第42話 1月2週目
そっちがその気なら構わないよ。
俺も俺流でやらせてもらうから。
「春香、明日なんの日か知ってる?」
「冬馬の誕生日」
「おう、正解。お祝いしてくれ」
「え……」
「それくらいしてくれたっていいだろ?俺に感謝すること、いろいろあるだろ?」
「自分で言う?」
ウケてる、ウケてる。
「高い店に連れていけ」
「えー」
「デートじゃないが、オシャレして来い、せめてスカートで来い」
「はいはい」
いい感じに誘えたぞ。
翌朝、いいスーツを着て出社した。
「冬馬、お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
おはように代わる、年に一度のご褒美的な挨拶。
「今日さ、時間厳守でお願いね、会社の前にタクシー呼んでるから」
「タクシー?」
「そう」
制服を着た春香は、ダスターを持って行ってしまった。
どこに行くんだろう、楽しみで仕方がない。
フライング気味で仕事を切り上げようとしたら、部長に声を掛けられた。
聞こえないふりをして、「お先に失礼します!」と言って逃げた。
門に走ると、春香がタクシーの前で立っていた。
「よし!行こう!」
行き先が分からないままタクシーは出発した。
それにしても……
そのワンピースは可愛すぎる。
反則だ。目が離せない。
「ん?」
「今日は可愛いな」
「ありがと、いつもウェアか制服だもんね」
いや……それもあるかもしれないけど……そうじゃないと思う。
「お化粧もしてるのか?」
「そりゃね、服に合わせてメイクもするよね」
「綺麗になったな」
「そう?変わらないと思うけど」
なんでそんなに普通なんだ?俺は、心臓がバクバクしておかしくなりそうなのに。
人気がない、オレンジ色の光がたくさん付いた立派な建物の前に付いた。
「ここどこ?」
「埠頭?桟橋?」
「船にでも乗るの?」
「そうだよ。置いてかれたら洒落にならないから、ほら行くよ」
春香は俺の手を取って、走り出した。
嘘みたいに最高だ。
お城のような大きな船に乗り込む。
窓際の小さなテーブルから、夜景が見える。
「綺麗だな」
「そうだね」
カタカナばかりの前菜が出てきた。
「なんだか分かんないけど、美味しい」
「ホント、このくにゃくにゃしたの何だろうね。美味しい」
料理は美味しいけど、何を食べるかより、誰と食べるかが大事だ。
春香となら、フライドチキンだって、一人で食う高級料理より十倍は旨い。
美味しい料理を春香と食べてるんだから、いつもより百倍は旨い。
スープを飲み終えるころ、外に出れるというアナウンスが流れた。
「行ってみる?」
「もちろんでしょ」
コートを受け取って、デッキに出る。
「さっむ!」
「でも、綺麗だね」
手前に広がる暗く黒い溝の向こう側に、無数の黄色や白の点々が輝く。
春香がスマホで写真を撮った。
「俺らも撮らない?」
「記念写真か、いいね」
「なんの記念?」
「冬馬の誕生日」
並んで画面をこっちに向け、自撮りする。
本当はもっと近付いて撮りたかったけど、贅沢は言わない。
寒そうに震える春香の肩を抱き寄せたかったけど、今は我慢。
「もう入ろ」
「そうだな」
メインには魚料理も肉料理も出てきた。
窓から見える夜景、綺麗に並べられた食器と美しい料理、文句の付けようがない。
「お腹いっぱいになってきた」
「俺も」
あ、でも一点だけ、もし、感想を言うなら、ちょっと、うるさい。
狭い空間で、機密性が高いのか?周りのテーブルの話し声が響いて、カチャカチャと食器の擦れる音も、何気に気になる。
「ごめん、ムードが足らなかったね」
春香も同じこと思ってたかな。
「はは。耳塞げばいい感じだ」
「おしゃべりが、あんまり出来なくて、ごめん」
「いいよ」
デザートを食べて、コーヒーを飲んだ。
「そう言えば、今夜はノンアルだったな」
「私ね、実は船苦手で……ちょっと、酔い気味」
「気分悪いのか?」
「そこまでじゃない。平気だけど、お酒は入るとヤバいかなって……今日のチョイス失敗だね、冬馬は飲みたかったよね。気が利かなかった、ごめん」
「そんな事無いよ、俺、クルージングディナーとか初めてだったし、良かった」
「なら、良かった」
夢のような二時間は終わってしまい、寒い夜の丘に放り出された俺たちは、たちまち魔法が解けてしまった。
「本当に、ありがとう。散財させて悪かったな」
「いいよ。今日は特別だから」
特別、か。期待していいのかな。
「あのさ、春香」
「……」
「俺と付き合おう」
「……」
「春香のことが好きなんだよ」
「このままがいい」
茶色い草の上で向き合っている。
今夜の春香は飛び切り綺麗だ。
「このままは……ない」
「え?」
「どっちかしかない、付き合うか、付き合わないか」
「どうして?」
そんな顔しても駄目だ。
「どうしても、だ」
決めてくれ。
「じゃぁ……」
「付き合わない」




