4・僕の涙ぐましい努力について
ぼ、僕が公爵家の嫡男と結婚するだって…嘘でしょう?
確かに同性婚も当たり前だけど、僕自身どちらなのか分かってはいない。男性が好き?やっぱり女性かも。どっちでもってこともあるよね?だけど初恋もまだな状態な僕は、自分でもどちらなのか分かってないんだよね…四の五の言わずに親の決めた相手に合わせろ!って事なんだろうか…
それから目の前に立っている、僕をまるで虫けらのように扱う父に顔を向ける。さっきまで僕は、この人に愛されたいと思っていた。ほんの数分前まで父だと疑わなかったその人を…
この人は、僕を息子だなんて思っていない!
自分の息子は、あの何かにつけて僕を傷付けようとする底意地の悪い兄だけなんだろうな。そう考えると僕を見る二人の目はソックリだ…肉親の情などカケラもない、そこにあるのは軽蔑だけ。
──あぁ、僕は何てバカなんだ?あのまま村に居た方が貧しくても自由で暮らせたのに…
こんな人達の為にそれを捨てて来た?そう思ったら泣けてくる。そんな様子を眺めていた伯爵は、侮蔑の笑みを浮かべてきて…
「感動しているのか?そうだろうなぁ。平民のお前にしたら雲の上の身分だ。だけど間違えるな?目的はただの結婚じゃない…監視なんだよ。グランバード公爵家はずっと、我が家門を目の敵にしている。今までだって細かい事でこの伯爵家を潰そうとして…くそっ!だから王に取り入って、お前を婚約者にするように取り計らって貰った。王の勧めだ…あちらも拒否出来ないだろう?だけど忘れるな!公爵がおかしな行動をしたら逐一知らせるんだぞ」
そんな父の言い草を僕は茫然としながら聞いていた。
だけどさ、ほんの一年前まで平民の僕が、公爵家の一員になれるわけないだろう?
確かに僕は容姿は悪くないかも知れない。だけど男だよ?
無理やり僕達を婚約者にして、あちらは一体どう思っているんだろうか…下手したら僕は殺される?
──嫌だ!怖いよ…
考えれば考えるほど、そんな不安に包まれるけど、やるしかないんだろうな…ここを飛び出したとしても、きっと直ぐ捕まる。一年間お金と労力を注いだ僕を、ああそうですか…って諦めるとは思えない。取り敢えずはその計画に乗ったと思わせなければ。その後のことはおいおい考えていくしかない…
そうして僕は、16歳にも満たない年齢でこの公爵家に婚約者としてやって来た。
僕は初めてこの屋敷に来たあの時を忘れない…初めてミシェルを見た時、余りの美丈夫さに度肝を抜かれる。
流れる銀糸の長髪をなびかせて、海より深い藍色の煌めく瞳。おまけにスラリとした長身で、目鼻立ちも非の打ち所が無い程整っているミシェル。お、同じ人間ですか?
その時僕は…不覚にもこの人に愛されたいと思ってしまった…愛されたらどんなにか幸せだろうかって。こんなに美しくて、おまけに王族の次に身分も高い…そんな人から愛されたとしたら、自分に自信が持てるし、ずっと心の中に抱えてきた孤独も癒されるのではないかと。
同時に自分の性的な嗜好も知る…僕は男性が好きだったんだと。だけどそんな僕の気持ちをよそに、ミシェルは淡い恋心を打ち砕くような冷たい表情をしていた。僕をチラッと一瞥し、それからはほぼ無視状態で…
「さあ、茶番はこれくらいにして、とっとと部屋に行ってくれ!特に話すことなどない」
そんな大歓迎(?)にビックリしながらも、自分に与えられた部屋に通されたところで、自分の置かれた立場を思い知る。
確かに立派な部屋は与えられた。部屋はね!
どんな部屋かな?って扉を開けたら絶句した…中にはなんにも無かったから。ベッドはもちろん、机や椅子一つさえも…ホントにぃー?
僕は途方に暮れちゃったよね…ハハッ!まさかここまでとはね。家具はもちろん布団もなくて、唖然としている僕の肩をポンと叩いたのが、ロテシュ家で唯一親切にしてくれていたオリヴァーだ。従者として、こんな針の筵のような所に一緒に来てくれている。
「マリン様、こんな大きくて立派な部屋をくれた事だけ良かったと思いましょう!屋根裏部屋とかじゃなくて良かったですよね?」
そう言ってオリヴァーはガハハと笑った。何だか知らないけど、底抜けに明るい!それにほんの少しだけショックが和らいだ。
──うん、そうだね!ロテシュ家から支度金として少しは渡されているし、何と言っても僕は元平民だよ?最低限の家具さえあればいい。服は持って来た物で充分じゃないか!
オリヴァーのおかげで元気になって来た僕。部屋はそんな状態だったけど、食事や部屋付きのメイドなどは与えてくれるようだった。恐らく、ちょっとした嫌がらせのつもりなんだろう…身の程を知れ!っていう意味なんだろうね?
もちろんこの結婚は、グランバード公爵やミシェルが望んだものじゃない。とっちかっていったら大迷惑だよね。ミシェルは十八歳になったばかりで、この国では嫡男は二十歳になるまでは正式な結婚は出来ない。だからそれまで婚約者としてこの家で居候する訳なんだけど…僕はその時は十八か。まだまだ先だなぁ…
僕はミシェルからの厳しい洗礼を受けて、すっかり落ち込んでしまった。だけどこう思う…いずれ結婚する運命なら、できれば仲良くしたいと。
好きになって…は無理かもしれないけど、せめて家族としての情みたいなものさえ持ってくれたらと。だってこの先、子供が出来る事だってあるかも知れない。それなのに親同士が仲が悪かったら?それこそ最悪だよね。そう心に決めて僕はあらゆる涙ぐましい努力をしたんだけど…
──とんだ無駄だったな!
前世を思い出して、この世界が小説の中だと気付いた今思うのは…もう無駄な努力は一切辞める!それに期待する事だって…
これまでのここでの扱いを思い出して怒りが再燃してきた僕は、ミシェルに向かって冷たく言い放つ。
「休みたいので出てってくれませんか?いつまでもそこに居られたら迷惑なんですけど」
僕はそれだけ言ったらミシェルを無視し、とっとと自分のベッドに潜り込む。いきなり動いて疲れてしまった僕は、また眠くなってしまっていた。だけどそんなことを知らないミシェルは、今までの僕とはまるで違うそんな言葉と態度に、茫然としながら立ち尽くしていた…
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