第一章|バグダードの暁(あかつき)
舞台:アッバース朝の黄金期・9世紀のバグダード(幻視空間)
(夜。満天の星空の下、遺跡のような石のアーチをくぐる三人の旅人たち。)
セイル「……ここが、バグダード……?」
エファ「“知の都”って呼ばれてたって、本にあったわね。アッバース朝、9世紀の幻影だって」
リィア「そう。ここには、神の言葉と数学の記号が、同じ棚に並んでいた」
(彼らが踏み入ったのは、「知の館(バイト・アル=ヒクマ)」――幻視空間に再現された図書の迷宮。)
エファ「この空気……魔力じゃない、“思考”の重みがあるわ」
リィア(書棚に手を置きながら)「翻訳運動の中心だった。ギリシア語、ペルシア語、サンスクリット……すべてがアラビア語に変換されて、保存された」
セイル「えーと……つまり、みんなが使える言葉に“集めた”ってこと?」
エファ「それって、魔法の統一体系と同じじゃない。数式も、術式も、言葉も……記号化することで、知は残る」
???「けれど、忘れられた知識は“死ぬ”」
(奥から、ローブを纏った男が現れる。手には細長い羊皮紙。)
謎の男:吟遊詩人アザール
アザール「この館の声に、君たちも呼ばれたんだろう。私はこの時代の記憶を語る者。“預言者の筆跡”を追う旅人だ」
リィア「君は……亡霊じゃない。記憶の媒体、か」
アザール「預言者ムハンマドがもたらした言葉は、“読め”から始まる。それがこの文明の核だ。読んで、記録して、伝える。祈りと知は一つだった」
(エファが手に取った書には、「ゼロ」の概念と共に“アル=フワーリズミー”の名前が記されていた)
エファ「これ……算術書? でも魔法陣の理論にも似てる」
アザール「“演算”は神の世界を記述する言語の一つ。君たちの魔法と、何も変わらないさ」
リィア「……なるほど。魔法を信じない世界でも、世界の“しくみ”を信じていた」
(彼らが出ていこうとする瞬間、空間に囁き声が残る)
“アッラーの御名において、知は分け与えられる