表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/27

23 絶望と再会 カイ視点



 まどかが“鴉”に連れ去られた。


 “鴉”の駒だった『白亜』を潰したあの日。

 カイは人生最大の過ちを犯した。




 あの日、まどかを連れて行くべきではなかった。

 否、彼女をさっさと安全で自分しか知らない場所に隠しておくべきだった。


 とめどない後悔に引きずられ、カイは“鴉”に関係するものを壊し続けた。


 最初は『白亜』。

 次は“鴉”が関わっていた闇オークション。

 その次は“鴉”が各国に置いていた支部。


 物も人も壊した。


 けれど、求める人はどこにもいなかった。




『組織に入れば、“鴉”の情報を共有する』


 その言葉で、彼女が所属していた“ハエトリグモ”に入った。

 

 この言葉の意図は、暴れまわるカイを縛るためだと知っていた。

 本当は、単独の方が情報が手に入った。

 そこに所属する必要は全くなかった。

 

 けれど、彼女の(よすが)を少しでも感じたくて入った。




 組織に入ったため、彼女と住んでいた部屋はそのままカイに引き渡された。

 

 久しぶり帰ってきた部屋は、埃をかぶっていた。

 多くのものを壊したのに、ここには誰もいない。


(虚しい)


 初めて感じる感情は、酷く苦しかった。

 彼女のそばで感じた苦しさとは全く違った。

 暗い、暗い、底知れない苦しみ。


 彼女によって与えられた心が、壊れていく。


(勝手に心を与えて、無責任に去っていくなんて許さない)


 苦しみは怒りに変わり、愛しさは憎しみに変わった。


 怒りと憎しみだけで生きた。

 再会した時、彼女をズタズタに引き裂くことだけを希望にして。


 でも、そんな決意も彼女を目にすれば塵のように消え去った。






「まどか……まどか……!」


「う……うう……」


 “鴉”の本拠地を突き止め、崩壊させた時。

 焦がれてやまないその人を見つけた。


 すぐに助け出し、部屋へ連れ帰った。


 幸い外傷はなかった。

 けれど、どこか違和感があった。


「ああ、カイ!こわかったよぉ」


 腕の中で泣きじゃくるまどかに、心が動かない。

 姿かたちは完全に彼女だ。

 けれど、何かが違う。


「懐かしいね、この部屋」

 

 嬉しそうに笑う彼女を見て、理解した。


(こいつはまどかじゃない)


 笑うはずがない。

 この部屋から、俺から逃げようとした彼女が。

 彼女が連れ去られた数日後に届いた手紙には、『幸せになれ』という内容が書かれていた。彼女は以前から、俺から離れることを考えていた。そうじゃないと、あんな手紙を書いたりしない。


(記憶は模倣しているようだが、細かい機微までは知らないようだ)


 例の手紙のことを聞けば『本心じゃない』と答えたことからよくわかる。

 まどかの皮をかぶったこいつは、まどかに成り代わろうとしている。


「まどか、見せたい場所があるんだ」


 微笑みかければ、まどかの偽物は恍惚とした表情をする。

 本物は、怯えた表情をするだろうに。

 



 嬉々としてついてきた偽物は、周囲を見渡して言った。


「随分とじめじめしたところだね」


 冷たいコンクリートを降り、鉄の扉が現れる。


 ガシャンッ


 重い南京錠をあけ、中に入るように促す。

 優しく微笑めば、疑うことなく中へ入る偽物。


「楽しんでくれ」


 ガシャンッ


 扉を閉め、階段をあがる。

 背後からはドンドンという音が聞こえてくる。

 甲高い悲鳴は、まどかとよく似ていた。


(本当のまどかを探さなければ)


 













 本当のまどかを見つけた時の感動は言葉にできない。

 あの時ばかりは、神の存在を認めてやってもいいと思えた。


 けれど、気に喰わないことに彼女のもとに通うと一人の男を見つけた。


(殺そう)


 すぐに実行に移したが、その男も裏の人間だった。

 巧妙に逃げ、姿を消した。


(まあ、いいだろう)


 そもそもの目的が彼女のそばから排除することだったため、見逃した。





 そして、いざ対面した時。

 

 新しい絶望を味わうことになった。

 彼女には記憶がなかった。

 出会った当初のことも、共に過ごした大切な思い出も、何もかも覚えていなかった。


『は、はじめ……まして?』


 その言葉に、絶望した。

 自分の知っている彼女は、存在しないのだと。


 けれど、離れられなかった。


 絶望してなお、まどかはカイの心をとらえて離さなかった。


 怯える彼女のそばで、共に日々を過ごした。

 まるで、立場が逆転して過去をもう一度過ごしているような気分だった。

 怯えているのは自分ではなく彼女で、優しく接するのは彼女ではなく自分。


(ああ、愛してる)


 記憶を失くしても、彼女は彼女だった。


 臆病で、優しくて、結局受け入れてしまう人。

 手負いの獣だったカイを受け入れ、不法侵入者のカイを受け入れた。

 つけ入れる隙しかない、危うい人。


(俺が、守らないと)


 これ以上、彼女に荷物を抱えさせない。

 彼女の手元に残るのは自分だけでいい。

 他のなにかが入り込むなど許さない。


「……愛してる」


 安らかに眠るまどかの額に口づけを落とす。

 カイが傍にいても安らかに眠れるまどかに、喜びと不満を覚える。


(いつか…………俺のことを意識して)


 黒い艶やかな髪を撫で、一房掬い取る。

 サラサラと落ちていく髪の感触を手で味わう。


 ふと、サイドテーブルにおいてある黒い布が目に入る。


 ベッドから立ち上がり、そっとそれを手に取った。

 まどかが普段、目につけているものだ。

 …………彼女は、記憶だけでなく視界さえも失っていた。

 

 カイは知っていた。

 彼女が時々、月を悲しそうに眺めていることを。

 わざわざこの布を外して月を眺める姿は、光を(こいねが)っていた。

 しかし、月を見た後は目の痛みに堪えていた。

 

「…………チッ」


 忌々しい布だが、壊すわけにはいかない。

 彼女の記憶と目を奪った代償は必ず支払わせる。

 しかし、今ではない。


「大丈夫。俺がそばにいるよ」


 今はただ、彼女のそばにいたい。

 そして、あの頃のような絆を取り戻す。


「はやく……俺を愛して」


 彼女はきっと、愛してくれる。

 でも、今度は逃がさない。


(臆病なまどか。俺がずっと捕まえてあげる。だから、安心して俺のそばにいて)


 彼女が愛することを怖がるなら、俺がそれ以上に愛せばいい。

 そうすれば、彼女は一生逃げられない。


(安心して堕ちておいで)


 互いしか映らない世界は、きっと綺麗だ。


(それが“愛”だろう?)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ