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自転車男に恋をした。  作者: あおあん
夏生の後悔

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19/48

第19話 7月3週目

 パリに戻り、シャンゼリゼ通りで行われた最終ステージのスプリント勝負を観戦した。


「NATSUKI、見てると走りたくなってくるな」

「ああ!」


 熱い思いが駆け巡る。

 3週間、走り続けた男達の激走は、見ているこちらの血をたぎらせた。


「明日、帰国するんだ。最後の飯に彼を呼んだらどうだ?」


 連れ回してしまったステファンは……楽しんだとして、一人留守番をさせてしまったパートナーには悪いことをしてしまった。


「いいのか?」


 早速、電話をかけたら、快く誘いに応じてくれ、二人の行きつけだというビストロに連れて行ってくれた。


 合流するなり、濃厚なキスをする二人。

 いや……ちょっと……そっと秋子を見る……傷ついてないか……?


 フランス料理はコースメニューのイメージが強いが、家庭料理は案外、取り分けて食べる料理が多いものだ。


 私がとりわけ好きなのは、白い豆の煮込みと、カモのコンフィーだ。

 秋子は牛肉のタルタルと、軽く焙っただけのステーキだ。限りなく肉食。


 今回の旅行で、秋子について少し詳しくなった。


 デカい荷物は見かけ倒しじゃない。

 いくら飲んでも、赤ワインでは酔わない。

 熱い風呂が苦手、風呂上りのアイスクリームは2つ食う。

 いじってるつもりはないが、本心を突かれると、赤くなって、可愛く怒る。


 結婚して、5年、一緒に住み、職場も同じであるにも関わらず、実のところあまりよく知らなかったんだなと気が付いた。


 そして、好きな人、ステファンには、心からの笑顔を向ける。


 やり直せるだろうか。


 秋子、見ての通り、ステファンにはもう、パートナーがいるんだよ。


 君のパートナーは私だ。


 これからは、その笑顔を私に向けて欲しいが、どうしたらいい?


 別れ際、「明日は見送りに行けなくてごめん」とステファンが言った。


 ずいぶんと仕事を休ませてしまったし、うちの会社だからクビにはならないけど、相当な仕事が溜まってしまっているだろう。


「ありがとう、ステファン、またな」


 そう言って、ハグをした。


「ステファン……」


 秋子は薄っすら涙を浮かべ、力強いハグを何秒もしていた。




 世間の学生が、夏休みに突入した空港は、恐ろしく混んでいた。


 ベルトコンベヤーから流れてくる、大型の荷物を小刻みに何往復もして、宅配サービスまで運んだ。


「いったい、なにを買ったんだ」

「そんなに、買っていません」


 目を合わせないで答える秋子。


「確実に、増えてるだろ?」

「同じですよ」


 口を尖らせて、見え透いた嘘を付いている。

 もちろん、怒っているわけじゃない。私はどうやら、秋子のこの表情が好きみたいだ。


 笑いを堪えながら、送り状に住所を書いてゆく。


「ほら、一枚くらい自分で書け」


 そう言うと、ハッとしたように、住所を書き始めた。


 手ぶらで空港から出ると、じめっとした空気に溜め息がこぼれた。


「暑いですねぇ」

「ああ」


 フランスで見たレース、景色、味わった料理、秋子への想い、いろいろと振り返りながらリムジンバスに乗った。


「このまま、会社に寄りませんか?」

「そうだな」


 よく見たら、秋子は会社への土産をちゃんと持っていた。


「すまない。持つよ」

「ありがとうございます」




 会社の経費で、視察と言う名の旅行に行かせてもらい、土産を渡しただけで、こんなにお礼を言われている。どうにも理解は出来ないが、現実に、それは起きている。


「いや、夏生君、秋子を案内してくれてありがとう。自転車は見れたのかな?」

「はい。何カ所か連れて行ってもらったけど、特に山岳が最高でした」

「そうか、そうか」


 溺愛されて育った、一人娘の典型なのだろう。


「飛行機は大丈夫だったか?ビジネスクラスで行ってよかったんだぞ」

「いいえ、エコノミーで充分でした」


 その後も、ホテルは?食べ物は?と、何から何まで聞かれ、秋子は丁寧に答えていった。

 ただ一つを除いては……


「向こうで現地採用したスタッフと会ったか?」

「はい」

「どうだった?頼れそうな人か?」

「はい」


 急に、二文字で返事をし始めた。


「例の提案はどうだ?引き受けてくれそうかね?」

「それは……」


 例の提案?


「夏生君はどう思うかね?」

「あ、え、と」


 秋子が明らかに動揺している。


「秋子さんにお任せしようかと……」


 こんな感じでどうだ?辻褄は合うか、秋子?

 じっと、こっちを見つめ、小さく頷いた。

 なら、よかった。


「秋子、ちゃんと夏生君のアドバイスも聞きなさい」

「はい」


 気まずい雰囲気のまま、二人で部屋を出た。

 こちらから聞いた方がいいのか?

 切り出されるのを待った方がいいのか?


 黙ったまま、駅まで歩く。


「たまには電車もいいぞ」


 なんの気なしに言ってみる。


「父が……社長がね、ステファンを日本に呼んだらどうかって言ってるの」




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