第33話 11月1週目
車で夏生さんに、駅にいるステファンを迎えに行ってもらった。
得意料理という程のものでもないけど、ローストビーフを焼いた。
「AKIKO!」
ステファンが、花束を持ってきてくれた。
「ありがとう!素敵だわ!」
抱きしめてハグ。ほっぺを合わせて、チークキス。
「NATSUKI、ボクにジェラシーを感じるなよ」
「もう過ぎたことだ。私は食べきれないほどの焼き餅を焼いたんだ。もうこりごりだよ」
突然の夏生さんの告白に固まってしまう。
焼き餅?私とステファンに?
私たちは目を見合って、笑った。
「それだよ。君たちは私に入る隙を与えない世界を持っている。それが、ある意味、うらやま、しい、と、言う、か」
そうなのね。
サラダ、オリーブ、チーズ、ハム、クラッカー、パテ、思いつく限りのアペタイザーを用意して、ワインで乾杯をした。
「NATSUKI、ちょっといいか?AKIKOと話し合って決めたんだが、君に言わなきゃならない事があるんだ」
ステファンが切り出してくれた。
「怖いな、何だ?」
「まずは、驚いてひっくり返らないように、そこに座ってくれ」
夏生さんをソファに座らせた。
「最初に、約束をして欲しい。一つ、これから聞くことで俺たちを警察に通報しないで欲しい。もう一つ、ボクともAKIKOともこれまで通り付き合ってくれると有難い」
「ますます、怖いな。でも、約束するよ」
そう言って、夏生さんは手にしていたグラスのワインを飲み干した。
ステファンは私が、夏生さんを昔から知っていたこと、その縁で私たちが知り合ったことなどを話した。夏生さんは、静かに頷いて聞いていた。
「ここからが、ちょっと、問題なんだ。ボクはNATSUKIに当時、奥さんがいたこと、彼女が日本にいる事を話した」
「部外者に選手のプライベートを話したのか?」
「ああ。約束、忘れないでくれよ」
ステファンが夏生さんにウィンクした。
「それから、NATSUKIが引退して、帰国が決まった時、それを真っ先にAKIKOに話した」
「なんで?」
「ここからはAKIKOの番だ」
私は口から飛び出しそうな心臓を、ワインとともに飲み下した。
「父に、ロードバイクの実業団チームを作って欲しいとお願いしたの。それからステファンにさりげなく、求人情報をあなたにチラつかせるように頼んだの」
「なんだって?」
夏生さんは何度も瞬きをしていた。
「あなたが日本に居るなら、近くに居たかったの。ごめんなさい」
「なぜ謝る?」
「図ったみたいで後ろめたかったの」
夏生さんは腕を組んで、俯いてしまった。
「それから……」
「まだあるのか?」
「夏生さん、あの約束、私も守って欲しいです。特に二つ目のを……」
「ああ。約束するよ」
「祖父にあなたに縁談を持ちかけて欲しいと頼んだのも私なの」
もう、思い切って一息で一気に言った。
「なんだ、って?」
「断れなかったでしょう?嫌々だったと思うんですけど、それでも、結婚できたのはとても嬉しかったの。ずっと傍に居られればそれでいいって、本当にそう思っていたのだけど、原田さんが私の立場を危うくするから、冷静で居られなくなってしまって……」
夏生さんは立ち上がって、自分と私のグラスにワインを注いでくれた。
「断れたよ」
「え?」
「少しも押しつけがましくはなかった。相談役に秋子の話をもらって、断るつもりで会ったんだ」
「断るつもりで……」
「だけど、会ってみたら気が変わったんだ」
夏生さんは恥ずかしそうに私に笑いかけた。
「惚れて、しまった、ん、だ」
「やっぱり、そうだと思ったんだ!AKIKO、やったなぁ……」
「ステファン、なんであなたが泣くの」
そう言いながら、私も涙が止まらなかった。
怖かった。
ズルイ、ヒドイ女だと思われたらどうしようって。
「ああ、今、ようやく君たちの事が分かってきた。お友達か……本当に仲良しのお友達なんだな」
私とステファンはお互いの涙を拭きながら、向かい合ったまま顔を横に傾けて微笑み合った。
私の愛する二人の男性は、私の料理をこれ以上ないくらい褒めてくれ、一人一本以上のワインを空け、朝まで語り合った。
「ステファン、本当にありがとう」
「大好きなAKIKOの為だから、これくらいお安い御用だよ」
空港で別れを告げた。
次は、来春、パートナーを連れて日本に来る。
そうなったら、滞在期間を気にすることなく、いつでも会える。
「いいお家を探しておくからね」
「出来ればAKIKOとNATSUKIの家の近くがいいな」
「そうしましょう!」
ああ、春が待ち遠しい。
こんなに季節が過ぎるのを待った事ってあるかしら。
「私からも礼を言うよ。ステファン、手間をかけさせたな」
「本当だよ。ずっと互いを想い合っているのに気が付くのに、こんなに時間をかける必要があったのか?」
「本当に、君の言う通りだよ。いい歳して、恥ずかしい、限り、だ」
ステファンは、夏生さんにウィンクをした。




