お兄様の懸念
手早く湯浴みと身支度を済ませてもらった後、私の準備ができたことを厨房に伝えてくると言うバーバラと別れる。
待ちきれない私は一足先に食堂へ向かったのだが…
久々のお兄様との時間に心躍らせていた私は、食堂の扉の前で固まっていた。
「父上!フィリリアの魔法の講師をあのユーリス・アクベンスが務めているというのは本当ですか?」
「そうだ。それがどうした」
このような会話が扉の向こうから漏れ聞こえてきた為だ。
いけないと思いつつも、つい気になって盗み聞いてしまう。
「いくら侯爵家の者と言っても、彼はアクベンス家の養子のはずです!それに学院にいる頃、アクベンス侯爵が魔力量の高さに釣られて、どこの者とも知れぬ庶民の孤児を養子にしたと。その上、当人の言動も野蛮だと噂されておりました。そのような者にフィリリアの講師を任せるなんて!」
扉越しにお兄様の声が響く。
政治の授業で宰相閣下の絵姿を拝見したことはある。あるが、言われてみれば確かに…ユーリス先生はアクベンス侯爵様とも、以前お兄様がお連れになったアクベンス家のご子息様ともあまり似ていないように思う。
私としては実は宰相閣下の隠し子…という可能性を危惧していたのだがその可能性も薄そうだ。
踏み込まなかった先生の出自についての情報に私が驚いている間にも、お父様とお兄様の会話は続いている。
「… ふむ。彼が学院にいた頃、お前も学院で学んでいたと記憶しているが、実際に会ったことは?」
「いえ、ですが彼を見かけたと言う者は皆、口を揃えて無作法で粗暴な庶民そのものだと…」
「お前は領内の者や爵位の無い者をそのように思っているのか?」
「いえ!全ての者がそうだとは思っていません。それに彼は当時まだ15歳だったはずですし出自を考えれば仕方ないことかと。ですが、今はそのような話は…!」
言い募る兄にお父様の声色も厳しさを帯びてくる。
私を心配してのことだと思うけど…お兄様の口からユーリス先生の悪い噂を聞くのは少々堪える。
「同じことだ。今のお前は自分の見もしないものを、まるで本当のことのように信じている」
「全てを鵜呑みにしているわけではありません!ただ、皆が言うような人物である可能性もあると…!」
段々と2人の言い合いがヒートアップしてきている気がする。
これ、やっぱり私が聞いて良いお話では無いよね…。
しかし自室へ引き返そうにも扉の向こうに足音でも聞こえてしまったらと思うと身動きが取れない。
「先日、王宮で魔術師団と騎士団の合同演習があってな、私も見学させてもらった。…多少会話も交わしたが、礼儀正しく物腰柔らかな青年で粗暴だなんだという印象は受けなかったがな」
続けて漏れ聞こえてきたお父様が語る先生の印象の方が私には馴染み深いもので、少しホッとす…
…ん?
え…ちょっと待ってお父様、ユーリス先生とお話ししたことがあるのですか!?
もしかして私が授業で熟睡し続けているのがお父様にバレている可能性もあるのでは…!?
思わずドキドキしながら続きに耳を傾ける。
「指示も的確で、とりわけ魔法の腕は目を見張るものがあった。今の我が国ではあの者の横に並ぶ者はおるまいよ」
「そ、そこまでですか…」
「ああ。あれを見出し、教育を施したアクベンス宰相の先見の目には恐れ入る」
お父様の口から私の授業態度についての話題が出て来ないことに一旦胸を撫で下ろす。
もしかしたら私の魔法の授業が始まる前のことなのかも…。
「そうですか。父上がそこまで仰られるなら…」
「エーリク…私は生まれが我々を貴族とするのではないと考えている。我々を真に貴族足らしめるのは与えられた環境とそれに伴う義務と責任、そしてそれを担う者としての怠らぬ努力だ。お前にもそう教えてきたはずだが?」
「はい…」
うっ…。
お父様の手厳しい言葉が私の胸にもグッサリと刺さる。
私はお父様の仰るような貴族としての振る舞いができているだろうか。
「お前も彼もまだ若い。私の跡を継ぐのであれば今後、彼と関わることも多くあろう。周りの言葉に振り回されず、お前も自分自身の目で見極めなさい」
「はい。精進いたします!」
は、入りづらい。…すごく入りづらい。
お兄様も一応はご納得されて、お話しに区切りはついたようだけど…
今入室したら盗み聞いていましたと言うようなものでは無いだろうか?




