さぞ落胆されたことだろう。
「負担だなんて思ってないよ。フィリリアは真面目で優秀だし、それに君達の講師は陛下と王妃殿下から任された任務だ。ロジェット殿下のご興味を引けなかった私の責任もあるだろうし…」
その言葉に思わず首を振る。ロジェット殿下逃亡の理由は明らかに理不尽だ。先生に悪かった箇所なんて無い。
「…もしかして、フィリリアもやっぱり副師団長の方が良い?」
「え…?」
最後に付け加えられた問いに震える。
それは私が1番恐れていた言葉だ。




