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Ex

「っひ、ぅ、み、…みや、みやこっみやこがっ!」



突然の娘の喪失に、引き攣るような切れ切れの呼吸で妻が嗚咽をもらす



「くに、は、る…さ、ん、みや、こがっ」


「京子さん…」



母が、俺の胸に泣き縋る彼女の背を、自分も精一杯涙を堪えて宥めさすっていた

正直に言えば、俺自身も何故だと理不尽な喪失に声の限り叫びたい気分だ


だが希望はある


遠目に見た都子は丸く透ける何かに包まれていた、そう、俺たちの周囲を家の敷地ごと包んでゆっくりと降下させているコレと同じものに見える

実際、先ほど泣き縋るように現れた目の前の女の落ち着き様からして、その予測は当たっているだろう


ならば、女と話をし、現状を明確にする必要がある

そうすることで、妻と母に希望を持たせ、目的を得ることができる


京子の頭を撫ぜつつも、半ば睨むように女を見据える視線に気付いたのだろう

母が、座りましょう、と京子に促し、俺と彼女の合間に腕を滑り込ませて京子の身体を抱き寄せ

そっと静かに足元へ座らせた


相手もタイミングを伺っていたのだろう、ゆっくりと口を開いた



「怪我は」



抑揚なく簡潔に尋ねてくる声に、首を振ることで答えた

こちらを心配している、という様子は一切ない、義理で聞いているといった感じだ

娘に"母さま"と泣いて追い縋る様を思い返せば、今の人形のような無表情さは本人そっくりに造られたマネキンと言っても通じるだろう

なまじ女の容姿が整っているだけに、その表情の無さは不気味さを煽った



「何故こんなことになった」



この女が何者かどうかより、まず知らなければならないことだった



「私が召還された所為だ」



俺の質問に女は耳に馴染みのない言葉を返す

召喚?それとも召還か、どちらにしてもこの異常事態、呼び寄せたのが外国だとかそういう規模の話ではなさそうだ



「どこに呼び出されているんだ」


「ユングヴォルファマナ」



予想通り聞いたこともない場所か



「なぜお前一人でなく俺たち家族まで呼ばれた」


「恐らく誤差を埋めるため」


「…もう少し言葉数を増やしてくれ

 こっちはあんたの事情なんて欠片も知らないんだ

 簡潔に結果だけ言われても知りたいことがさっぱり分からない

 省略したところを詳しく教えてくれ」



表情は変わらなかったが、面倒そうな空気は嫌でも伝わってきた

しかし情報を正確に把握しなければこれからの動向を決めることもできない

娘を探しにいかなければいけないのだから


暫く睨み合いの後、女は口を開いた



「あちらと地球では世界を構成する物質が異なる、

 向こうでは問題なくとも、それ以外の世界で発動するかは分からない

 召還の術は恐らくそれを考慮した上で、

 多少綻びても動作するよう極めて複雑な構成を多重に用い極めて単純な定義で範囲を指定した

 私は術に詳しくはないが読み取れる範囲で答えるならば

 術は私を発見次第、周囲を動くものの有無、更に地形単位で1ブロックと考え捕捉している

 別次元に干渉して術を発動させるにあたり、時間的ロスを考慮したのだろう

 発見時には周囲に誰もいなくとも発動時に内に半端に踏み入れば肉体は内と外で分断される」



"誤差を埋めるため"という言葉は恐らく範囲指定のことを言っていたのだ



「空間を切り取る術はどんなに気を使っても術の性質上この問題が発生する

 一度切り取ってしまえば目的はそこで果たされそれ以上の危険はない

 切り離した時点で目に見えていてもそれは既に別次元の定義になる

 更に万一のため外部からの干渉を受けないよう障害物の無い上空へ移動する」


「それで無差別に捕まったというのか…」


「無差別ではない、術は捕捉した内部をスキャンし

 私以外の動く物を異物と判断して元の次元へと転送するよう構成してある」


「…じゃあ何故こんなことになった」



憔悴しきった様子の妻や母を怯えさせないよう、怒鳴りつけたい衝動をぐっと抑え、それでも怒りに頭が煮え立ちそうになりつつも詰問を続ける



「母さまが内部のスキャンが終わる前に捕捉範囲外に出てしまったからだ」


「なに…?」


「恐らく術の主は無重力などというものは知らない、あの世界にはそのような概念は無かった

 だから捕捉範囲外に出たものは自分の意思で外へ逃げたと判断した、出るのは自由だ

 ただ、逃げ出した先に障害物があった場合を想定してはいたようだ

 範囲外に出ても一定時間は今周囲を囲むのと同じ保護の術が掛かるよう組み込まれていた

 だが外は宇宙、逃げ果せても推進力が無ければ地上に帰ることなどできない

 万一上手く地球の重力圏に入っても、術が切れれば大気摩擦で母さまは燃え尽きていただろう」


「もえつきて…」



妻が震える声で呟いた

疲弊していてもさっきより意識はしっかりしてきたのだろう

妻の意識を助けるように、片膝をついてその肩を抱いた

残る片手は震える母の手をぎゅっと強く握る



「術の目的である私が母さまを引き止めようと捕捉範囲外へ干渉したため、

 私を逃がさないよう捕捉範囲が保護の術の外まで拡張された

 この行為により私以外の動く物を元の次元に転送する術が機能しなかった

 こういった事態は想定範囲として術に組み込んだ痕跡が見られるが、

 別次元では上手く発動しなかった」


「…それで、その別次元とやらへ纏めて転送されたというわけか」


「そうだ」



短く応じた女は顎をしゃくって庭の外、下方を見るよう促した

宙に浮いている状態だが安定している足元をそれでも気にしつつそっと淵に立って覗き込めば

星の海に、大陸が浮いていた

海も無い、他に島も大陸も無い、ただ一つの大陸が


やがて大陸の影から光が差し込みだす


恐らく太陽かそれに準じたものだろう、目の前の大陸を機軸に回っている

保護の術とかいうもののお陰か、直接目にしても視界を焼くような強烈さは無かった

次に周囲に視線を彷徨わせれば、月らしきものも確認できた



「私が打棄てた世界だ」



一切の温度を感じさせない声音で女が言う



「あなた…誰なの」



母が無意識に口に出した

いいや、分かっている

俺たちはこの女が誰だか、ちゃんと分かっている

だが確信はしていても、理性が追いつかない


母の問いに、しかし応えたのは京子だった



「…ぷりんよね?

 あなた、ぷりんでしょう? …ね? そうでしょう?」



女…ぷりんは、微かに肯いただけだった


今、この人の姿をした、ぷりんと同じ毛色の耳と尾を生やした女が

本当にそうなのか、疑う余地は幾らでもあったが

この状況下に措いてそれが意味の無い疑心であることも分かっている


そもそも、元からぷりんはおかしかった


22年前、当時妊婦だった妻と俺の前に現れたぷりんは、外見は既に成犬だった

ある日ふらりと現れて、妻の腹に切ない鳴き声で擦り寄ってきた

それがずっと続いた為に、以前TVで見た飼い猫が身体の一部の匂いをしきりに嗅いでくることを訝しく思った飼い主が病院で検査してもらったところ病気だった、という話を思い出し

検査をしてもらった結果、京子の妊娠が判明した


普通なら気付かないごく初期での発覚に、妻も俺も喜び、ぷりんを家族に迎え入れた

…だが、ぷりんは名前を付けたが何度呼んでも返事はせず

出産までは妻にべったりだったが娘が生まれてからは娘にべったりと寄り添うようになった


名前も娘が幼稚園に上がったころ、娘がつけた名前だけを受け入れた


家族で囲む食卓に流れるニュースで、海外のロイヤルプリンセスの誕生を報じたそのニュース

プリンセスの意味を聞いた娘は、わんちゃんにぴったりだ、と

それで、そのままでは長いから短くぷりんに決まった


娘が単に若作りで元気なだけだと思っているぷりんは

実はもう何年も獣医に掛かっていない


肉体の年齢が、ずっと若いままだからだ


引っ越すと言って何度か掛かり付けの動物病院を移り

数年前からは、もう病院には行っていない

そのことを、娘だけが知らずにとうとう22年も経ってしまった


そろそろ若作りでは説明が付かなくなる、瑞々しい筋肉の張りも毛皮の色艶も

特に危機感を抱くほどではないが、どう説明しようかと常に頭の片隅にある問題だった



ぷりんが何者で、何の目的があって犬の姿をして自分たちの…いや、娘の傍にいたのか

その理由が今この事態に関係があるのか、ただの偶然なのかは分からないが

今すぐ知る必要があるとは思えなかった



「…兎に角、娘は、

 都子はその保護の術とかいうもので安全は確保されているんだな」


「分からない」


「なにッ?!」


「そんなっ」


「どういうことなのっ」



悲鳴のように問い掛ける俺たちを気にする様子もなく

女、ぷりんは相変わらず淡々と言葉を続けた



「私がこの世界を打棄ててから、五百有余年経っている筈だ

 五百年も経てば、確実にこの世界には私の行いにより既に人類はいない筈だった

 だが今、私はこうして此処に召還され、

 術の構成を見れば、当時とは比べ物にならない程に進化している」



人類がいない筈だった?

どういう意味だ、打棄てたという言葉の通り、単に見捨てたというだけじゃないのか

…いや、打棄てるということは、この世界を支配だか庇護だかしていたということなのか

それもこんな風に、別の土地どころか別の世界に行ってしまったにも関わらず

500年以上経っても尚執念深く、執着される程の…



「だから無事かどうかは確証しかねる

 捕捉方法や対象である私以外にも保護の術を掛けていることから無体に扱う気は無いようだが

 彼らの性質が当時と変わらないのであれば、それは安心材料にはならない」


「彼らの…性質?」


「理性の無い獣、ケダモノだ」



ケダモノ、その言葉に、

妻か母、或いはその両方が、ひっ、と短く息をのんだ



「兎に角、相手が私を引き摺り戻すにしても

 どのようなつもりなのかは、凡そ想像はつくが確実ではない

 このまま無防備に地上に降りるのは得策ではない」



言うなりぷりんがさっと手を振ると、辺り一面が濃い霧か雲のようなものに覆われた



「才能の無い私にはこの程度の目晦まししかできないが、無いよりはマシだろう

 だが五百年掛けてたった一つくらいは私でも扱えるまともな術も創っておいた」



役立てばいいがな、と家へと足を向けたぷりんは、しかし

ふ、と雲の向こうを見据えた



「なるほどな」



一瞬だけ雲間に目を留め、さっさと家の中へ入っていってしまった

慌てて後を追おうと、妻と母を促し立ち上がり掛けたところで母が静止の声を掛けた



「…ね、…ねぇ郁治、あれ…あれは…なにかしら」


「なんだ…あれは…」



母が指差す方向、濃い雲間に、人のような、獣のような

それらが、中途半端に混ざったような


今、俺たちを家ごと包んでいる保護の術と同じようなものに包まれ

抱えた膝に頭を埋めるように丸まったソレは

次の瞬間には、雲に隠れて見えなくなってしまった



「くにはるさん…あれが…いまのがもしかして…けだもの?」



恐る恐る、妻が、京子が口に出し

ぎゅっと俺に縋る力を強めた






娘は…都子は…



こんなところに、いるのか



こんなせかいに



ひとり



たった独り






都子、待っていろ都子

そんなに時間は掛からない、すぐだ






すぐに、俺が、父さんが必ずお前を見つけ出してやる

これで今回書き上げた分は最後です、またある程度まで書き溜まるまで先送りになりますが、宜しくお願いします


それにしても、どんなにシリアスなシーンでも"ぷりん"(笑)

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