第三章|コンスタンティノープル陥落の夢
――祈りは、誰かと重なりあうためにある。
【舞台】
かつての「ビザンツ帝国の都」――コンスタンティノープル。
東ローマのキリスト教聖堂だったハギア・ソフィアは、
今ではイスラムのモスクとしてその姿を変えていた。
一つの建物に、二つの神の名が刻まれた空間――
(重厚な扉を開け、中に入る三人)
セイル「……これが、教会? いや、モスク……?」
(天井から吊られる巨大なランプ、アーチを支える円柱、ギリシア語とアラビア語の碑文が並ぶ)
エファ「……変な感じ。神様って一人なのに、言葉が違うだけで、争ったの?」
リィア「違いがあるからこそ、祈る。似ているからこそ、恐れる。争いの理由は、つねにその“間”にある」
(中央のドームの下、リィアが立ち止まる)
リィア「ここは、かつて十字を掲げた聖堂だった。そして、今はアッラーの名が掲げられている」
エファ「書き換えたの?」
リィア「“書き換えた”というより、“重ねられた”。同じ天井に、異なる祈りが積み重なってる」
(エファが壁のモザイクに触れる。黄金の光がほのかに反射する)
エファ「怖いね。ずっと“本当の神様はこっちだ”って言い続けるなんて」
(少し離れていたセイルが、武器を見つめる)
セイル「……オレの剣もさ、どっちの祈りにも逆らってる気がしてさ」
エファ(小さくうなずいて)「でも、誰かを守るためなら、それは祈りの一つでしょ?」
セイル「祈るって、戦わないことだと思ってた。でも、違うのかもな……たとえ剣を握ってても、誰かのためにって願うなら、それも」
(リィアがゆっくりと口を開く)
リィア「……祈りはね、自分の命を、自分より大きな何かに“託す”行為よ。人はいつか死ぬから、残すために祈る」
エファ「わたし……たぶんそれ、まだわかってない」
リィア(微笑む)「今はわからなくてもいい。祈りって、きっと“時間に溶ける”ものだから」
(ドームの天井、キリストの顔とアラビア書道が交錯するように描かれている)
――神はひとりでありながら、誰の言葉にも宿る。――
(場面が薄暗くなり、過去の“声”が響く)
•「主よ、わたしを見捨てたまうな……」(ギリシア語)
•「アッラーは偉大なり、慈悲深きかな……」(アラビア語)
エファ(呟くように)「どちらの声も、同じくらい、悲しくて、優しい……」
【外へ出た三人。夕陽がドームに射す】
セイル「なぁ、エファ。オレたちさ、もし魔王と戦わなかったら、こういう場所に来れなかったのかな」
エファ(少し考えてから)「戦ったから来たんじゃない。“生き残ったから”来たのよ。……そうでしょ、リィア」
リィア(小さくうなずく)「祈りは、敗者にも、勝者にも与えられるもの。生きてる者にしか、それを拾えない」