01
長々とすみません!
…え…もう…え…ナニコレ……
遠い世界に行きたい…いや、既に遠い世界なんだけど……
いやだって、おかあさんおかあさんって……
え…この恥はどうやったら無かったことになるの?
え…どうしよう……どうしたらいい?
この人の頭殴ったら、都合よく その部分だけ記憶喪失とか、そういう都合の良い展開ってない?
何で殴ったらいい?
ゲンコツ?……手が痛いよね
金属バット?……無い
あ…りぇんにー?
これ硬いよね、これ? これで逝く?
こ…これで……
「どうしました? 都子さん」
「え?!、あの、え、こ、これ!」
りぇんにー?を手に持って ぷるぷるしていたところへ突然声を掛けられ、びくっとなったあたしはソレをユンに突き出した
「そうですね、これはもう食べ頃ですから早めに売ってしまった方がいいでしょうね
では、こちらの一番若い実だけ残して、後は売ってしまいましょう」
「あ、う、うん、はい、お願いしますっ」
ボーリングの玉ほどの重さのそれをさっと彼が片手で掬い上げるのを目で追いながらドッドッと心臓がどきどきするのを感じつつ、あたしはちょっと嫌な汗をかいてひんやりとした手をさすった
…人間、混乱がピークに達すると良くないんだな、って学習した
よりにもよって一番殺傷能力の高そうな実を抱えて、あたしは一体どのくらい突っ立ってたんだろう……
た、旅の恥は掻き捨てっていうし!
忘れよう、そ、それがいい、うん!!
あれだけ怖い思いしたら誰だって子供返りしちゃうし錯乱だってするよね?! うん!!
「都子さん?」
「は、はぃい!」
「考え事の最中でしたか? 驚かせてしまってすみません」
「え、う、うぅん、いいの、大丈夫っ」
思いっきり挙動不審なあたしに、そうですか?といいつつ彼が袋を差し出してきた
ちょっとした巾着袋くらいの大きさで丈夫そうな皮製の…えっと……これなに?
「果物や山菜などを売ったお金です、都子さんのお金ですよ」
「あ、ありがとう、手伝ってもらった上に、売るのも全部やってもらっちゃって…」
「いいえ、気にしないで下さい
相場より高く売れましたから、後で確認してみて下さいね」
「う、うん、ありっぅうわ?!」
相場なんて全然わかんないけど、高値で売れたんなら嬉しいなー、とか ほくほくお礼を言いつつ受け取った瞬間、がくん、とその重さに袋を落としそうになり
ユンがさっと手を差し出してそれを受けてくれた
「重かったのですか? すみません」
「え、ぁ、え、ぇえ??」
10kのお米の袋を心の準備無しに突然持たされたような、この重み
え、お、お金? お金なの、これ、えぇぇぇえええっ
「これで大丈夫だと思います、どうぞ都子さん」
「あ、わ、軽い……」
ユンが袋にさっと何かを書いてもう一度袋を渡してきたので恐る恐る受け取ると、今度は袋は普通のお財布くらいの重さになっていた
「重さを全く感じなくしてしまうと、なくしてしまった時に気付けませんから」
「ありがとう……」
中を覗いてみると、お店でもらえるポイントカードくらいの大きさと、ソレを半分にしたくらいのタブレット状のお金が入っていた
厚さはだいたい5㎜くらいで大きさと表面の模様とか材質が違うものが何種類かあるみたい
日本円でいうところの一円や十円とか百円みたいな差なのかな
そりゃこんなのがぎっしり入っていれば重いにきまってるよね……
いかにも重そうなのに、こんなに軽くなっちゃうなんて、魔法…ってやつなのかな、やっぱり
だって変身とかしたりもするんだもん、やっぱり魔法だよね……
こ、こんな不思議な世界で皆大丈夫かな、は、早く見つかるといいな……!
「次は義肢ですね」
「あ、う、うん」
彼のマントを頭から被っていた状態だったから、正面よりやや下しか見えないという周りの状態が殆ど分からないところに突然死角から抱き上げられてびくりとなる
実はここに来るまでにも、子供返りなんていうあまりの恥ずかしさに逃げ込むように街の雑踏に入った直後に、予想以上に多い人通りと体格差に危うく蹴飛ばされそうになり、ユンが慌てて抱き上げてくれたんだけど、やっぱりそうそうすぐに慣れるものでもないし……
何より、この歳にもなって抱っこされるというのは辛い……
そりゃあこの体格差だから、あたしが抱っこされてても傍目には違和感なんてないんだろうけど……
見える景色は行き交う人たちの足ばかりだけど、足の大きさが明らかに違う
ユンは随分背が高いと思ってたけど、彼はこっちじゃ小さい方だったんだね
人によっては彼の倍とかそれ以上のサイズの足の人とか、兎に角すれ違うだけでうっかり蹴られそうで怖いっ!
足元を見ていれば彼が慣れた様にすいすいと人込みをすり抜けていくのが分かるから、こうして抱っこしてもらって移動した方が安全なのは理屈では分かるんだけど
こう、大人としての矜持とか色々、ねぇ?
「さあ、着きましたよ都子さん」
「え、あ、うん、あっ、ありがとうっ」
もやもやと考え事をしていたらいつの間にか目的地に着いたらしく、
彼はそっとあたしを降ろすと、あたしに被せていたマントを除けて、どこからか柔らかそうな布製の紐を二本取り出して差し出してきた
「髪を結ってもらえますか? 耳を覆うように」
「え、こ、こう?」
渡された紐で後ろ髪を首元から前に流すようにして左右二つに縛ると
ユンは少し首を傾げて、失礼しますよ と、結った髪を少したわませるようにして、耳だけでなく顎のライン全体を覆うように髪に少し手を加えてくれた
「これなら耳を強調することもないでしょう」
「う、うん?」
耳?、あ、そっか、耳!!
……いや、耳ないとおかしいんじゃ?
ユンに背中を促され、大きな金属製の扉をくぐると…
なんていうのかな、これ……
えー……
「ファンシー?」
「ふぁんしい?」
犬の耳っぽいものとか、猫の耳っぽいものとか
あ、キリンの角みたいなのもある…あ、角じゃないんだっけ?
尻尾とか……
わぁ、ふっさふさ……
「…あれ?」
なんだろう、あのぶら下がった大きな…腕ぇぇえええ?!
う、腕がっ 足ィ?!
全然ファンシーじゃないぃぃぃいいいいっっ!!
びくぅっとなって、思わず後ろに下がると足の下に硬い感触が……うわ!!
「ご、ごめんユンっ
足踏んじゃった!」
「いいえ、こちらこそすみません都子さん 驚かせてしまいましたね
ここで都子さんの耳と尾を作ってもらいましょう」
「え?」
「ここは、事故や病気などで手足や耳、尾、他にも身体に不自由を持つ人に
身体に合った義肢を作ってくれるのです」
「ぎしって、義手や義足のことだったの……」
ここで、この世界でも違和感のない耳と尾を……え?
ぎ、義足とか義手のたぐいって結構高いんじゃない??
お、お金…足りるかな…しゃ、借金? 借金する??
異世界に来て借金って……
いやでも、目立たないように探す為には必要な経費だよね
こっち風のサイズの合う服も必要だし!
…あたしに合うサイズの歳相応の服ってあるかな……絶望的な気がしてきた
『ジャルグ爺、ジャルグ爺いないのですか?』
「じゃんぐいにゃいれしゅか?」
「…ジャルグ爺さんです、ここの工房を一人で切り盛りしているんですよ
彼は偏屈なので弟子はとらないのです、
しかも、営業は気が向いたらで殆ど材料探しと称してふらふらしているので
用があっても連絡を取るのが困難な相手です
せめて繋ぎに誰か雇えばいいのに、それすらも面倒臭がる変わり者です」
『久々に訪ねて来たと思えば、おんし、今何か悪口を言ったじゃろ』
後ろから突然しわがれた声が届き、ぎょっと振り返れば、ぼろぼろの布キレが見えた
布の裂け目からは、だいぶ色つやの落ちた毛皮がはみ出している
首を殆ど90°見上げると、もっさりとした毛皮の猿の獣人がそこに立っていた
つやの落ちた毛皮や声色の様子からして、恐らく結構な歳のそのお爺さんはユンよりも背が高く、右腕は二の腕辺りから左腕は肘から先だけが人間のようだった
なるほど、人間みたいな手だから手先が器用で、義手とかを作るのに適しているってことなのかな?
ユンが爺さんって言ってたし器用そうな手先をしているし、多分この人がユンの言ってた
えーと…じゃぐじいさん? ジャグジー?
い、いや、た、多分違うと思うけど、兎に角、お世話になるんだからご挨拶を……っ
「あ、あの、こんにちはっ
はじめまして如月都子です」
『うん?』
「あ、え、あ、そうだ言葉っ」
通じないんだった!
そういえば、さっき果物を売った時や行き交う人たちの話し声も理解できなかったから、やっぱり魔法でとか食べたものの効果で、とか
そういったもので言葉が通じるようになったんじゃなかったんだなぁって納得したばっかりだったのに……っ
「ユ、ユン、教えてくれる?
はじめまして如月都子ですって、何て言えばいいの?」
「勿論、お教えしますよ……」
ユンは、彼の服を引っ張っていたあたしの手をそっと取ると
一度口を開きかけ、暫く何か考えた後、教えてくれた
あたしの名前って、こっち風に直すには難しいのかな?
「まず、はじめましては"はじめまして"」
『はひ、』
『はじ、…はじめまして』
『はじぇみゃひて』
『キサラギ=ミヤコ・ラム・ラ・ユンファイエンスです』
『キサラギ=ミヤコ…りゃむ』
『ラム、…ラム・ラ』
『らぅぁ』
『ユンファイエンスです』
『ゆんぁいんすれす』
「とても上手ですね、素質がありますよ」
「そ、そうかな?」
今、ユンの名前が言葉の中に入ってたような…
ユンの知り合いですよ、ってこと?
ま、まぁ兎に角ご挨拶
『はじぇにゃひて、キサラギ=ミヤコりゃむぁゆんぁいんすれすっ』
『おぉ、上手にご挨拶できたのぉ』
自分の名前以外、全く再現できてないような気がするけど
お爺さんは、にっこり笑顔……笑顔?
いや、顔が毛むくじゃらだから分からないけど、声の感じからして多分笑顔であたしの頭をがしがし撫でてくるから、多分挨拶は成功したんだよね……?
……なんだか凄く子ども扱いされてるような気がするけど!
『わしはこの外道と暫く話をするで、お嬢ちゃんはちぃと大人しくしておれよ』
お爺さんは、傍の棚の上のガラス壷の中から、スティック状のちくわくらいの大きさの
えーとこれ、…飴?を取り出してあたしにくれると、傍の金属製のテーブルに座らせた後、あたまをよしよしと撫でてきて、ユンの方に向き直って何かを話し始めた……
…子供は大人が話してる間、じっとしてなさいってことだよね、多分これ……
えーと…こんな大きな飴、一体どうしたら……
せめて油紙みたいな張り付かないもので包んであればそこを持てるのに…手がべたべたしてきた、うぅ……
とりあえず、舐めて少しでも小さくした方がいいのかな…
でもこのサイズじゃ途中で絶対力尽きるよね、舐め掛けのものをいつまでも持ってるのもどうかと思うし、うぅぅぅぅ……っ
そういえば、頭を撫でてもらったから髪がくしゃくしゃだ、耳が見えたら困るよね…でもこの状態で髪なんかいじったら髪がべたべたに……
どうしよう……
飴を手に持ったまま、どうしていいのかわからなくて飴と二人を交互に見ていると
なんだかお爺さんの声の感じが剣呑としてきたっていうか……
け、険悪な仲なのかな?
まさかケンカとか始まらないよね?とドキドキしているとお爺さんがこっちを振り返った
え? なに??
もうお話終わったの?
振り返ったお爺さんは、あたしの飴を持ってない方の手を取ってしげしげと眺めたあと
もう一つ飴を持たせて、また向こうを向いてしまった……
あ、飴が二本に…ど、どうしよう……っ
あたしが催促してるように見えたのかな?
そ、そんなにあたしの顔ってば物欲しそうだったの??
二本に増量した飴と二人をまたも交互に見ていると
ちらっとまたお爺さんがこっちを見た
…険悪なムードは薄くなってきたみたいだけど……
『それと、尾も
毛色は恐らく白かと』
『そうじゃな、細い毛じゃろう、綿毛くらいか』
あたしを見たまま、二人して何か喋ってる……
あのー?
『何の種じゃ』
『分かりません』
『分からんことはないだろう……』
ぬっとまたお爺さんの手が伸びてきて、あたしの頭を探るようにさわる
さっきの子供を撫でる感じとは違う、えーと、耳を作るための診察でもしてるのかな?
『ふぅむ……』
その手が隠れた耳の辺りに下りてきようとした時
『ジャルグ爺』
『…耳か』
『ええ』
『それと尾も……』
『そうです』
ユンの呼び掛けで、耳を見つけそうになった手はぴたりと止まって遠ざかり
そのままぼそぼそと二人で何かを喋ってる……
あのー、凄く気になるんだけど
どうやら話はひと段落ついたのか、ユンがどこからか油紙のようなものを取り出し
あたしの手から飴を取り上げて紙でくるりと包むと、それをあたしの荷物の中に入れ
それから暫く、じっとあたしの飴でべたべたになった手を食い入るように見た後、蒸しタオルのようなものを取り出して、あたしの手を丁寧に拭き取ってくれた
……ほんと、どこから蒸しタオルなんて取り出したんだろう
手を拭いてくれた後 お爺さんと会話しつつもあたしの少し乱れた髪を整えていたユンは、お爺さんが多分何か罵るような勢いの言葉を吐いたのを聞いても特にびっくりすることもなく
傍の壁に掛かっていたリボンにネコの耳が縫い付けられたようなものを外すと、それをあたしの頭にカチューシャのように結びつけた
「え、な、なに?」
「急場凌ぎです、これからちゃんと聞こえるものを彼に作ってもらいますから
"ではジャルグ爺、宜しくお願いします"」
「も、もう行くの?」
あたしを抱き上げ、帰る体勢のユンに慌て聞けば
次は服を見に行きましょう、と返事が来た
「あ、じゃ、じゃあお爺さんに お願いします、お邪魔しましたって言わなきゃっ」
「挨拶ですか?
そうですね…"義肢をお願いします"」
『ぎちぉにぇがいましゅ』
『さようなら』
『さぉうにゃあ』
『おぉ、任せておけ』
お店を出て、トンネルのような通路を暫く行くと大通りに出た
さっきはマントのフードを目深に被っていたから足元しか見えなくて、周囲がよく見えなかったけれど
今は、付け耳をしているからフードも被っていなくて視界もいい
ユンに抱き上げられて進みつつ眺める大通りは 土の壁面から削りだしたような店が立ち並び、店の前には品物を入れた金属製の箱が並んでいる
そこかしこに出来る影は、ゆらゆらと揺らめいていて、不思議に思って上を見上げれば、通りどころか建物にまで覆いかぶさるように天井があり
天井は平たくなく、アーチ状で一番高いところに大きな溝のようなものが続いていて、溝の内側の側面に穴らしき影が見え、通りの両側の店に沿うように二列に点々と松明のようなもので明かりが灯っている
松明の両隣の土壁には穴が開き、空気穴の役目をしているみたいだった
天井は遥か高く、通りの上には大きな橋のようなものがいくつか渡り、その橋の両端にも大きな通りが続いているみたいで
橋の上にもまた橋があり、そこにも多分通りがあって、ここは何層かの階でできてるみたい
「…ここは地下なの?」
「えぇ、この辺りは地上が豊かなので
豊かさを保ったまま街を発展させた為に、このような造りになっているのです」
行き交う人々の姿も、店先に並ぶ食材も、街の在り様も違う
動物たちが自分の知っている姿に似ているぶん、なんとも微妙な違和感がつねに付き纏う
皆は、今頃、どこでどうしてるのかな……
お腹空いてないかな、寒くないかな、……辛い目にあってないといいな
「都子さん……」
「う、うん、どうしたのっ?」
「少し遅くなりますが、服を購入したら昼食にしましょう
美味しいと評判のお店があるんですよ」
「うん、ありがとう」
お腹が一杯になれば、気持ちも明るくなる
心配そうな彼の目は、多分 そう言っていたんだと思う
お世話になってるんだから、あんまり気を使わせないようにしなきゃいけないのに……
元気ださなきゃ……っ
この話を含め、表裏四話ずつのUPになります。
実は四話で一話分だったんですが流石に長過ぎたので分けました