3 秘密結社
「ようこそ、秘密結社へ!」
「いやいや、待って?!」
中村さんのご機嫌な言葉に待ったをかける。
エレベーターのドアにあった階段を降り、ついた先はザ・デジタルな空間だった。
さっきいた事務室が嘘のように、有能そうなコンピューターたちが設置されている。
「まあまあ、座って」
「嫌です!これ以上は騙されませんよ!」
秘密結社だと?
嘘も大概にしてほしい!
「う~ん、じゃあ正義の味方?」
「言い方の問題じゃない……!」
マイペースすぎる性格に、驚きを隠せない。
ただ、反抗していたはずが、あれよあれよという間にふかふかなソファーに座っていた。
恐るべし、中村さんの誘導……!
「さて、君も今日から秘密結社の一員です」
「なに勝手に話を進めてるんですか!?」
中村さんは、机の上に置かれている四角い板みたいな機械を指でノックした。
すると、3D状態で文字が書かれたスライドが現れた。
近代的過ぎる光景に、思わず口を閉じる。
「実は今、他のメンバーはある組織を追うのに忙しいんだ」
『鴉』という文字が映し出される。
「鴉っていう組織なんだけど、これが中々厄介でね」
「なるほどー」
すべてを諦め、私は説明を聞く。
「この組織だけならよかったんだけど、最近違う組織が台頭してきてね」
「それは大変ですねー」
秘密結社というのも、中々大変そうだ。
うんうん、是非とも彼らには頑張ってほしい。
やっても後方支援だと高を括っていた私は、次の瞬間地獄に落ちる。
「佐藤君には『白亜』という組織を追ってもらいたいんだ」
「むりむりむり」
本音が漏れに漏れまくる。
え?追うの?ほんまもんの組織を?
ペエペエの新人で、正社員でもない、素人の私が?
「大丈夫、オペレーターはつけるから」
「全然大丈夫じゃない!」
優しい顔をして、何を言っているんだこの人は。
ライオンの子育て方針か何かか!?
子どもを崖から突き落とす派なの!?
「ほら、これがオペレーターだよ」
そう言って渡されたのは、片耳のイヤホン。
とりあえずつけてみると、両目の前に様々な画像が現れた。
「いや、この構造で耳じゃないんかい!」
オペレーターと言われたから、てっきり言葉で指示してくる系かと思ったよ。
まさかの視覚でのオペレートだったよ。
なんでイヤホンの形状にしたの!?
「一般人に混じっても違和感がないよう、イヤホンの形になったんだ」
「なるほど……じゃない!」
理由が合理的で納得してしまったが、問題はそこじゃない。
「中村さんが一緒にいてくれるとかじゃないんですか!?ほんとに、こんなイヤホンみたいな機械ひとつで現場に突入させようとしてるんですか!?」
「ごめんね、今は『鴉』の対応に追われていて…………」
「正気ですか!?」
どうやら私の命運はここまでらしい。
来世では、もっとインターン調査をしっかりしたいと思う。
認めよう、私はインターンを舐めていた。
「無理です!私には出来ません!」
色々とキャパオーバーした私は、ソファーから勢いよく立ち上がる。
そして、階段がある場所へ走り———出そうとした。
「ああ、そうだ」
「…………?」
中村さんの声が聞こえてきた。
嫌な予感がして、思わず足を止める。
「この結社のことは国家機密だから、関係者以外で知ってると色々と困るんだよねぇ」
「…………」
前に出した足を戻し、ソファーへ座った。
足を組み、何事もなかったかのようにコーヒーを飲んでいる中村さんが恐すぎる。
「うん、それじゃあ『白亜』の事前情報を共有しようか」
「…………はい」
私は気づいてしまった。
この人は全然ジェントルマンなんかじゃない。
悪魔だ。
「さ、この資料を見て」
こうして始まった秘密結社での仕事は、困難を極めることになる。
「グルルルル……」
(ヤバいヤバいヤバい!!)
私は今、路地裏で息を潜めていた。
そして、見つかれば「死」という絶体絶命の状況にある。
(今回はただの偵察だって言ってたのに!!)
初めての調査が最悪なものとなり、この調査を命じた中村さんに呪詛を吐く。
諸悪の根源は、絶対にあの人だ………!
「グルァ!!」
「ひぃぃぃ!!」
とうとう見つかり、無我夢中で狭い路地裏を駆ける。
(なんでこんなことに……!)
こうなるには、約1時間の時を遡る必要がある。
まず私は、金曜日に出勤した。
なぜ金曜日なのかって?
………中村さんに、大学の授業を把握されていたからだ。
(なんで金曜が全休だって知ってたの!?)
恐怖に陥ったが、すぐに納得する。
この悪魔な中村さんが、こんなことすらできないわけがないのだ。
なんだかんだあって、私は金曜に出勤することになった。
そして、初出勤の日。
つまり、今日。
…………『白亜』という組織の偵察を命じられた。
びっくりはしない。
だって、現場に投入するってこの人言ってたもん。
で、偵察に来た廃工場で「敵」と遭遇してしまったわけだ。
(———なんて考えてる場合じゃない!)
回想も終わり、現実に引き戻される。
「グルルルル!」
現実が追いかけてきた。
マズい。
このままじゃ喰われる。
「はあっはぁっ」
目の前に映し出されている地図には、青い点と赤い点が示されている。
赤い点が凄まじい勢いで、青い点に向かっている。
ちなみに、青い点が私で赤い点が敵だ。
(終わってる……!!)
「グルルルアア!!」
「うッ……!!」
足がもつれて転んだ。
すぐそばで咆哮が聞こえる。
…………いい人生だった。
「―――んなわけあるかーー!!!」
ガシャーンッ!
「「!?」」
叫んだ瞬間、建物の窓が割れた。
突然の出来事に、両者の動きが止まる。
弾け飛んだガラス片が、地面に深々と突き刺さる。
「グルァ………!!」
苦し気な唸り声。
そちらに目を向けると、ガラス片が敵の体に深々と刺さっていた。
「!?」
そして、驚きで固まる。
傷の深さはもちろんだったが、何よりも敵の姿に驚愕した。
———人だったのだ。
姿をよく見ることができず、声しかわかっていなかったからだろう。
てっきり、犬のような猛獣に追われていると思っていたのだ。
それなのに、ガラス片が突き刺さっているのは白い実験体のような服を着た男性。
流れ出る血は、とても赤い。
「え…………え?」
「グルルルル…………」
彼の口から、聞き覚えのある唸り声がする。
視覚と聴覚の情報がバグりそうだ。
白い服が赤く染まっていく。
よく見ると、肉がえぐれているところもある。
「!!」
衝撃的な光景に、目を見開く。
そして、ズリズリと這いながら近づく。
「グルルルァ……!!」
威嚇してくるが、それどころじゃない。
「き…………」
「…………グルァ?」
様子のおかしい人間に、困惑の唸り声。
「きゅーきゅーしゃーーー!!!」
「グルァ?!」
路地裏に私の叫び声が響き渡る。
至近距離でその咆哮を受けた彼は、目を白黒させる。
しかし、それに構っているほどの余裕は私にはなかった。
「血が……血が……!」
「…………?」
動揺で手をワタワタする私。
その様子を不思議そうに見てくる男性。
手当てしようにも、ガラス片が刺さっていて手を出せない。
しかし、ガラス片を抜いて手当できるほどの度胸もない。
そんな葛藤が生んだのが、救急車を(口頭で)呼ぶということだった。
「まずは警察?でも、怪我が……!」
「グ、グルァ……」
慌てまくる私に、困惑する男性。
さっきまでの殺伐とした空気がおかしくなってしまっていた。
しかし、それに気づくことなく事態は進んでいく。
私はやっとスマホの存在を思い出し、なんとか救急車を呼んだ。
大人しく救急車に乗せられた彼は、ずっと私を見ていた。
付き添いとして乗った私は、ベソベソと彼の傍で泣いていた。
異様な男女二人に、救急隊員たちは変なモノを見るような目でこちらを見ていた。
だが、必死な私はそれに気づくことなく病院へたどり着いた。