第二章|アルハンブラの影
──祈りとは、語らぬ美のかたち。
南からの熱風が吹き抜ける石の街、グラナダ。
その丘の上、赤い城壁に囲まれた静かな楽園。
かつてアンダルスと呼ばれたこの土地に、今も残るのは、幾何学の神殿――アルハンブラ宮殿。
(アーチ状の回廊を歩く三人。壁には精密な幾何学模様。音のない空間)
セイル「……なんだこの城。人の顔も、獣の像も、なにもねぇ。なのに、こんなに……圧倒されるなんて」
エファ「建物が、歌ってるみたい……模様のリズム、窓から差す光の角度、あれ……水の音?」
(壁面をなぞると、すべての模様が数理に沿って配置されている)
リィア「偶像崇拝を避けたイスラム建築は、幾何学と文字に祈りを託した。これは“無”を美に変える方法の一つ」
セイル(天井を見上げながら)「でも、こんなの、戦場じゃ役に立たねぇじゃん」
エファ(少しだけ口調が柔らかく)「……あなたって、まだそういう風にしか世界を見れないの?」
セイル「えっ? べ、別に……」
エファ「美しいから、意味があるのよ。“役に立つか”じゃない。“それを、残そうと思った人がいた”ってこと」
(少しの沈黙。水面に反射する光が壁の模様を揺らす)
セイル(ぽつりと)「……そっか。戦いは壊すけど、こういうのは、守ろうって思ったんだな」
(中央の噴水の前。カリグラフィで刻まれたアラビア文字が壁に広がっている)
エファ(文字を指でなぞりながら)「これ……詩か祈り?」
リィア「どちらでもあり、どちらでもない。“神はすべてを知る”と書いてある」
エファ「……こんなにも静かなのに、ずっと“誰か”がここにいる気がするの。声じゃなくて、“意志”みたいな」
リィア「この空間は、そういう風に設計されている。建築によって、神を“体験させる”ための場」
セイル(そっと剣に触れながら)「オレさ、こんな場所、守れるのかな。剣だけじゃ、無理な気がしてきた」
(彼らが静かに座る中庭。風が砂の匂いを運ぶ)
エファ「わたしたちって……人の“祈り”に導かれて旅をしてるのかもしれないね。誰のでもない、でも確かにそこにあった祈り」
セイル「祈りって、神に向かうもんだろ?」
エファ「……そうだけど。でも、祈った人の“声”が、この世界のどこかに、響いて残ってる気がするの」
リィア「祈りは、時間を超える魔法みたいなものだから」
(噴水の水が揺れ、その波に光が刻まれる)
――“美とは、沈黙の中で最も雄弁なもの”――