第39話 12月3週目
はぁ……もう、なんもやる気しねぇ……あぁ、だりぃ……
自転車を漕ぐ脚は勝手に動いてくれるから、俺はなんにも頑張んなくても会社にはいずれ着く。
そっか。今日は、休みか。
自転車がないのを見て、春香が有休を取ってた事を思い出す。
「とおーまさぁーん」
「はあ?!なに、名前で呼んでんだよ、やめろよ!」
俺の悩みの種、櫻田が走ってきた。
「えー、だってぇ、原田さんだって、そぉ呼んでるじゃないですかぁ」
「春香はいいんだよ」
「私のことも、モモって呼んでくださぁい」
「断る!」
くっそ、苛つく。
「とおーまさぁーん、どこのお店に連れてってくれるんですかぁ?」
「林田さん、だ!」
「ねぇ、お店、どぉーしますか?」
うるさい、うるさい、うるさい。
「決まったら知らせるから!」
櫻田を追いやって、スマホを手に取る。
春香にメッセージを送る。
『クリスマスの店、一緒に選んでくれないか?』
夏生さんの時は、俺が相談に乗ったんだ。
これくらいしてくれるよな?
ピコン
『エイジングビーフでいいんじゃない?』
なんだよ、それ。
俺が櫻田に取られちゃっていいのか?
秋子さんは立場が危うくなって、心を入れ替えたって言ってたぞ?
公私混同が甚だしいのは分かっていたけど、秋子さんに電話した。もうどうしたらいいのか、本気で分からない。
「お仕事中にすみません、林田です」
「冬馬さん、どうされたの?工事なら無事に完了したので、書類はお返ししたつもりなのだけど」
「はい。あの……」
「春香さんのことね?」
「はい」
「今夜、居酒屋さんで会いましょう。夏生さんも連れて行っていいかしら?」
「申し訳ありません。お手数をおかけします」
櫻田に捕まらないように過ごし、終業後、急いで居酒屋に行った。
「冬馬さん」
「冬馬君」
手招きをしてくれる室田夫妻を見て、泣きそうになってしまった。
何をやってるんだ、俺は。
こんなこと話せる友人がいない。
向かいの会社のお偉いさんだぞ?うちの会社のお客さんだぞ?春香の好きな人で不倫を応援してしまった男性とその奥さんだぞ?
「どうもすみません」
「気にするな。私が先に君に世話になったんだ」
「いえ。そんな……」
このご夫婦は、どこまでも良い人たちなんだな。
「ごめんなさいね。きっと私が余計なことを言ったせいよね?」
「秋子は何を言ったんだ?」
夏生さんは生ビール、秋子さんは赤ワインを飲んでいた。
俺も生中を頼む。
「押して駄目なら引いてみろって、けしかけてしまったの」
「そうか……で、冬馬君、どうしたんだ?」
「俺を狙ってくる後輩にクリスマスに誘われて、春香には予定があるって断られてたから、その後輩の誘いに応じたんです」
「まぁ」
「それで、春香に店はどこがいいかな、って相談したら、エイジングビーフの……二人の思い出の店を提案されて」
「あちゃ」
「なんか、全くもって脈無しです、俺」
ビールが届いた瞬間、次のビールを頼んだ。
もう、ほぼ一気だ。
「そんなはずはないんだ。春香さんは冬馬君のことが気になってるって、私に言ったんだ」
「夏生さんにですか?」
「ああ、夏に山で会って」
夏生さんは秋子さんを見た。
秋子さんは「大丈夫です。続けてください」と言った。
「だけど、冬馬君には別に好きな人がいると、春香さんはそう言ってたんだ」
「その誤解と言うか、勘違いされてて……春香も俺の気持ちに気付いててもおかしくないと思うんですけど、知らんぷりされちゃってて……」
「辛いわね」
夏生さんがてんぷらの盛り合わせを俺の前に押し出した。
「好きなのを取ってくれ」
そう言われて、お辞儀をして、茄子のてんぷらをいただいた。
「春香さんの気持ちはおいおい対処を考えるとして、まずは来週、その後輩さんにきちんと冬馬さんの気持ちをお伝えしなくてはね」
「そうだな、彼女もきっとそれなりに頑張っているのだろうから」
「はい……」
気が重い。
「秋子さん……その……どこかいいお店知りませんか?」
「そうね、気を持たせ過ぎず、クリスマスっぽいところよね……」
秋子さんと夏生さんは目配せをしてから、俺にイタリアンのお店を紹介してくれた。
「たまに行くのよ。この時期はクリスマスディナーというコース料理があるから、それがいいと思うわ」
「ありがとうございます」
「24日でいいのよね?」
「はい」
「私が予約をしておいてあげるわ」
「いえ、そこまでは……」
「たぶん、もういっぱいで予約が出来ないの。私から頼んでおくから」
「恐れ入ります。秋子さん……ありがとうございます」
軽く酔って、一人でふらふらと歩く。
春香は夏生さんに、俺の事が気になるって言ったんだよな?
だったらなんで、俺に冷たいんだよ。本当なのか?嘘なのか?
もう、夏生さんに心配かけさせないためのカモフラージュだったのか?
「それなら納得がいくな」
いつもなら、もうこれ以上飲みたいとは思わないが、今夜は少し足りない。
コンビニで缶ビールとチータラを買って帰った。




