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03

お店の奥から続く薄暗い通路を通っていると

なんだかドドドとかいう音や、獣の雄叫びのような音が聞こえてくる



『『『オォォォオオオオオオオッッ!!』』』


「ひゃっ?!」


「あぁ盛況ですね、普段は修練や教育に使われているはずですが……

 このあたりは今日が月一の闘技会なんですね」


『やれエンディエンダー!!』


『てめっもたもたしてんじゃねーよオラァ!』


「と、とうぎかい?」


「都子さんの住んでいたところではありませんでしたか?」


「う、うん、なかった、です」


「そうでしたか、闘技会は月に一度4~5日掛けて

 少し大きな街ならばどこでも開催されています

 闘技場自体は大小の差はあれど、どこにでもありますが

 闘技会は人が集まるのでそれなりの大きな闘技場が必要ですから」



えー…と、それで……闘技会ってつまり?



「草食種は兎も角として肉食種はこういう機会を設けないと鬱積が溜まりますからね」



あ、あー、なるほど

破壊衝動とか捕食行動的な、あー、うん、はい、理解しました



「ぅわ、眩しっ!」



薄暗い通路から明るい場所に出たせいか目がっ

それに物凄い歓声っていうか獣の雄叫びがあっちこっちからっ!



『オラァァアアアアア!!!』


『やれぇ! 圧し折っちまえぇえええ!!』



ひ、ひぃ、目が慣れて周囲の様子が音だけじゃなく映像でも分かるようになってくると

あっちこっちで上がる罵声っぽいのもそうだけど、ユンの言うところの肉食っぽい人たちがなんか怖いぃぃッ!



「ユ、ユンも?」



肉食ってたぶんユンも……だよね?

お、お、狼だもん、ユ、ユンもこんな怖いことするの?!



「わたしも…とは闘技会のことですか?」


「う、うん、そう、あの、ひゃぁう!」



ぎゃああ、とか叫び声が聞こえて思わずユンの首にしがみ…いや、絞めてる?!

ごご、ごめんっ



「ごめんあの!、…く、苦しかった?」


「…いいえ、大丈夫ですよ

 そうですね…わたしは確かに肉食種ではありますがルルヴィスですし、

 元々ルルヴィスは全体的にそういった衝動が弱いようですが、

 特に我が家、レヴァルヴムの者はそういった衝動は殆どないようです

 だから我が家の者は魔導に向いているのでしょう」


「んー…えっと、学者肌ってこと?」


「ええ」



答えつつも彼はぐるりと辺りを見回す、多分、空いてる席を探してるんだよね?

でも満席じゃないのかなぁ……


彼に倣うように辺りを見回すと、ここがどういう場所なのか分かる

ここは、…この、闘技場って場所は、大きな滝の前……


ドドドという音は、大量の水が流れ落ちる音

滝を前にして向こう側とこっち側の間に、ぶら下がるような籠状の……


滝を挟んで向こうとこっちは崖になっていて、向こう側の崖の所々に窓のような穴が空いている

装飾をあしらった出窓やテラス、バルコニーのような部分もあった

多分、こっち側もそうなってるんだよね


滝から降り掛かる水飛沫対策なのか、足元は細かくでこぼこになっている


これなら足も滑り難いよね



「ああ、あそこが空いていますね」


「え? でも人が座ってるよ……」



ユンが視線で指す方向を見るけど、やっぱり席は満席だった

そりゃ確かにテーブルの上の食器は空で、食べ終わってはいるみたいだけど……あれ?


獣人さんたちの毛皮がぶわっと、こう、人間でいうと鳥肌が立ったみたいな、え?


ガターン!と椅子にぶつかりつつも獣人さんたちは転びそうになりながら、さっき闘技場の真ん中で聞こえてきた叫び声よりも凄まじく断末魔のように叫んで転げるように立ち去っていった……あれ?



「あ、えー…と? 食器…置いてっちゃったけど……」


「大丈夫ですよ、あの食器はわたし達が入った店の二軒隣のものですから

 あの店は客層が悪いので値段は食器の回収代込み、場合によっては食器代込みです」


「え、あ、へ、へぇー……」



他にも疑問はあったのに、ってゆうか物凄く気になることが一つあったのに結局あたしの口から出たのは、食器のことだった

だって、なんか、こう、追求したらいけないような…ねぇ……


ユンは椅子の一つに荷物を置くと、テーブルの上に置き去りにされた食器を端に寄せ

置いてあった布巾でざっとテーブルの上を拭いてからあたしたちのご飯を広げた


それから、空いた椅子の背もたれの一部をガコンと倒して棚のような状態にしてあたしをそこに座らせてくれた

ほら、新幹線とか飛行機とか、前の席の背もたれに折りたたみ式の台とかあるけど、あんな感じの……


…子供用の配慮がされてるってことなんだね…大人と子供兼用なんだ…ふふ…素晴らしいね…うぅ……



「都子さんには硬かったようですね、この位の厚みなら食べ易い筈です」


「あ、ありがとうユン、いただきます」


「はい、わたしもいただきますね」



隣の席に腰を落ち着けた彼は、あたしのお皿のお肉を綺麗に薄くスライスしてくれた……

あの…なんかしゃぶしゃぶみたい……


やっぱり魔法のお陰なのか、ご飯はほかほかのままで、オススメなだけあってすっごく美味しい!

味付けも定食屋さん風で、日本のご飯そのまま!



「凄く美味しい! ユン、ありがとうっ」


「いいえ、都子さんに喜んでいただけで良かったです」



うぅぅ、美味しい……!

ご飯大好き、米最高です! 日本人万歳!!


塩気も極上です!


もうね、ちょっとしかないお煎餅を、塩気が足りなくて大分ヤバイという段階になってちょっとずつ齧るとか凄く哀しかった……!

しかも、密閉容器がないから湿気ちゃって湿気ちゃって……


でもこれ、多分 暫く塩気の乏しい生活してたから丁度よく感じるんであって

多分、普通の味覚のときに食べたら物足りないんだよね……


お店のカウンターに調味料っぽいのが置かれたトレイがあったから

多分あれで好みに調整すればいいのかな?

こういうテイクアウトの場合は自分で用意しないとだよね……


なんて食べてるうちに……



「都子さん? もう食べないのですか?」


「ん、あの、もうお腹いっぱいで…ごめんね折角のオススメなのに」



もう自分は食べ終わったのか、ユンが心配そうに聞いてくる、いや、お腹壊したとかじゃないよっ

…半分以上というか、全体量を考えると殆ど残してると言っても過言じゃないんだけど

これでも大分頑張ったというか……タ、タッパーとかないかな、ほんと!!



「あの、これお持ち帰りできるような入れ物ないかな?」


「お持ち帰り…ですか?」


「うん、勿体無いから、今夜の晩御飯と明日の朝ご飯になるかなって」



多分、あと二回じゃ食べきれないだろうから、明日のお昼ご飯にもなると思うんだけど

ど…どのくらい日持ちするのかな、ユンに魔法掛けてもらったらもっと長持ちする?

そういう便利な魔法とかあるかな……



「そうですねぇ…保存に適した魔術もありますが、やはり出来立てが美味しいですよ

 よければ、それはわたしが全部食べてしまいますが」


「えっ、そんなに食べてお腹大丈夫?」



ただでさえユンの方は消化に良さそうなチョイスをしてたのに、あたしのはがっつりお肉なんだけど……

いや、お味噌汁とサラダもあるから栄養バランスは良さそうだけども



「大丈夫です、多く食べても特に差はありません

 それにわたしは悪食ですから胃袋もそれに見合って丈夫です」


「あくじき……?」



えーっと…ゲテモノ食いってこと?



「はい、ですからお気になさらず

 食事は次から一人分頼んで二人で分けましょう

 その方が都子さんに丁度いい量を食べられます」


「え、でもユンの分が減っちゃうから、悪いし」


「悪いことなどありません、量もこのままでも構いませんが

 少ないと感じたなら一品増やせば済むことですから、遠慮しないで下さい」



うーん、確かにありがたい提案なんだけど……

確かに勿体無いし、毎回食べてもらうのも申し訳ないし……

いや、だから保存の魔法とかいうのでね…でも、確かに連続して同じメニューはだんだん辛くなるんだけど、うぅー……っ



「じゃ、じゃあメニューは順番に選んで、割り勘かもしくは交代で支払いね!」


「わりかん…とは?」


「え?、あ、えー…多分、お勘定を…割る…?」


「ああ、折半するんですね」


「う、うん、そう…え…せっぱん……?」



え…えーと……


大学の飲み会は会費だったから割り勘とかしたことないけど、恐らく……

いやでも、つまり割り勘って合計金額を人数で割る……んだよね?

例えば十分の一しか食べなくても半額を払う…の……?


食べた分の割合で払うってどういう表現を使ったらいいの?


え、えー…あー…うぅー……



「あの、やっぱり自分の分は別に……」


「十回に一回程度都子さんにお勘定をお任せするのではどうでしょう?」


「えっ?」



気にしているのは、そういうことですよね?と尋ねられる

ま、まぁそう…なんだけど…も……



「では、今回はもう都子さんは支払っているので、一回先送りで六日後の昼食ですね」


「え、う、うん」



あれ?払ったっけ??と一瞬思ったのに、断言されてしまうとその記憶もなんだか危うい

でも、注文して、昼食セットを受け取って…えーと……


ガタン



「うわっ?!」



何もないところから突然大量のご飯が現れて、あたしは思わず声をあげた

このテーブルにはあたし達の他に誰もいないのに、ご飯だけが突然現れたから、こ、こわい



『煩いですね、他人の幸せに水を差さないで下さい

 今幸せなんです、邪魔をするなら斬り落としますよ』


「え、な、なに? 何て言ったの??」



ユンが何か言ったみたいなんだけど、水音が凄くて全然聞き取れない



「精霊がちょっかいを出してきたんですよ

 害はありませんから気にすることはありません」


「う、うん?」



せ、せいれいって?

ファンタジーでお馴染みなアレ? え、えーと……

その空中で何かを掴んでいるようなポーズはなに?

その精霊っていうのがちょっかいを出してくるから防いでる……とか?



「え、えっと…あ、お、お手洗いに行ってこようと思うんだけど、場所知ってる?」



何だか分からないことは取りあえずスルー!

そろそろトイレに行きたくなるだろうし、事前に行っておいて損はないから、うん、現実逃避先がトイレっていうのもアレだけど……

そ、それに、こっちのトイレって使ったこと無いから、ギリギリになってから慌ててトイレに入って使い方も分からず最悪の事態になるなんてことは避けたいもん



「お手洗いなら、後ろにありますよ

 果物の印が女性用です」


「え、あ、こ、ここ? あ、じゃあ行って来るね、ごめんね食事中にっ」


「いいえ、気にしないで下さい」


「う、うん、じゃあちょっと席を外すね」



そそくさと、すぐ後ろにあったトイレスペースに入る為のドアを、縦長の取っ手の一番下の方を掴んでスライド式らしきそれを開けようとする……けど



「く、くぬっふっよっ!」



あ・か・な・い!!


うぅ、ス、スライド式っぽいのに……!

すぐ傍が滝だからレールが錆びてるとか??



「ああ、失念していました、そうですね…これを手に巻いて下さい

 後でちゃんとしたものを造りますから」


「え、う、うん」



彼の片手は相変わらず空中の何かを掴むようなポーズのまま、どこからか幅広の紐を取り出すと、それにどうやってか何かの模様…いやこっちの言葉?を書き

それをあたしに渡してくれた


言われた通りに手に巻いてからドアの取っ手を掴んでみると、ドアは抵抗なく開いてくれた

うわぁ凄い…これ便利だけど、必要な時以外は慣れないようにあまり使わないでおこう……

この便利さを覚えて日本に帰ったら苦労するよね、きっと



「じゃ、じゃあ」


「はい」



ぱたん、と後ろ手にドアを閉じ 中で更に二つあるドアの果物のマークのある方のドアに入る

男子トイレは爪痕のマークなんだ…熊の縄張りマークみたいで怖いな…うぅ……


中は想像以上に清潔だった…あー…動物っぽいから匂いに敏感なのかな?

設備は意外に地球風で、手洗い場のような所は、多分外の滝から水を引いてるんだと思う、水が流れるがままだもん

トイレが個室仕様なのも有難かった……

でも、…うーん、そうだよね、体格差があるもんね……

やっぱり鉄製の、洋式っぽいトイレがどーんと目の前に……



「あ、子供にも配慮してあるんだ…へぇー……」



若干複雑な気分になりながらも、踏み台を昇る

便器の正面には二段ほどの踏み台が固定されていた……

そして、便座部分はやっぱりそのまま座ったら哀しいことになりそうなくらい大きな口をぽっかり開けている



「なんだろうこの虚しさは……」



思わず独り言がぽんぽん出てしまうこともまた虚しさを誘う……

あたしは、さっきの椅子に備え付けてあったのと同じ様な構造のソレに手を掛けパタンと下げた

中蓋が二重式とはね…ふふ……


いや、穴の空いた蓋しか存在しない便器だけど……


子供用と思われる中蓋を使って無事任務を完了させ、傍にあった大き目の乾燥した葉っぱ?を手に取る

うわー…これで拭くの? 擦り切れて哀しいことになりそうなんだけど……っ!


なんとか柔らかくできないものか、と葉っぱを揉んでみると



「ぅわっ」



表面の皮?が裂けて中から肌理の細かい綿のようなものが出てくる

これで拭けと…な、なるほど……


想像以上に肌理が細かいというかこれは吸水性も抜群な……

月々のアレにも良さそう…どこで買ったらいいんだろう……

と、とりあえず何枚か貰っておこう、洗濯して使いまわせるかどうか実験しなきゃ


次の任務もなんとか完了し、あとはどうするの?と周りを見回すと壁に取っ手を発見

出っ張ったレンガに取っ手が付いてるみたいなそれをそっと触ると、ガコンと出っ張り部分ごと奥に取っ手が引っ込み

便器の中に水が流れ出す

察するに、押すことで水を塞き止めていた敷居のようなものが上がって水が流れ込むのかな?



「わっ、こうするんだ、え、ど、どうやって止めるのっ?!」



水が流れて感動したのは30秒くらいで、今度はどうやって止めようかとおろおろ挙動不審になるあたし

いや、ほんと、これ、どう、え、あ、うー



「あ! 押したんだから引くとか!!」



ぐっと取っ手を握って引っ張るとガコンとまた音がして水は止まってくれた…ふぅ…嫌な汗かいちゃった……

こんな時じゃなければ海外旅行で触れる異文化並にはしゃげただろうに、なんだろうこのどっと来る疲労感は……


やれやれと手を洗うついでに、さっきの葉っぱの綿が洗えるかどうか試してみる

分かり易いようにちょっと壁を拭いて汚れを付け、それを噴出してくる水に浸した途端



「あ」



綿は とろっと溶けて水の流れに乗り、そのまま視界から退場……

あー…そうなんだ…エコなんだ…なるほど、どうりでそのまま流してOKなわけだよね、うん

じゃあ洗って使い回しは無理、と

いや、寧ろ月々のアレには衛生的かな……うん


ついでに手洗い場のところに嵌め込んである鏡を覗き込む



「うーわー……」



地球に居た頃よりも色艶が良いんですけど……

この張りと瑞々しさ…しょ…食生活のお陰……かな?


水浴びしかできてないから、頭皮とか毛穴の汚れとか気になるところだけど

それを差し引いてもこの張りの良さ…うぅむ……


そりゃ基本的に無農薬だもんね、うん

余計なものは入ってないわ、身体に良いはずだよ、うんうん


歯もキレイ…恐るべし小枝、恐るべし先人の知恵……!

しかもなんか白いのもそうなんだけど、心なし光沢も増してるようなそうでないような……

あれま、歯茎もキレーなピンク色、腫れもなし、す、すばらしいっ


文明の利器がなくってもここまで健康的に過ごせるとは!!



「とは言っても、やっぱりシャンプーとコンディショナーと歯磨き粉は欲しいよね」



うん、それにいくら健康的でも、お肉も塩気のあるご飯も食べたいワケで……

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