04
ひとしきり鏡を眺めた後、女同士でもトイレの長居はそれなりに恥ずかしいのに今はユンが一緒だったことを思い出し、後で手鏡も買わなきゃ、と頭の中の買い物リストに付け加え
その後、手洗い場の傍の棚に補充用っぽい葉っぱを発見し、踏み台を使って取った葉っぱをさっき使った個室に補充してから手を洗って、服屋さんで沢山買ったおまけに貰ったスカーフ…サイズのハンカチで手を拭き
紐を手に巻きなおして外に出ると……
「おまたせユン」
「いいえ、大して待ってはいませんよ、気にしないで下さい」
「うん、でもごめ……ひぃっ?!」
もっ、も、も、モザイク?!
漫画とか、監視カメラの映像で変態行為を働いている人にモザイクが掛かったみたいな、えー、ど、な、何事?!
思わずユンの背後に回り込んで防御の体勢に入る……
いや、怖いっ怖いなにこのひと、ひ、ひぃっ
『おい何か妙な反応してんぞこの嬢ちゃんっ
お前何かしたのっ?!』
「"特に変わったことは何も? 貴方の事が怖いんじゃないですか? 不審人物ですし"
都子さん、この性犯罪者は放っておいて、買い物の続きに戻りましょう」
「せ?! え、い、いいのそんな危険人物ほっといてっ」
だから顔にモザイク掛かってるの?!
何て言ってるのか分かんないけど声の調子は疑問系?
でもなんか叫ぶ感じなのがこわいっ!!
「大丈夫です、この通り彼は一目で判断できますから」
「そ、そうか皆にこの人は危険ですよって警告を兼ねてるんだね…!」
『お前何かしたんだろっ?! なぁそうなんだろ!!
何したんだこのやろう!!!』
じゃ、じゃあ大丈夫?
それなら行こうっさっさと行こうっすぐ行こうっ!!
何か怒鳴りだしたからっ! 怖いから!!
ひぃひぃ言ってるあたしをひょいと抱き上げると、ユンは闘技場を後にした
「"では、わたし達は退席させていただきます"
都子さん、消耗品の類も買いに行きましょうか」
「う、うん!」
『あ、おい待てこら!
何かしたなら元に戻してけこらぁ!!』
何か言ってるけど聞こえない分からないっ
世間話はいいから早くこの場を離脱しようよ!!
変質者から遠ざかり、買い物という日常で大分落ち着いたのも束の間……
「え?」
「すみません、闘技会でこの街の宿は満室のようです」
「だから……一人部屋?」
「はい、二人部屋は空いていなかったので」
「えー…と……寝袋とか」
「ありません」
「えっと…えっと……」
「でも、部屋自体は良い部屋なので風呂がついていますよ」
お風呂!!
お風呂には入りたい! 今日買ったシャンプー(もどき)を使いたい! 石鹸で身体を洗いたい!!
「因みに、他にお風呂に入る手立ては……」
「公共浴場ですね」
「こ、こうきょう……」
思わず想像する
ふっさふさの毛並みの美しい長毛種のわんちゃんや猫ちゃんが……
ビフォーアフター……うっそこんなにスリムだったのぉおおおおおっ?!
うちのぷりんは長毛種だけど、もこもこなタイプじゃないからそうでもなかったけど
友達の長毛種の猫を洗うのを手伝った時は、あまりの変貌ぶりにお腹が痛くなるまで笑い転げ
足が攣るならぬお腹が攣るなんていう苦渋の初めてを味わった苦い気持ちが甦る
ふわっふわだったのに……
ぺしょ…となって、なんていうか、凄く憐れを誘うような…おかしくてお腹がよじれるような……!
……むり!
むりだよ、とてもじゃないけど公共浴場なんて……!!
そんな失礼なことしたら、一体どうなることやら!
ぶるっと身震いしたあたしは、しかし問題はそんなことじゃないことをユンに気付かされた
「義肢をつけたまま髪を洗ったりはできませんし、
どちらにしても選択肢は一つしかありませんが」
「!!」
がーん。
…い、言われてみれば…そりゃそうだよね……
「寝台の問題は取りあえず荷物の整理をしてから考えましょう」
「はぅ?!」
ひぃっすっかり思考が逸れてたけどそれが一番の問題!!
今更気付いたところでというか、最初から他に空室はないわけで
当然、選択の余地などあるはずもなく……
あたしたちが借りた部屋は、流石にこっちの人向けで一人部屋なのに広いこと広いこと
もちろん一人部屋なだけあってベッドもテーブルも椅子も一つずつ
壁も床も板はなくて土や岩が抉ったようにむき出しのまま、だけど表面は平らに均してある
これで良い部屋だっていうんだから、安い部屋は洞穴みたいに掘ったそのままの状態なのかな
ベッド横の窓の向こうにはドドドという轟音とともに大量の水が流れ落ちてる……
お昼を食べた時の闘技場の滝だよね多分……
気をつけないと、風邪ひくかも
「入浴はこの浴槽でできます、
水は壁のこの部分を押せば浴槽に注がれるので丁度良い水位になったら止めて下さい
ここに置いてある魔具を浴槽に嵌めれば分離していた紋様が成立して湯を沸かします」
部屋の一部に囲うように設けられた壁の向こうは水周りになっていて、お風呂の沸かし方をユンに教えてもらう……
お水はトイレの時と同じなんだね、彼がマグ?とかいう石版を石でできた浴槽の淵にあるちょうどぴったりの溝に嵌めると底の方からこぽりと気泡が上がり、加熱を始めたみたいだった
浴槽にもしっかり階段がついてたけど、見なかったふり見なかったふり
「好みの温度になったら魔具を外して下さい、排水はここを押して下さい」
「う、うん、分かった、ありがとう」
お風呂どころかほんとは夕食にも早い時間帯だったんだけど、彼が気を使って用事があると部屋を空けてくれた間に入浴した
ユンに教えてもらいながら買った粉石鹸で まずは全身をくまなく丁寧に洗い、手桶(という名のビール大ジョッキ、軽量化済み)で浴槽の温められたお湯を掬って泡を流していく
流石にオススメなだけあって、肌の滑りがすごくいいし髪も全然絡まない
でも、後であたしに合った石鹸を作ってくれるって言ってたなぁ…石鹸も作れるなんて、なんて凄い万能型……
とか考えつつ二回目を洗い始める、水浴びしかしてなかったから しっかり洗っておかないとね!
「日本みたいに洗い場があってよかった……」
とは言っても、徹底的に洗ったせいで浴槽に溜まっていたはずのお湯はもう殆どない
あたしは水を追加して温めつつ、浴槽に浸かって胸の辺りまでお湯が溜まるのをじっくりと待った
「ぅあー…おふろさいこぉー…きもちぃー…あったまるぅー…うぅー……」
小川で身体を洗っていた時と比べて、この雲泥の差!
文明って素晴らしい!!
久しぶりのお風呂をたっぷり堪能して、のぼせそうになってふらふらというか、ふやけ過ぎてしわしわというか
いい加減長湯も危険なのでお風呂から上がり、さっと身体を拭いて手縫いの下着をごそごそとしたところで、新品の下着を発見……
「う、うひぃいいいい!!!」
バレてた!バレてたよ!!
買い物に慣れてきたら一人でこっそりと買おうと思ってたのに……っ
そ、そうだよね、バスタオル(多分本当はスポーツタオル的な…)とかパジャマとかそういうものを買えば下着もだろうなって誰でも想像つくよね
きっとお店の人がオマケしてくれたんだよね、だって……
「……サイズぴったり」
流石オーダーメイド、素晴らしいフィット感!!
なるほど、これがお金持ちの特権なんだね、これなら既製品じゃ満足できなくなるわ、うん
…このままセレブ(仮)生活で金銭感覚がマヒしちゃったらあたしヤバくない?
服…は、もう買ったから大事に着ていれば長持ちするよね、きっと
うん、転ばない、引き摺らない、洗濯の時は力任せにごしごしせずに優しく丁寧に洗う!
下着の方はこっちへ来てからの食生活でちょっとサイズ変わっちゃったけど、この下着けっこう伸縮性があるから元の体型に戻っても大丈夫……かな、うん
ご飯…はユンと一緒だから自分だけなら兎も角、安いのにしようとか言えないし……
あ!山菜とか採って自炊すれば安くあがるよね!キャンプで使うような小さなお鍋とか買おう!
それで自分の分を自分で作れば食費はOK!
保存の魔法があるって言ってたもんね、それで大量生産してちょっとずつ食べよう、うん
早く食べなきゃ痛む、とか気にする心配がなければ毎食十日間同じメニューでも耐えられるよ!……たぶん
あんまりお金のことを言うのもアレだし、外食は健康によくない、とか言えば体裁は整うよね
…それから宿泊費!! 一番安い部屋にしよう!
あ…で、でも毎日泊まるんだよね、そんなに連日泊まれない……
だからって毎日お金を稼ぐ為に山菜採りとかしてユンを足止めするわけにもいかないよね、ユンはユンで用事があるんだろうし……
そ…倉庫とか物置とか軒下とか…泊まらせてもらえないかな……
あ、でも軒下は営業妨害?
なんて、とりとめもなく考えながら、洗いすぎた肌や髪に擦り込むように乳液を馴染ませていると、ノックとともにユンが声を掛けてきた
どうぞ、と声を掛けると、ドアを開けつつ身を滑り込ませるように入ってきた彼は途中でぴたりと動きを止め、少しの間の後ぶるぶると突然頭を振った
「ど、どうしたのっ」
「いえ、洗髪料とクリームの匂いが……」
「きつかったの? 鼻が利くからかな?
今窓開けるから、ごめんね、極力匂いのしないの選んだつもりだったんだけど」
そ、そっか、いぬ……じゃなくて狼だもんね!
そりゃ匂い系には敏感に反応しちゃうよね、うん、ごめんごめんっ
「大丈夫です、その……、普段嗅がない香りなので戸惑っただけです」
「そう?」
「ええ、女性は身体を冷やしてはいけません
少し早いですが夕食にしましょうか、今日は長距離移動しましたし疲れたでしょう」
「うん、あ、じゃあえっと…椅子が足りないよね、ユン先に食べて」
「少し行儀が悪いですが、ベッドに座って一緒に食べましょう」
一人で食べるのは味気ないし、みんなで食べた方が美味しいよね、ユンは素晴らしく気遣いの行き届いた人だなぁ、うん
彼の厚意に甘えさせてもらって、二人並んでベッドに座り
座布団を三角折りにしたような巨大ホットサンドの端っこを貰って黙々と食べる……
うぅ…厚みがあり過ぎて食べづらい……
ぐ、具がこぼれそう……っ
「そういえば、ご家族を探すにあたって、特徴など教えてほしいのですが」
「特徴なら、えっと、ちょっと待ってね」
ぶつけて壊さないように布で厚めに包んでエコバッグの真ん中あたりに……
「電源は落としてあったから電池はまだたっぷり残ってるはず……
えーっと……あった、これ」
久々に電源を入れた携帯のバッテリーメモリはちゃんと三つついていて安心した
ダメ元で一度電話を掛けたくらいですぐOFFにしといたからまだ持つはずだよね
うっかり削除防止にロックを掛けたフォルダの中から、取り敢えず無難なところで小さいけど家族全員が写る写真をユンに見せた
「術…いえ、違いますね……
初めて見ます 驚きました…とても精密な絵…いえ、映像……ですか」
不思議そうに携帯を覗き込むユンの姿に、こっちには写真もデジタル機器もないんだな、と理解してしまった
箸を使って食べたり、向こう風の食べ物があったり、でも携帯はないし、テレビも車もない
少し気が沈みそうになったけど、いいことも分かった
こんな風に、あたしでも食べられる物があるんだから、こっちの世界の食べ物は食べられなくて家族が飢えに苦しむ……なんてことはない筈だもん
「一人ずつ写ってるのはこっちね
これがお父さん、これがお母さん、こっちはおばあちゃん」
「…貴女はお母様に似ていますね」
「うん、よく言われるんだ
でも叔母さんの方が双子かと思うくらいお母さんに似てるよ
それでね、これが愛犬のぷりん」
「ふふふ、かわいいですね」
「ユンもそう思う?
ねー、可愛いよね、でもこれでも凄くお婆ちゃんなんだよ?
だけどぷりんの可愛さは子犬にも負けないよ」
「ええ、かわいいものです」
やっぱりイヌ科だから犬に好意的なのかな、でもぷりんは家族以外はオス犬も男の人も大嫌いだったからユンとは仲良くできないかも……
幼稚園で男の子と遊んで帰ってきた時は、匂いがついてたみたいで凄く怒ってたし、お友達を家に呼んだ時はあんな小さいのに鬼か悪魔みたいな形相で吠えて、みんなお漏らししちゃったんだよね……
当然、男友達も彼氏も出来なかった……
嫁き遅れどころか嫁かず後家になったらどうしよう……!!
あ、うん、今はそんな心配してる場合じゃないよね、まずは家族を見つけて、見つかったら一緒に帰るのが最重要目的だもんね!
「あ、それからね、お願いがあるんだけど」
「何ですか? 何でも仰ってください」
いや、近いよ…近い近い……
運んでもらってる時とかならまだしも、もうちょっとパーソナル・スペースとか…ねぇ……
お願いと言った瞬間に、上半身ごとこっちに素早く向き直って、ずいっと縮めてきた距離にびくっとなりつつも欲しいものを言ってみる……
「あのね、お鍋とかフライパンとか欲しいの、あ、小さいのがね
できれば明日にでも売ってるお店に連れて行って欲しいんだけど……」
「鍋……ですか?」
「うん、あの…やっぱり外食ばっかりっていうのは身体によくないと思うの
だからね、自分で作ろうと思って…」
うん、まぁ、身体によくないというか、お財布によろしくないというか
主に金銭的な問題だけれども、素直にお金と言えないこの物悲しさ…
か、身体にも良くないもんね! 外食オンリーっていうのは、ね!! ね!!!
「都子さんが手料理を振舞って下さるのですか!」
「えっ、う、うんっ……え?」
て、手料理?
そりゃ自炊だから手料理と言えなくはないけど、ふるまうって…え、ふるまう?
ふるまうって何だっけ…ふるまう…ふるまう…あ、あー、思い出した思い出した
おもてなしする時の表現ね! ああ、なるほどなるほど……あれ?
「都子さんの手には市販の調理器具の取っ手は大きいでしょうからわたしが造りますね
明日は食材と香辛料や調味料の買出しに行きましょう」
「は、え、あ、う、うん、あ、ありが……え?」
わーすごい、お箸だけじゃなく調理器具も造れるんだー…いや、そこじゃなくて
なんかいま、すごく気になる一言があったような…あれ?……あれ??
何か流しちゃいけないわりと重要な一言が……
「長時間の移動や買い物で動き回りましたから疲れたでしょう
今日はもう休んだ方がいいですね」
「あ、う、うん、そうだね」
言われてみればジェットコースターみたいな速度で移動するユンから振り落とされないように全身が超緊張状態でしがみ付いてたし、生活費どうしようとか考えっぱなしで肉体的にも精神的にもだいぶ疲れがきてる…
携帯の電源をOFFにして元のように布で包み、携帯を引っ張り出したことで中身がごちゃごちゃになってしまったエコバッグを整理するため中のものを少し取り出して収まりのいいように入れなおしていると、その中にユンの興味を惹くものがあったのか、見せてもらっても?、と聞いてきた
「いいよ、どうぞ」
「何の書籍でしょうか…"かんたん…とき…みじか…れしぴしゅう……?"」
「そこは"じたん"って読むんだよ
料理の手順をアレンジすることで料理に掛かる時間を短縮しましょうってこと
この本も料理の本ね」
「料理の本でしたか、ではこちらは?」
「服のアレンジの本だね、古着に手を加えて今風にするの
こっちの小さいのは恋愛小説いちにい…えーと七冊ね、それから推理小説
これとこれ、あとこれは旅行ガイドブック」
「拝見しても?」
「うん、どうぞ」
彼はざっと軽く眼を通すと、一晩お借りしても?と丁寧に聞いてきた
「一晩で大丈夫? 結構あるけど」
「ええ、でも貸していただけるのならじっくり考察したいので暫くお借りしますね」
見た目通りインテリなのか、ユンはさっそく本を広げ、知らない単語や地名、ガイドブックに出てくる名詞を手当たり次第に聞いてくる
あの…今日はもう休むんじゃなかったっけ……??
そう言えば、休むっていってもベッド一つしかないよね、あれ、ど、どうし、え?
ドイツ? 国の名前だよ、そうじゃなくてベッドがイギリス?
イギリスとこっちのフランスも国の名前だよ
いや、そうじゃなくて、モーテル?モーテルは海外で一般的な宿泊施設のことで日本でだと何でだかラブホごほんごほん!!
あ、日本も国の名前だよ、あたしの母国、え?、さっき言い掛けたこと?
い、言い掛けたことなんてあったかな?、あ、旅行ガイドブックだけじゃなくてこっちも面白いよ!
推理小説とか! 恋愛小説とか!!
うぅ…ねむ…え?…CEO? CEOは最高経営責任者って意味ね、こっちのCOOは最高執行責任者で、CEOが決定したことを実践していくための責任者のことを指すんだよ
え?キャサリンが酷い?? あぁうん、そうだね、彼女は酷いよね…
部屋の状況を冷静に観察すればすぐ嘘だって分かるのに?
あぁー…うん、きっと気が動転してたんだと……
はい…はい…すみませんげんかいです…れぽーとならかならずこんしゅうまつには…ぅぅ……
……。
!!、あ、あれ?!
何時の間に朝に!!、え、あたし寝てた?!
いやいやいや、年頃の娘としてどうなのあたしっ
いや、そりゃああたしの顔は十人並みっていうのもあるけど
はい、うん、すみません、ほんっとすみませーん!!
自惚れてました、ごめん、ほんとごめん、そりゃこっちのひとに照らし合わせて言うなれば、ロリコン趣味かっていう、ね!
別にソレはいいんだけど……全然問題ないんだけどっ
心にほのかな疵を負ったとか、そういうのはどうでもいいんだけど!
「都子さん、行きましょう」
「う、うん」
手をとって、甲にちゅっとされる
それからその流れでほっぺたにも……
これも多分…あのぅ……
「しょ…小説、面白かった?」
フラットとは何ですか、とか凱旋門だとか、モーテルだとか
ボストン、ワシントン、ロンドン…トントンドンって、げふんげふんっ
ぷりんが心配で海外旅行なんか行ったことないから説明が難しい……っ
うとうとしてくるまで何度も質問されたもん
随分熱心に読んでたよね……
朝は朝でおはようございますスイーティって
ほっぺにちゅうされた時には理解できなくて硬直したけど毒されたのなら仕方ない……
恋愛小説に毒されるなんて純粋なんだなぁ……
「はい、でも酷いです」
「え?」
「アレックスです、ナタリーは違うと何度も言ったのに、聞く耳も持たずに追い出すなんてっ
ニックの場合は見当違いの復讐まで果たしておいて今更よりを戻したいだなどと……っ」
「あー…う、うん、誤解だったとはいえ……酷いよね?」
サバイバル生活で娯楽も無かったし、あたしも読んだよ……
奥様がたが喜びそうな山あり谷ありの大体どれも似たようなストーリーだったね、うん
「わたしは絶対にそんなことはしません」
「う、うん?」
手をぎゅっと握って宣言された、…なんだか固そうな決意だけど、どうしたの?
そりゃあヒーローが真実を知った時には時既に遅くヒロインに見捨てられたシーンとかは
いっそ憐れなくらいだったけど……
うーん、ユンも顔がいいし、お金も持ってそうだから他人事とは思えなかったのかな?
まぁ(どうでも)いいや
それよりも問題なのは、その日以降この町を出るまで連日に渡って、あれも必要ですね これも買いましょうとあちこち連れ回され
手ぶらの上に抱えてもらって全然体力を消費してない筈なのに、この疲労感
移動中だけでも休もうとぐったりしていると体力を回復する間も無く次のお店に着いて
そこであれこれ選んで、宿に戻る頃には体力を使い果たしてご飯とお風呂だけで限界に到達して夜は早い時間からすぐ寝ちゃう
眼が覚めると彼は夜なべしたのか、あたしの手に合う日用品とか作ってくれてたりして、ありがたいやら申し訳ないやら
もう一つ部屋を取りたいのに、言い出せるほどの気力も体力も残ってなくて、ずるずると同じ部屋同じベッドで寝ちゃって、もう今更感が凄いけど、どうにかしたい……
だっていくら彼が物凄い紳士であたしが箸にも棒にも引っ掛からない女だとしてもこれは良くないでしょうと思うわけですよほんとにもう!
…ほんと今更だけどね、言いたいのに言えない
ってゆうか、言い出したらそれはそれで失礼のような……
そうだよね、そんな無用の心配いらないよね、どんだけ自意識過剰なのかっていう……ね?
でも一応女としては気になるわけで、あぅぅ……
言わなきゃ言わなきゃと思いながらも
結局言い出すことができないまま、あたしたちはいよいよ出発する
取り敢えずの目標は、まず大前提として家族を見つけ出すこと
それから人通りの多い街中でも自分ですいすいと人を避けて歩けるようになることと、自分の分の部屋をとること
できれば街から街への移動も全部自分の足でしたいけど、あの速さで走る彼には足枷以外のなにものでもないもんね、頑張って鍛えてもユンに走ってついてくのは恐らく……っていうか絶対に無理
それからえっと…家族が見つかったら、ユンやお世話になった人たちに できる限りのお礼をして、家族みんなで地球に帰る方法を探す
例え先に帰る方法が見つかっても、家族が見つかるまでは絶対帰らない、うん!
などと心の中では気合を入れて決意を新たにしつつも
傍から見ると、ちみっこがお兄ちゃんに抱っこされて得意気な顔をしているようにしか見えないんだろうなー、なんて
ふ、と冷静になってへこむあたしであった、まる
2013/08/29 誤字修正しました、ありがとうございました!
これで今回の更新は全部です、また次回更新までに時間が掛かるかと思いますが、年単位で間が空いても書いてることは間違いないので菩薩のような御心で待っていただけると有難いです
お待たせしました!