目覚め
何か、とても怖い夢を見た気がする。
とても悲しくて、辛くて、恐ろしい夢。
眩しさにハッとして頭を上げると、目の前には自室の机と散らかった教本、昨日の夜に侍女のロアナが入れてくれたカモミールのハーブティー。
また、勉強しながら寝落ちてしまったようだ。
まだ眠気の残る目を擦っているうちに、コンコンッと控えめに自室の扉が叩かれる。
「お嬢様、おはようございます」
「おはようバーバラ起きているわ」
そう答えると、紺色のメイド服を着て少し白髪の混じり始めた髪をキッチリと結えた乳母のバーバラと、赤茶の髪を頭の高い位置で纏めた侍女のロアナが部屋に入ってくる。
「お嬢様、またベッドでお休みになられなかったのですか?真面目なのはお嬢様の素晴らしい長所ですが、根の詰めすぎは身体に毒ですよ」
「そうですよ。お嬢様はまだ12歳、成長期真っ只中なのですから!」
バーバラの後に続くようにロアナが眉間に皺をつくりつつ苦言を呈する。
そもそも昨日ロアナが淹れてくれたハーブティーは、勉強を切り上げそろそろ眠るようにと言いに来てくれた時のものだ。
その後もキリがつくまではと机に齧り付き続けた結果今に至るのだが…
「でも、しっかり予習復習をしておかないと立派なお妃様になれないわ。今日から魔法の授業も始まるし」
我が国では12歳の誕生日を過ぎると魔力測定が行われる。
第一王子の婚約者である私は、魔力測定を無事にクリアし、今日から普段の妃教育に加え魔法の授業が始まる予定だ。
「それはそうかもしれませんが、ほどほどにしてくださいませ。ばぁやは心配で気が気ではありません」
バーバラがそう言いながらテキパキとした動きで身支度を整えてくれる。
「そうですよ。寝不足になると、髪やお肌の艶に影響するんですから」
ロアナも鏡台の前に座らせてくれ、髪に櫛を通しながら口を尖らせている。
そう言われて鏡に映る自分の顔をよく見ると、確かに薄い金の髪はパサつき、覇気のない青い目の下が前よりちょっと黒っぽいような気がしなくもない。
ロアナは侍女の中でも比較的歳が近く、少し年上の姉のような存在だ。彼女の明るく気さくな性格に救われているし、憧れてもいる。
それでも、私は彼女のようにはなれない。
私は公爵家の娘で次期国王たる第一王子の婚約者、常に完璧でなければいけない。
そうよ、頑張らなくちゃ。妃教育をしっかりこなして、立派な淑女になればきっと…きっと、ロジェット様も私を認めてくださる。
朝の身支度を素早く済ませてもらい朝食を食べる為食堂に降りる途中、通りかかったエントランスに人影が見えた。
お父様が家を出るところに運良く通りかかったようで、行儀が悪くならない程度に急いで近づきお声を掛ける。
「お父様」
「 フィリリアか。妃教育は順調か?」
お父様は領地の管理に加え、王宮で重役も担っておられる為、非常にお忙しくされている。それ故に朝も早ければ夜も遅い時間にお帰りになられるので、お話しできる機会は貴重だ。
「はい、問題なく進んでおります。本日から魔法の授業も始まる予定です」
「そうか。魔法の講師は魔術師団長が付くと聞いている。しっかり学びなさい」
公爵家の当主らしい威厳に満ちた鋭い目に見つめられると、いつもピッと背筋が伸びる。
「はい、心得ました」
「では、行ってくる」
私が少し緊張気味に答えると、執事から受け取った上着を羽織りながら答えてくれた。
お父様は言葉数が少ない方なのでお会いしても2、3言葉を交わせれば良い方だが、それでもお話できると嬉しい。
「「「いってらっしゃいませ」」」
使用人に混じって王宮へ向かわれるお父様をお見送りしてからシャンとした足取りで食堂へ向かう。
朝からお父様とお話しできるなんて、今日は良い日だ。
ヴィンデミア公爵家の娘として、第一王子殿下の婚約者として、しっかり頑張らないと。




