プロローグ
「落ち着いて聞いてくれ。昨日、君の御父上であるロテシュ伯爵と兄君が馬車の事故で亡くなられた。だから早く伯爵家に帰りなさい!これから大変だろうから…」
僕の目の前にいる超絶美男子ミシェル(婚約者)からそう告げられ、余りの事に言葉が出なかった。そしてそれは事実なんだろうかと…
「父上と兄上が…亡くなったって?」
茫然としながらも何とかそう呟いて、次の瞬間頬を涙が伝う。涙でグショグショになっている僕の顔を見ながら、ミシェルは目玉をキョロキョロと動かし珍しく動揺している。
「マ、マリン…大丈夫か?」
いつもは僕の事など無関心この上ないミシェル。だけど突然の不幸に見舞われた僕に、流石に心配そうに顔を覗き込んでくる。だけど僕の心の中は…
──ヤッタ~!
全力大歓喜!何ならさ、ガッツポーズしたいくらいなんだよ。不謹慎だとは思うけど、まだまだ長いこの先の人生をこれで何とかやっていけるんじゃないか?っていう安堵の涙を流していた。
約一年前の池で溺れて死にかけたあの事件から、コツコツとお金を貯めて最近ではいつこの公爵家を出ても大丈夫!ってくらいには貯まっている。だけど正直、お金だけでは心許ないと思っていたんだよね…
それにあの無慈悲極まりない父上と、僕のことを一切認めないイジワルな異母兄弟が死んだって、悲しい訳ないと思わない?僕が今置かれている苦しい状況の原因は、あの人達のせいなんだから。
母さんが死んでも知らん顔していたくせに、公爵家嫡男のミシェルと結婚させる為だけに僕を攫うように連れてきた。親兄弟の情なんて、そもそもあの人達にはありませんから!
だけどこうなったからには感謝だなぁ…だって僕、これから伯爵様になるんだよ?妾の子だろうが何だろうが、もう後継ぎは僕しかいないからさっ!
──ザマァみろだ!
そして目の前のこの人ともお別れだ…そう考えるとほんのちょっとだけ感傷的になる。僕がこの公爵家に来てからというもの、ずっと無視し続けていたよね?
でもさ、却って良かったんじゃない?厄介払いできて結局は僕もミシェルもWin-Winだよ!
僕は伯爵になれて、ミシェルは嫌いな相手と結婚しなくて済むんだから。だから僕は、晴れやかな気持ちで言った。
「ミシェル様、明日まではこのお屋敷に居させて下さい。荷物をまとめるのも時間がかかりますからね。それから婚約破棄の書状は、後ほどロテシュ家に届けていただけると助かります。その方が顔を合わせずに済みますからいいですよね?」
自分の言いたい事は全て伝えてスッキリした僕は、もう頭の中では次の作業に取り掛かっていた。まずはこの家から何を持って出るかを思い浮かべていて…
屋敷こそはもちろん公爵家のものだけど、家具は僕が一つずつ揃えていったもの。何でそうなのかって言ったら、それにはのっぴきならない事情がある。だからそれらの物はどう考えても僕の物だと言えるし、何より自分で選んで買ったから愛着があるんだよね。かと言ってあまり大きなものは持ち出せないからな…どうしよ?
なんて考え込んでいたら、ミシェルの身体が小刻みに震えているのに気付いた。…うん?
──あれ?震えてる。あっ、そうか!もしかして感動で?
だったらちょっと失礼過ぎだと思うな…いくら僕と結婚しなくて済んで嬉しいからってさぁ。
でもまあ、仕方がないか…あれだけ嫌がっていたんだものね。そう思ったら、ミシェルだって被害者だから仕方がないんだと思えてくる。
ここは僕が大人になって穏便にと、笑顔で挨拶してこの執務室を出て行こうとすると…あれ?ミシェルの様子がオカシイ。
目の前のミシェルはワナワナと震えて、蒼白の顔で僕をじっと見ている。そして口を開くと…
「だ、だめだ!婚約解消することは赦さないぞ」
──へっ…そこ、喜ぶところじゃありません?どういうこと!