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老婆と海

作者: 朝日奈流星
掲載日:2025/11/05

現実と非現実の狭間を楽しめる方たちへ

ささやかなるエピソードの欠片を捧げます

自分は55歳である。妻と両親の4人家族である。子供は既に独立している。

 自分の歳から分かると思うが妻もそれなりの歳を重ねていて、両親も結構な年寄りである事は簡単に予測できるだろう。

 自分の趣味は釣りである。主に海の魚を求めて様々な釣り方で釣行している。

が今回はなぜか母親が

『しばらく海を見ていないので一緒に行きたい』

と言い出した。

 なるほどな。若い頃は父親と共に釣りにも行っていたからな。

快く母の希望を叶えようと思った。

 今回は母が高齢のため足場の良い漁港辺りで済ませるしかないだろうと思い承諾した。母はもう釣りをする腕力もないので海を眺めるだけだ。日がな一日のんびりと過ごしてもらおうと思ったのである。


 釣りに行く日、弁当とお茶と少しのおやつを持って港に着いた。車のトランクから道具を出したら、釣り場に移動だ。

 母の足取りを考えてゆっくりと歩こうか。

幸いにも釣り人も、港の人さえ誰もいない。


 車を停めたすぐ側になぜかドアだけがある。まるで漫画に出てくる一瞬にしてどこでも移動できるという、あの形のドアだ。この地域のイベントで使用した残骸だろうか。。。

 おもしろくてついそのドアをわざわざ通り抜けたのだ。

 通り抜けたその瞬間世界が少し揺れた様な気がしたがそれは気のせいだとすぐに気付いた。視覚だけで地震などではなかったからである。

身体に感じる揺れなどは一切無かったから。

 後ろからは母もついてきている。母も自分に続いてドアを通り抜けている。お茶目な人だ。

母も通り抜けた後一瞬辺りを見回している。80歳は過ぎて腰も少し曲がり、猫背気味ではあるがまだ歩ける方だ。1年前には膝の調子が悪くて一時期車椅子のお世話にもなった。関節の手術をしてからは回復に向かい今の状態にある。医師や病院選びの大切さを痛感したのは言うまでもない。後ろをついてきてる母を確認しながらゆっくり歩く。

転倒したらヤバいからね。

 後ろを歩く母の姿を見てとりあえずひと安心しながら目指す釣り座へ向かった。

 そこは瀬戸内海に面する漁港の先端付近のL字型の付け根辺りである。外海に面していなくて波も無く、漁業従事者の高齢化も相まって係留してある船の数も少なく釣り針がロープに絡まってしまう事も無さそうだった。

 その時気付いたのだが、周囲の民家の窓が少しだけ開いている。こっちがそれを見つけるといきなり

『ピシャッ!』

と、窓が閉じられるのだ。そんな家が数軒も続いた。

『なんだかこっちの動作が覗かれてるようでいやな感じだな。。』

と思ったが、何せ我々は地元の人たちにとってはよそ者だ。警戒されても仕方ないのだろう。それにしても嫌な感じだなぁ。

 それでも目指す場所へ誰ともすれ違わずに着いた。

 竿を伸ばしながら母を見ると後ろで折り畳み椅子に座っている。お茶とおやつを渡して得意のウキ釣りを始めた。


 ところが、と言うか想像した通りウキの反応はピクりとも無い。せめて小アジや小さいメバル、最悪餌取りが餌を取っても良さそうなのに。

ウキの反応は全く無い。

 後ろに座っている母を見るとお茶を飲みながらおやつを食べている様子である。

『竿、持ってみる?』

と聞いたけど、『竿を落としちゃいけんから、やめとくよ』

てな返事。

まぁ、母がのんびり過ごしてくれたらそれで良いか、くらいに感じていた。母の『海が見たい』という希望を叶えてあげられた事が今日の収穫だ、と思えてきたその時、、、


ウキが一気に海中に消し込んだ!

なんてことだ!竿が持ってかれる!てか、折れそうだ!


なんとか魚の引きを凌いで釣り上げたのは


『鰹』

!!

瀬戸内の港の内側で鰹⁈

ええ〜⁈

なんて思ってたら、ここに来る途中に窓を『ピシャリ!』と閉めた近所の民家の婆さん。

『ぉー!カツオ釣るなんて凄いねぇ!カツオは足が早いからすぐに捌かないとだめじゃよ』

『任せんしゃい。捌いてあげるけぇ』

なぜか窓を閉めた時とはまるで違う好反応である。手のひらを返したような態度を訝しんだ。。

しかし、こんな場所でカツオを釣ったのは嬉しいので御好意に甘えることとなる。


少しの間を置いて先程の婆さんが

『鰹はタタキにしといたけんね。食べやすい大きさに切って食べんしゃい』

何というか、調理までしてくれたのだ。

しかも旨そうである。さっきまで抱いていたわだかまりもどこへやら

鰹をすぐにクーラーボックスに入れてしばらく釣りを再開するも

全く釣れない。

『普通鰹って魚は群れで居るから続けて釣れそうなものだけどなー』

とかぶつぶつ言いながら時は経ち。

『釣れねぇし、帰ろっかな』

とか呟いたら気配を察知したのか母も椅子を畳み始めた。

そそくさと帰り支度をして車まで向かうのだが、時折りすぐ後ろを着いてくる母の姿を姿を確認しつつ、今も設置してある『ドア』は抜けずに素通り。

そして車に乗り込もうと後ろを振り返ると


今の今まですぐ後ろに居た母の姿が無いことに気づく

なんということか、先程釣りをしてた場所に椅子に座ったままで!

しかも瞬時に移動している!?


『なんで⁇』


釣ってた場所に戻ろうとすると

自分の後ろの少し高い空の辺りから男の太く低い声がした。

心の奥底に届くような声色で


『母親は置いて帰れ』

『母親は帰る、って言ってないぞ』


これは何か変だ!

マズい!ヤバい!と、とっさに感じた。


とてもこの世のものとは思えない気配を感じたからだ。


急いで駆け足で釣ってた場所に戻り母に

『帰る、って言え!』

『帰ると言え!』


母はわけも分からず

力無く


『かえる』


とだけ言った。


心配だったので車に乗り込むまで母の手を握り

母の手の感触を確認しながらゆっくりと車に乗せた。


あのドアは一体何だったのだろう

あの声は何処から?

気付くのが遅かったら・・・



寝ている時の夢というものは可笑しいものです。それを見る原因も分かりません。もちろん何かの暗示とも思えません。登場する人物もストーリーさえも支離滅裂なことも多いです。

慌ただしい日常を過ごす現代人にとって「夢」とは・・・

この夢に出てくる母は実在する人物です。

港の民家の婆さんはエキストラに過ぎません。

この夢の原因が何なのか、何を意味するのか

全くもって不明ですが、非日常を楽しめるひと時だと良い方向に勝手な解釈をしつつ

このような夢を見たくてまた今夜も早い時間にベッドに入ることもあるかもしれません。

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