表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/25

06

「今夜はここで野営しましょう」



時間は既に夕暮れ時、前の街を出てからここに着くまで結構な時間が過ぎていた

本当はユン一人ならもっと早く移動できたんだろうけど

あたしがあの速度に耐えられなくて、彼は気遣うようにゆっくりと移動してくれる



「すぐ晩ご飯の仕度を始めるね」


「はい、お願いします

 わたしは野営準備に取り掛かりますので」


「うん、お願いね」



ユンが広げてくれた折り畳みテーブルの上で材料を広げ夕食の仕度に取り掛かる

今夜のメニューはたっぷり野菜のシチューと自家製パンです、野菜大目だからサラダは無し、お肉も鶏肉をたっぷり…っていうか精肉店で買うような大きなブロック単位の量を一羽(以上?)分まるまる投入するからフライとかも無し

…いや、献立って毎日考えるの大変…ローテーションに陥りそう…


自家製パンは、実家だったら お母さんとおばあちゃんとあたしの三位一体トリプルおねだり攻撃でお父さんに買ってもらったホームベーカリーがあるけど、ここには無いわけで…



「でも大丈夫!

 華奢な奥様でもユンに貰ったこのアイテムで面倒な生地の手捏ねもほらこのとーり!!

 って実演販売かよ、はい、セルフ突っ込みお疲れ様でーす…ふぅ」



独り言に虚しくなりつつも油脂を塗ったボウルに丸めた生地を入れて一次発酵を待つ間にシチューの仕度に取り掛かる

因みにこのパン生地は今夜の分じゃなく作り置きの分、二次発酵まで終わらせて後は焼くだけの段階になったらユン作成の貯蔵庫に入れておけば中は時間が経過しないらしく食べ物はずーっと新鮮なままという…


これがいわゆるチート?!


でもいくら大丈夫とはいえ鮮度が重要なものはやっぱり気持ち的に早めに消費したいし、大量購入してもいざ食べる段階になったら口に合わなかった、とかもありうるし、場合にもよるよね


さて、気持ちを切り替えて まずはジャガイモ(っぽい芋)、最初から一緒に煮ると煮崩れしちゃうからユンに頼んで作ってもらったレンジで加熱だけしておく

皮は剥かずに洗ったまま水の滴るジャガイモを破裂防止に串で適当に刺し、スタンド付きA3サイズのプレート型レンジを立てて中に均等に配置して加熱開始

薄いのに扉を開けると中は奥行きのある異空間のこのレンジはオーブンとしても活躍してくれる、なんて頼もしい…!


加熱の終わったジャガイモは火傷に気をつけつつ布巾を使って皮を剥いておき後は味付けまで放置

続いていずれも"っぽい"と接尾語が付きそうな玉ねぎと人参、ブロッコリー、白菜、それぞれを洗って適当な大きさにザクザクザク…っと

寸胴鍋にバターを入れて程よく溶けたとこでぶつ切りにした鶏肉を投入、軽く火を通したら切っておいた野菜をごろごろと鍋に流し込み、更に炒めること数分


火を弱火に落として小麦粉を加え、牛乳もちょっとずつ加えてヘラでゆっくりかきまぜ、あとはコンソメと適当な大きさに裂いたキノコ類を投入

鍋に蓋をしてロックを掛けで加圧開始、ジャガイモはまだ待機


次に貯蔵庫から昨日作っておいて二次発酵まで済ませておいたパン種を取り出してレンジもといオーブンレンジにご案内



「後は片付けとテーブルの用意をして…っと」



ひと段落して顔を上げると いつの間にか辺りはすっかり暗くなってたけど、手元はユンの用意してくれた白熱球みたいな灯りで照らされてるし問題ない

ふんわりと淡いオレンジ色でなんだかあったかい感じがいいんだよね、触っても熱くないし


もう使わない調理器具を洗って水気をしっかり取ってから収納

流石に食洗機とかこれ以上便利になるのも申し訳ないから頼んでないんだけど

食洗機のほかにもフードプロセッサーとかハンドミキサーとか、心揺れる…!


煩悩を振り払って洗い物を終えたら、鍋にジャガイモを入れ塩と胡椒で味を調えて…と

あー良い匂い、お腹空いちゃった、パンも香ばしい匂いがしてきたから お皿を出してるうちに丁度よく焼き上がりそう


テーブルの上を布巾で拭いて、お皿を二枚とスプーンを用意

オーブンレンジから取り出したパンは丁度よく火が通っているようだし、よし



「ユーンーっお待たせー晩ご飯できたよーっ」


「はい」



がさっと茂みから出てきたユンの手には桃みたいな果物が持たれていた



「わー甘い匂い、美味しそうだね」


「冷やしておいて食後にいただきましょう」


「うん」



前に採ったりぇんにーは味も匂いも凄く甘かったけど硬くてまともに食べられなかったんだよね

仕方なくユンに薄ーく切ってもらって、板状の鼈甲飴みたいな感じのをポリポリ齧ったっけ

…顎が凄く疲れたけど、この桃みたいな果物は柔らかいといいなぁ…

それに、ユンからごりごりと噛み砕く音が聞こえてちょっと怖かったし


スープ用の深皿(ユンのお皿は大人数用土鍋サイズ…)に熱々のシチューを盛り付け、食事をはじめる



「いただきます」


「どうぞ、あたしもいただきまーす

 あつっ、はふ、おいひぃ」


「具沢山ですね、味もよく染み込んでいます」


「うん、それにとろみも丁度…、おかわりいる?」


「はい、お願いします」



ユンのお皿は既に空になりかけていた…

寸胴鍋から彼のお皿にシチューを継ぎ足し、再び自分の食事に戻る


うーん…もしかして足りない…のかな?



「もっと量を増やしたほうがいい?」


「食事の量をですか?」


「うん、足りてないんじゃないの?」


「いいえ、充分足りていますよ

 わたしは底無しなので気にしないで下さい

 量より質、都子さんの作って下さる食事はとても美味しいです

 料理上手ですね、いつも有難う御座います」


「そう? あ、ありがとう」



さ、さすが美形、女の子を持ち上げるの上手いなぁ

思わず照れちゃったよ、危ない危ない


日本人気質のお陰で褒められるとこそばゆいってゆうか、なんか恥ずかしい…っ

あぁぁむずむずするっ、すっごく恥ずかしいぃぃぃいいいっ!!



試練の晩ご飯を終えて二人で後片付けを済ませる

あたしが洗ってユンが拭いて仕舞う、という連携プレー

食器類は二人分だから少ないんだけど寸胴鍋は洗うのが大変というか

あたしの腕が短くてね…うん…底の深い調理器具とかはユン担当です、はい


洗いものが終わったら、次は明日の朝ご飯の下拵えをしつつ次の行き先の相談



「明日の朝ご飯は豚の角煮とポテトサラダだよ」


「楽しみですね」



角煮好物なのかなぁ、やけに嬉しそう…

というか、ユンは常時尻尾振りっぱなしなんだけど、番犬にはならないタイプの人懐っこさって言うの?

だ、大丈夫かな

顔も素晴らしく整ってるし、お金持ちだし、騙されたりとか…


いや、こっちの人の言葉が殆ど分かんないあたしが人の心配できる立場じゃないよね

で、でも見守るくらいはしよう、うん


一方のユンはあたしの作業を手伝いながら地図を出して、明日の行き先とルートを説明してくれた



「この街道を使えばすぐ次の街なのですが、

 ここを迂回すると此処と此処に村があります、そこを尋ねてみましょう」


「ありがとうユン、遠回りさせてごめんね」


「そんなに難しく考えることはありません

 旅行気分で気を楽にして行きましょう」


「うん、あ、そうだ、地図のこの部分はどうなってるの?

 国がまぁるくわっか状に並んでるのは分かるんだけど、この真ん中のところ

 点々とあるのはお城?」



暗くなった空気を慌てて切り替えるように地図の真ん中を指差した



「そこは砂漠と荒野が入り混じった、人の住めない土地です」


「随分広いんだね、じゃあこの点々としたのは遺跡か何か?」


「それは切り立った石柱のようなものです

 砂や大地を突き破るように迫り出して聳え立っています」


「石柱…」


「遥か太古には、其処は女神の土地だったようですが、記録も遺跡も残ってはいません

 かの石柱は神代の時代の名残なのかもしれませんね…

 術でその地の記憶を覗いたこともありましたが、あまりに遠い過去で」



大地ももう覚えてはいないようでした、とユンは教えてくれた

その場所の記憶を見る魔法なんてあるんだ…すごい…






ユンが仕度してくれたお風呂を先にいただきながら

あたしは"土地の記憶を見ることのできる魔法"のことを考えていた


その魔法を使えば、家族がその場所にいたかどうか分かると思ったから


…でも、ユンに以前話してもらったことがある

どうしてだか、あたしに直接魔法を掛けることができないんだって


ジャルグお爺さんが作ってくれた付け耳としっぽも、ユンが色々と魔法を改良してくれてやっと使えるようになったみたいだったし、まぁ耳については聞こえすぎて違和感があるから本来の聴覚以外は働かないようにしてもらったんだけど…

やっぱりこの世界の人間じゃないから、この世界の魔法はあたし達地球人には通じないって考えるのが妥当だよね

それに あんまり我が儘を言うのは良くないもんね



「お風呂お先でした、ユンどうぞ」


「はい、いただきますね」



ユンと交代でテントに入る

大きな防水加工の布を木々の間で張っただけのものだけど魔法が使ってあるのか隙間風もないし

内部の灯りは蛍みたいな感じであちこちほわんほわん光ってて、なんだか凄くムーディー…

そして足元には何のものかまるで分からないけど少なくとも六畳はあろうかという大きな毛皮が敷いてあってもっふもふ

その上、枕代わりなのか畳一畳分ほどもある巨大なクッションまで、これまたふっかふか


しかも万一夜中に襲われて大慌てで荷物も持たずに逃げても一定距離を離れると指定した場所に転送されるという魔法処置済み…


なんというチート!!


忘れ物を気にしなくなったらまずい、地球では絶対そんなことできないのに

いくら日本が落し物や忘れ物が高確率で戻ってくる国でも、これは慣れたらかなりまずい!


まずいーまずいよー

こうして人類は堕落していくのか、あな恐ろしや!!


ひぃぃ、と もっふもふの毛皮の上でごろんごろんごろんごろん

うぅ、相変わらずなんて気持ちのいい感触、すばらしい

軽くタオルドライしただけの髪をちゃんと乾かさなきゃと思ってるのに毛皮から離れられないっ


世界は誘惑に満ち溢れているんだね

なんてすばら、いや、きもちい…じゃなくて恐ろしい!



「あぁ~もっふもふ、ふっかふか」






……は?!


え?、あれ?、あたし何時の間に寝てた?!


うぅぅ、きっとこの毛皮の魔力のせいだ、恐るべし魅惑の毛皮っ


と、とりあえずお手洗いに行って来よう、うん


もはや疑問を感じなくなりつつある、すぐ隣で寝ているユンを起こさないように

そーっと毛布とその上に伸びている彼のしっぽから抜け出す


用を済ませて手を洗っていて気がついた



「あれ? あたし髪乾かしたっけ??」



大雑把に水気を拭き取っただけのはずの髪はしっかりと乾いていた

そんな、…まさか夢遊病?


…でも、こんな夢遊病なら大丈夫だよね、害も無いし、うん

頭で覚えるというよりも身体で覚えるってやつかも

いつもは紅茶に砂糖二杯入れるんだけど、ダイエットの為に一杯にしようと思ってたのにいつもの調子で二杯入れちゃった、みたいな


なんて考えながらテントに戻るけど、そこで動作が止まる


うーん、どうしよう、毛布一枚だけしかないのに…


いつも寝たら朝まで爆睡コースだから、ユンが寝ているところへ隣に入っていくことって無かったし…


毛布二枚用意しようって言っても"わたしたちなら一枚でも充分ですよ"って、全然充分じゃないよ



とりあえず、どうしたらいいのか分からないから正座待機してみる…



…まぁ正座したところで何かが改善されるわけじゃないけど

うーむ、しかし良い毛並み…

じっーと見つめる先には、さっきまであたしのお腹にタオルケットのごとく掛けられていたと見られるユンのしっぽがある

流石に寝てる時は尻尾振ってないんだよね、それにしてもシャンプーやコンディショナーのCMに出てきそうなツヤツヤふわふわ感


普段からあばにす形態の彼に抱えてもらって移動してるから、あの形態時のビロードっぽい手触りは慣れてきたんだけど

やっぱり初対面の時の狼の姿を思い出せば、長毛のしっぽ部分の手触りは恐らく…



…さ、さ・わ・り・た・い!



耳も触ってみたいけど、そっちは頭部だし触ったら目が覚めちゃうかも…

しっぽなら…うーん、そーっと触るくらいなら…

ああでも、さわり心地も気になるけど…付け根も気になる!

あたしみたいに後付けのじゃなくって、ほんとに生えてるんだよね…?


ずっと気になってたけど、まさか本人に触らせてほしいとか面と向かってそんなこと言えないし

いま…いまがチャンスだよね…?


毛先だけ掠めるように触れば起こさないで済むはず


そーっと…


そー……っと



ふわ



ひゃああ、ふわっふわ、なんて気持ち良いてざわ、



すりり



……え?



なにこのほっぺたを包むようなそれでいて撫でるみたいなあったかい感触は…え?ぇえ??



「鈍い男で申し訳ありません、都子さん」


「はい?」



ぎしり、と固まったまま

目だけ、つつーっと声の方へ向けてみると、ユンが…




 -わ…わぁ、お、起こしちゃった? ご、ごめんね?


 -いいえ、わたしこそ都子さんを焦らせてしまって申し訳ありませんでした


 -じ、じら? あの…なんでうっとりしてるの?


 -感動に打ち震えているからですよ


 -どうして色気が増してるの? というか壊れた蛇口のようにだだ漏れなの??


 -どういった意味か分かりませんが貴女が誘惑されて下さるのでしたら良いことですね


 -さっきからすりすりあたしのほっぺたを撫でてるのはなんで?


 -貴女のことが愛しいからですよ




あれ?


あの、


えーと…




こ、ここはだれ?


あたしはどこ?

次回も四日後の同じ時間です


都子…好奇心は猫をも殺すって言うよ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ