第10話 5月2週目
明日、5月10日は、私の誕生日だ。
25歳最後の今日、「思い残すことは無い」と胸を張って言えるよう、頑張る。
朝早く、ロードバイクで出勤した。
まだ数回しか乗ってないけど、ま、しょせん自転車だもの、乗れてはいる。
いつもなら、窓拭きをしている時間だけど、今日は、箒と塵取りを握りしめて、門の履き掃除に出た。夏生さんに、言いたいことがある。
9:15 いつもの時間に自転車で登場する夏生さん。
「おはようございます!」
大きな声で言って、どうか止まってくれ!と願いつつ、駆け寄る。
キュッ
「原田さん、おはようございます。自転車出勤してるんですか?」
おお!思ってた以上の会話量に、感激する。
「はい!今日も自転車で来ました!」
「そっか、じゃ」
もう行っちゃうの?
「待ってください!」
あまり長く引き止めてはいけない、用件だけ、決めた通りに……
「ツーリングに連れて行ってください!」
「え?」
「私、ツーリングしてみたいんです!」
「ああ」
当然の反応ですよね、戸惑いますよね。
「いつ?」
きゃー!乗ってきてくれた!
「いつでもいいです!」
「来週、箱根に行こうと思ってるんだけど、一緒に行く?」
「行きます!ありがとうございます!」
夏生さんは名刺を私にくれた。
「場所とか送るから、一度、そこにメールくれるかな」
「はい!」
「それじゃ」
わーい!わーい!
よく言えた、と、自分で自分を褒めつつ、放り出した箒と塵取りを拾う。
「やったな」
冬馬がいた。
「うん!」
「祝ってやるよ」
「ん?」
「エイジングビーフのお店、予約できたぞ」
「ボーナス出るのまだじゃない?」
「カードで払うから、引き落としまでに、振り込まれる」
「なるほどー」
3月の決算セールは、売上の成績によってボーナスがでる。
冬馬は営業トップの売上を出したので、私に、ご馳走するって約束がある。
「今日?」
「明日だけど、予定ある?」
「ないよ、誕生日だけど」
「そうだと思った」
冬馬とだから、デートじゃないけど、ちょっとお高めの行きたかった店だからお洒落をしてしまった。
「いつもの居酒屋じゃないから、緊張しちゃう」
「分かる」
これはイタリアン?アメリカン?フレンチ?
そのどれとも言い難い、赤い店内で、背の高いテーブルに着いた。
「焼くのに時間がかかるんだってよ、よく分からないから、お任せでお願いしておいた」
「ありがとう」
赤ワインのボトルを頼んだ。
大きなワイングラスが二つ。
お店の人が、ワインの説明をし、コルクを開け、少しだけグラスに入れて冬馬の前に差し出す。
「テイスティングを」
そう言われて、冬馬がグラスをクルクルと回してから、少しだけ口に含んだ。
「大丈夫です」
ようやく、グラスにワインが注がれる。
「めっちゃ、緊張した」
店員がいなくなった途端、猫背になって溜め息をつく冬馬。
「ははは、そうなの?慣れてるのかと思った」
「初めてやったわ……ほら……」
そう言って、冬馬が私の手を包んだ。
「冷たっ」
「めっちゃ、汗かいた。グラス落っことすかと思った」
「「あははは」」
アペタイザーから選んだカナッペと、トマトとモッツァレラのカプレーゼを摘まむ。
「オシャレだねぇ」
「毎日だと疲れるけど、たまにならいいな」
「うんうん」
テーブルは結構小さくて、取り皿をいくつも置けない。
パッと摘まんで、そのまま食べちゃう。
「室田さんにメール送ったのか?」
「うん。昨日帰ってすぐ送った」
「返事は?」
「まだなーい」
冬馬がワインを足してくれた。
「そうそう、これくらい、なみなみがいいよね」
「だろ?さっきの人、これしか入れてくれなかったよな」
そう言って、グラスの底の方を指さす。
「ケチかっ」
冬馬の毒舌がさく裂した。
「あははは」
「よかったな、室田さんのこと」
「うん。ツーリング、付いて行けるか不安だけど……」
お肉が運ばれてきた。
「デカくない?!」
「分厚いな……」
勝手に切って食べてください、みたいなスタイルで、どーん、と置いて行かれた。
お好みでどうぞと、ステーキソース、岩塩、わさび醤油が並べられた。
「ねぇねぇ、切ってよ」
ギザギザの尖ったナイフで肉を切り分けて、私の皿に乗せてもらった。
「どれから行く?」
「塩かな」
「正解」
二人でニヤニヤしながら、肉をほうばる。
「「うんっまぁ」」
二人でケラケラと笑った。
「なに?熟成肉って、こんな旨いの?」
「本当だね~!」
次は、ステーキソース、その次はわさび醤油、もう一回、ステーキソース……最初は、食べても食べても無くならないって思ってたお肉も、順調にお腹に納まってしまった。
「ふぅ、美味しかった」
「それは、よかった」
暗い照明が、更に一段暗くなった。
「「「ハッピーバースデートゥーユー」」」
お決まりのメロディーが流れてきて、大きなプレートが運ばれてきた。
「私に?」
頷く冬馬。
「手配してくれたの?」
再び、頷く冬馬。
『Happy Birthday HARUKA』
たくさんのベリーが散らばった、チョコレートブラウニー。
「あ、りがとう」
「お誕生日おめでとう」
こんなのって、恋人みたいじゃない?
私に、そんな気を遣わなくていいのに。
と、素直に喜べなかった私は、きっと可愛くない。




