6・暗躍する僕
僕とオリヴァーは、そっと屋敷を抜け出していた。もちろん外出しようと思えば可能なんだけど、行き先を告げて許可を取らなければならない決まりだ。尚且つ護衛という名の監視も付いてくるし…
──大体僕には護衛騎士なんて必要ないと思わない?外出先で何かあって、死んでくれたら万々歳じゃないの?
ミシェルには刺繍した作品を見られたくないし、お金を貯めている事も知られたくない。何故そんなに金が必要なんだ?って聞かれても、説明なんて出来ないよ。あなたに好きな女性が出来て、僕は邪魔になって婚約破棄されるんですよー!なんて言えないよね?
それに僕がロテシュ伯爵家のマリンだって事を店側にも知られたくない。何故貴族の令息がこんな事を?って思われるだろうし、聞かれたら答えるのも面倒だから。
僕が直接店に行くけど、仲介役というか知り合いの作品を代わりに売りに来たという事にしようと思っている。だからどうしても秘密で町まで行こうとしていて…
ミシェルには僕が風邪をひいて伏せっている事にして、オリヴァーの服を借りて誰も知らない僕になる。どうせ僕のことなんて誰も興味すらないから、バレないでしょ?
「ね、ねぇ?僕、貴族の令息には見えないよね?と言っても何年か前までは平民だったけどさぁ」
オリヴァーは僕をマジマジと見つめて、何やら言いたそうにしていたけど、最後には戸惑いながら頷いた。えっ、どういう意味?今の間は…
ちょっと変なのかな?って気になるけど、時間が限られているから構ってはいられない。
オリヴァーと二人でコソコソと庭園を横切り、使用人用の小さな扉で屋敷の外に出る。
──久しぶりの外だ~開放感ハンパない!
「それにしてもオリヴァー、ごめんね?こんなに怪しい行動をさせて。やっぱりお金を稼ぎたいなんて知られたくないじゃない?ミシェルにバレたら、貴族の威信にかかわる由々しき事態!って怒られるかも知れないし。だから二人だけの秘密って事でヨロシク」
僕はオリヴァーに向かい、可愛く手を合わせてお願いポーズをする。オリヴァーはそれにふわっと笑って、心得てますから!って胸をドンと叩く。
それにしてもオリヴァーって、優秀だよね。あんなクズのロテシュ伯爵家に居たとは思えないほどの人物だ。それになかなかイケメンなんだよね…茶色い髪色に澄んだ青い瞳で。そんな人がこんな頼りない僕に仕えてくれて、おまけに親切にしてくれるなんて有り難やぁ~って、もう一度拝んどこ!
「もう少しでその店に着きます。店主のリンダさんと私は旧知の間柄です。一応話しは付けておきましたが、値段などの交渉はマリン様がなさいますよね?」
僕はもちろん!って頷きながら、オリヴァーはこの町の出身なのかな?って思う。それにリンダさんって、いくつくらいの人なんだろう?もしかしてオリヴァーの恋人だったりするのかな。そんな興味津々の眼差しで見ている僕に気付いて、オリヴァーは慌てた様子で…
「別に恋人とかじゃないですからね?リンダさんは私よりずっと年上ですし!」
──あっ、考えてる事バレてたか?
こっちこそ焦ったけど、違うならどうしても言っておかないといけない事がある。それは…
「オリヴァー、これから先は僕の事はカイトと呼んで!こうやって町に出た時だけ限定で。マリンだと珍しい名前じゃない?だから僕だって気付かれると厄介だから…ねっ?」
カイト様ですか…そう呟いて神妙な顔をして頷くオリヴァー。そんなことを頼むのも気が引けるけど、これだけはどうしても譲れない。
──もうね、今の名前のマリンより海人の方がしっくりくるんだよね~。前世を思い出したばかりだからかな?
生きた年数でいうと同じくらいだし、マリンの時の方が記憶としては新しいんだけどね。ふっしぎ~
そうこうしているうちに、一軒の店の前でオリヴァーは立ち止まる。どうもリンダさんの雑貨店に着いたようだ。
その店は美しい白壁が高級感があって、店の前には色とりどりの花が飾られている。お洒落だし淑女の皆さんが好みそうだね。僕の作る物は女性向けだから、ぴったりかも知れないね?そう思いながらオリヴァーに続いて僕も店内に入ると…
「いらっしゃいませ!」
そう落ち着いた女性の声が響いて、二十代後半くらいの美しい店主が現れる。
思ったより綺麗な人!さっきのオリヴァーの言いようから、もっと年齢がいった感じの人かも?って思っていたけど。実際は凄く上品な美人だったから、僕は却って不安になる。この人のお眼鏡にかなう商品かな?店に置けないって言われたら計画が頓挫するし…
そのリンダさんとオリヴァーは親しげに言葉を交わしてから、それから僕の方を見て何やら言っている。
僕は急に怖気づいてしまったけど、今後僕が生活していく上ではやるっきゃない!って思い直して、覚悟を決めて二人に近付いて行った。