第38話 12月2週目
室田さんからご注文をいただいていた玄関工事の立ち合いに伺う。
閑静な住宅街で、豪華な一軒家が並ぶ。駅からは離れているが、車と自転車を使われる室田さんご夫妻には不便とかないんだろうな。
インターホンを押す。
「林田です、工事の進捗を伺いに参りました」
秋子さんが玄関を開けてくれた。
先に来ている大工さんたちに会釈をする。
「今日と明日の二日間で完成します。明日、引き渡しの書類にサインをいただくのですが、今日は様子の確認に来ました」
嘘ではない。でも、本当は来なくてもいいのに来てしまった。
大工さんの様子なんて、俺が見てもちっとも分かんない。
「ありがとう。皆さん時間通り来ていただいて、たぶん……順調だわ」
「こちらへ」と促され、庭に回る。
「上がって」と言われ、靴を脱いでお邪魔した。
「林田さんはコーヒーと紅茶、どちらがお好き?」
「どうぞ、お構いなく」
「そんな事おっしゃらないで。アールグレイしかないのだけど、紅茶でいいかしら?」
「ありがとうございます」
薄いベージュの皮のソファに、壁には綺麗な色の画が掛けられている。
なんというか、気品漂う、秋子さんっぽいイメージそのままの内装だ。
「お節介なオバチャン丸出しで恥ずかしいのだけど……その後、春香さんとはどう?」
「お気遣いいただきありがとうございます。相変わらずです」
紅茶っぽくない匂いのする紅茶だな、美味しい。
「その……お嫌でなければ、聞かせていただきたいのだけど……春香さんは誤解をなさっているのよね」
「はい。たぶん、僕と後輩をくっ付けようとしています」
「なんでそんな事を?」
まだ夏生さんが好きかもしれないなんて、口が裂けても言えない。
「さあ……」
「冬馬さんはその後輩の事はどう思ってらっしゃるの?」
ファーストネームで呼んでもらえたことが、嬉しくてにやけてしまった。
「全く好きじゃありません」
「そうなのね……ちょっと、仲良くしているところを見せつけると言うのはどうかしら?」
「え?」
秋子さんって、結構大胆な人なんだな。
「押して駄目なら引いてみろ、よ、ね?」
なんか、いい事ひらめきましたみたいな顔、可愛らしい。
「やってみます。もう打つ手がないんで」
「それがいいわ。私ね、春香さんが夏生さんに近付いたことで、心を入れ替えたのよ」
「え?」
俺がそれを聞いていいのだろうか。
「自分の立場が危うくなってって言うか、今、当たり前って思っている状況を揺さぶられて、守ろう、取り返そうって必死になったの」
そんなことになってたのか。
「だから、春香さんもいつまでも冬馬さんが近くにいるって思わないでって、煽ったらいいと思うの」
「ははは、秋子さん……」
「大真面目よ」
「ありがとうございます。やってみます」
帰社して、春香を探す。
事務所かな……
「お帰りなさぁーい」
「おお、櫻田さんったら、なんか林田君と新婚夫婦みたいだな」
「やめてくださぁーい、ぶちょぉー」
いい加減にしてくれ。
「原田さん知らない?」
「知りませぇーん」
特に用はないが、室田さんの書類を持って、それっぽく席を立つ。
あ、いた。
「なに、自転車拭いてんだよ」
「あ、見っかっちゃった」
「俺のも磨いといて」
「いいよ」
それは、断んないのかよ。
「あのさぁ……」
「林田さぁーん」
邪魔が入って、何言おうとしたか忘れてしまった。
「あのぉ、クリスマスって空いてます?」
はあ?なんで今聞くんだよ。
春香は黙って自転車を磨いている。
秋子さんの言葉を思い出した。
「ああ、空いてるけど」
「じゃぁ、私と一緒に過ごしませんかぁ?」
春香は下を向いたままで、顔がよく見えない。
「いいけど」
お、春香の手が止まった。
「やったぁー!」
「ちょっ、触んなよっ、あっち行け、ちゃんと働け」
櫻田を追い払う。
秋子さんの「押して駄目なら引いてみろ作戦」は功を奏しているのだろうか。
「よかったね」
「何が?」
「彼女と一緒に過ごせることになって、よかったね」
「彼女じゃねーし」
「もうすぐ、そうなるんじゃない?」
しまった、そうくる?
「春香が空いてないって言うから、だったら、もう誰でもいいって言うか」
なんか言えよ。
春香はダスターを持って、俺の自転車の方へ行った。
「おい!」
「ちゃんと冬馬のも拭いとくから、仕事戻んなよ」
「いいんだよ、俺は」
「後輩には働けって言うのに、林田さんはサボってていいのかな?」
撃沈。
やっちまった。




