第4話 3月4週目
3月の決算セールキャンペーンがやっと終わった。
「お前、たまに心ここにあらずではあったけど、いろいろ助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして。ボーナスの前に、何か奢ってくれてもいいんだよ?」
「いつものとこでいいなら、今日は出すよ」
「わーい。ごちそうになります」
終業時間ピッタリに上がり、私服に着替えて、入り口で冬馬を待つ。
中で残ってると、頼まれ事されちゃって、思わぬ残業をさせられる。冬馬は捕まっちゃったのかな……
暗い向かいの会社から、ライトが一個、こっちに向かって走ってくる。
「自転車だ」
思うと同時に体が動いていた。
「あ、あの!」
ゆっくりと門を出てきた、夏生さんに声を掛ける。
「はい」
「えっと」
どうしよう。なにを言えばいいのかな。
考えなしに動いてしまって、恥ずかしい限りだけど、思い切る。
「飲みに行きませんか?」
「……」
いきなり、こんなこと言われても困るよね。
「えっと、決算セールの売上がよかったから、これから同僚と行くんですけど、あの、その、犬のお礼とか……」
なに言ってんだろうと、分かってはいるのに、口が勝手に動いていた。
「お誘いは嬉しいんですけど、自転車だから、飲めなくて」
「あ、お食事だけでも!」
「ありがとう。でも、駐輪場とか探すの、意外と面倒だから」
「そ、うですか……」
夏生さんは「それじゃ」と言って、行ってしまった。
「おま……人のおごりで、ナンパしてんじゃねーよ」
「あ、見てた?」
「ひくわ」
「えへへ」
冬馬と並んで、いつもの居酒屋へ。
「いらっしゃい!」
「あの、ここって、駐輪場ありますか?」
「すみません。自転車も飲酒とられるんで、自転車でのご来店は遠慮してもらってます」
「ガーン」
冬馬が私の腕を引っ張る。
「なにが『ガーン』だよ、バカ丸出しだぞ」
「だってぇ。自転車通勤なら、いつまで経っても飲みに誘えないじゃん……ん、なっ!そんな目で見ないで!」
痛い視線を感じながら、案内されたテーブル席に着く。
てんぷらの盛り合わせと、ローストビーフサラダにした。
「遠慮しろ」
「嫌だねー」
生大ジョッキで乾杯。
「今年度も目標達成したんでしょ?」
「ああ」
「よかったね。営業さん、みんな頑張ってたもんね」
「だな」
刺身の盛り合わせは、一人二切れずつってなるんだけど、てんぷらはネタが被ってないから、ケンカになりやすい。
「私、茄子と椎茸、食べていい?」
「茄子はだめ」
ジャンケンする。
負けたから諦める。
冬馬が黙って、ししとうを取った。
「ズルい。私も食べたかった」
「第一希望の椎茸、食ったろ」
「レンコンは?」
「どーぞ」
田舎から出てきて、一人暮らしの私たちには、こっちでの友達が少ない。
だから、こうして一緒にご飯を食べる人は大事にしなきゃな。なんて。
「来週、新入社員が入ってくるな」
毎年、会社の新卒採用は3~4人で、私たちの同期は4人いたけど、あとの二人は辞めてしまった。
「何人入るか知ってるの?」
「たぶん、5人」
「へえ」
ローストビーフサラダから、上に乗ってるローストビーフをかっさらう。
「おい!」
「えへっ」
冬馬は一応、ツッコむけど、本気で怒らないところがいい。
「でさ、歓迎会を企画するように部長に言われたんだけど、いいとこ無いかな」
私は外食好きだし、いろんな店知ってる方だから、これなら少しは役に立てる。
「全部で何人?」
「新卒入れて17人になるかな」
「あそこのさ、中華の個室がいいんじゃない?たぶんテーブル2卓で行けると思う」
「なるほどね」
調子に乗って、ビールのお代わりを頼む。
「コースメニューでいいかな」
「飲茶コースがいいよ。お任せコースは、結構辛くて、山本さんとか無理っぽ」
「そっか、ありがと」
こんな幹事なんて仕事、後輩に押し付けちゃえばいいのに、真面目だなぁと感心する。
「今、俺のこと、良い奴だなぁ、って思っただろ」
「なんで分かった?」
「分かり易い。顔に書いてあるって、お前みたいなの言うんだよ」
「そう?」
ほっぺをこする。
「私の恋心も夏生さんに伝わってしまっただろうか?」
ブハッ
冬馬がビールを吐いた。
「ちょっとぉ~」
「わりぃ、わりぃ。だって、おま、夏生さんって呼んでんの?」
「だって、夏生さんじゃん」
「室田さんでいいだろ」
「夏生さんがいい」
「あっそ」
冬馬の許可をもらって、アサリの酒蒸しとキムチの盛り合わせを頼む。
「夏生さんさ、いくつだと思う?けっこう若くなかった?」
「40代じゃねーの?動けそうな体してるし、肌ツヤもよかったな」
「おう!冬馬さん、一瞬でそこまで見抜きましたか?」
「いや、なんか。お前が言う、かっこいい人ってのは分かるよ」
「でしょ、でしょ?」
この日は約束通り、冬馬がおごってくれた。




