第29話 10月1週目
少しも遅れたくないので、日系の航空会社を使ってパリに来た。
「AKIKO!」
荷物を受け取って、ステファンの顔が見えた瞬間、目が熱くなって、前が見えなくなって、それでも声がする方へ走った。
両腕を広げて待っている彼に抱き付き、ほっぺを合わせる。
「泣かないで」
そう言って、私の顔を両手で包み、親指で涙を拭きとってくれる。
「会いたかった」
「ボクもだよ」
「話したいことがいっぱいある」
「さあ、おしゃべりしに行こう」
ステファンは私の荷物を持ってくれた。
「これだけか?」
「ええ、今回は短い滞在になるの」
「いや、それにしても……」
「大丈夫なの。それもあとで話すね」
心が弾む。夏生さんとはまた違う、「楽しい」「嬉しい」がここにはある。
セーヌ川沿いのカフェに行った。
ここは私の原点と言える。
まず、仕事の話をした。
ステファンは黙って全部聞いてから、「ダーリンと相談してからお返事する」と言った。
「もちろん。断ってもらってもいいからね。フランスからのサポートでも充分やっていただいてるし」
「もしもだけど、一緒に行くって言ったら、パートナーの分も補助は出るの?」
「ええ。住宅は家族用で手配をするし、海外赴任の手当も、独身じゃなくて家族ありと同じ条件でお出しします」
「入籍してなくても?」
「問題ないわ」
ここはきっちり、日本で確認してきた。
自信を持って、ステファンの目を見て答えた。
「ただ、彼の仕事は自分で探していただかなくてはならないの」
「何か出来そうなことあるかな?」
「語学教師とか、フランス料理のレストランとか?ごめんなさい、あまり詳しくなくて……」
「当然だよ。実は、ダーリンが今の仕事を辞めたがっていて、いいきっかけになるかも、とも思うんだ」
ステファンはエスプレッソと一緒に出てきた、小さなガトーショコラを食べた。
「言いにくい事なんだけど……あのね、日本は保守的な国民性で、もしかすると、いいえ、正直に言うと、同性愛のカップルは、じろじろ見られると思うの」
「じろじろ見られる?」
「そう、みんなが見てくる」
私もガトーショコラを食べた。
「石とか投げられる?」
「それはない、はず」
「温泉入れない?」
「男性のお風呂?」
「もちろん」
「言わなきゃ分かんないんだし、黙って入ればいいんじゃない?」
「はははっ」
「なにか可笑しい事言った?」
ステファンは少し、考えてからこう言った。
「何も問題ないじゃないか。どんなにジロジロ見られたって、怪我はしない」
「それもそうね、ふふ」
この人のこういうポジティブなところに、何度助けてもらっただろうか。
「AKIKOは?NATSUKIと上手くいってる?」
「ええ。最近、夏生さん変わったの」
「どう変わったの?」
「優しくなった」
「前から優しかったと思うけど?」
「そうなんだけど、いろいろ言うようになったの」
「いろいろって?」
ん……と……どう言えばいいのかな。
「例えばね、この服が好きらしいの」
紫と黒のスカーフみたいなモチーフ柄のワンピース。
「素敵だよね、AKIKOに似合ってる」
「前は、どれを着ても同じような反応だったんだけど、最近、よく気持ちを伝えてくれるようになったの」
「いいことだね?」
「そうなんだけど……ある、女性と知り合ってからだと思うの」
「それは、聞き捨てならないな」
コーヒーのお代わりじゃなくて、私たちはダージリンティーを頼んだ。
「若くてね、すこく可愛らしい人なの。明るくて、笑顔が素敵で……ロードバイクが好きで、夏生さんに取り入ってるの」
「許せないな」
「二人でツーリングに行ったり、家に来たり……」
「ワオォ」とステファンが目を丸くした。
「私、嫉妬してしまって、彼女を車で送るって言った夏生さんを引き止めてしまったの」
「当然だ。NATSUKIは何を考えてるんだ」
そう言ってくれるって思った。ありがとう、ステファン。
「それでね、夏生さん、私にロードバイクを買ってくれたの」
「オーッ!AKIKOも乗るのか?」
「最近、朝、練習してるの。日本は車と一緒に走らなきゃならないから、怖くて……」
「NATSUKIが教えてくれるのか?」
「うん」
なんか、惚気てしまった。照れくさい。
「罪滅ぼしかな」
「罪滅ぼし……」
「その女とやましいことがあるから、AKIKOにプレゼントを贈ったんだ」
「まさか」
「男ってのはそういう生き物だ」
眩暈がした。
早く帰らなくちゃ。




