20 奪われる記憶
3日後。
私は、メッセージカードで指定された温室の中にいた。
ここは、私が“私”であった時の最後の場所だ。
鮮血色のバラの毒によって気を失い、気づけば私の身体はジョロウになっていた。
「思い出深い場所でしょう?」
「…………」
目の前には、ガーデンテーブルで優雅に紅茶を飲む“私”がいた。
「…………用件を言ってください、ジョロウ」
彼女こそ、私の身体を奪った張本人。
「あら、せっかちね」
カチャン
テーブルの上にティーカップが置かれる。
その音と同時に、サッと黒服の男たちが現れる。
「!」
(……包囲された)
サングラスをしていてもわかる。
彼らのジョロウの部下だ。……それも、過激派の。
過激派とは、ジョロウの部下内部で分かれている2派閥のうちのひとつ。
人身売買に対して渋る私に不審な目を向けてきた者たちだ。
彼らは生粋のジョロウ信者であり、主人と同じように残虐な気性の集まりだ。
私はそれとは対極の穏便派を傍においたため、彼らの動向を把握できていなかった。
「……あら、あなたたち。仕える主人を間違えてない?」
一縷の望みをかけて、精いっぱいのジョロウのふりをする。
「あははっ!健気ねぇ。今までそうやって私のふりをしていたの?」
ジョロウに嘲笑われ、私は瞠目する。
どうやら彼らは、真の主人を知っているらしい。
どうやって納得したのかはわからないが、こちらに引き入れることは不可能そうだ。
黒服たちに取り押さえられ、私はイスに座るジョロウの足元に傅いた。
「せっかちな貴女に合わせて、さっそく本題に入ってあげるわ」
クイッと顎を靴で掬いあげられる。
屈辱的な体勢に、視線をとがらせる。
「その体、いただくわ」
「…………は?」
意味が……分からない。
「ねえ、体が入れ替わる方法を知ってるかしら?」
ニコニコと不気味に笑う彼女に、ゾワッとする。
「魂と魂が入れ替わっちゃった結果?それとも記憶が交換されただけ?」
ジョロウは自分の頬に触れ、うっそりと笑う。
「両方違うわ」
「………………」
「正解は、肉体の交換よ」
「肉体……?」
どういうこと?
肉体が入れ替わった?魂が入れ替わったことと同義じゃないの?
「まあ、正確には交換じゃないわ。私が貴女になって、貴女が私になっただけ」
「…………?」
「わからない?貴女の肉体は改造されたの」
「!?」
(改造……!?)
パチンッ
ジョロウが指を鳴らすと、黒服の一人が彼女に緑色の液体が入った注射を渡した。
「これ、すごいのよ?なりたい人間の体組織をいれたら、体がその人間と同じになるの」
「…………っ!?」
そんなものが存在するの!?
……いや、ありえる。この“鴉”という犯罪組織には、ある違法科学者がいるという話を耳にしたことがある。会ったことはないが、違法な薬物を発明して売り捌いていることは知っている。
「ただ、ちょっとデメリットがあるの」
「…………」
どうせろくでもないことだろうと諦めの境地で聞く。
「この薬は永続的じゃないの。定期的に摂取しないといけない。だから、相手の体組織を永続的に採取する必要があるわ」
「!!」
「体組織の培養は可能よ。でも、人工生成した体組織で薬が完成するかはわからなかった。でも!とうとう3日前に成功したの!」
(そういうことか……)
私はいらなくなったのだ。
私がジョロウの体に改造され、生かされていたのは“材料”としてだ。
“材料”が人工生成できるようになった今、私は不要。
だから、始末するつもりなのだろう。
「最期に、貴女の疑問に答えてあげるわ。一人寂しく旅立つ餞別よ」
全くありがたくない餞別だが、この際すべてを暴いてやる。
「どうして私をジョロウにしたんですか」
「まあ、組織を混乱させたくなかったのよ。ボスにバレっちゃたら色々面倒だし」
ボスは基本的に組織の運営に関わらない。
この“鴉”という組織は幹部たちが支えているといっても過言じゃない。
けれど、実質的にボスはトップであるため、勘づかれて止められたら幹部であるジョロウはそれに従うしかない。だから、私と入れ替わったのだろう。
他にも気になる点はあるけれど、これだけは聞いておきたいことがある。
「…………私になったのはどうしてですか」
そう、動悸がわからないのだ。
彼女は幹部であり、容姿も端麗だ。
不満なんてあるはずがない。
しかし、彼女には明らかに目的がある。
私になる、メリットが。
「――――愛のためよ……」
「……は?」
うっとりとした顔で愛をのたまうジョロウに、半眼になる。
この期に及んで…………“愛”?
他者を虐げて、弄んできた彼女が?
「私、見つけたの。彼こそ、私の運命…………」
目がここじゃないどこかを見ている。
…………本当に、彼女は“愛”を見つけたらしい。
「彼は敵組織のメンバー…………。でも、私、それでもいいの。彼のためなら何を失ってもいいわ。体も、地位も、組織も」
「…………!!まさか、裏切る気ですか!」
「あら、勘が良いのね」
なんてことないように笑う彼女を信じられない目で見る。
(惚れた相手のために、“鴉”を裏切る…………?!)
「彼ね、“ハエトリグモ”のメンバーなの」
「!!!」
“ハエトリグモ”。
私が与していた秘密組織の名だ。
確か、上司だった中村さんは“鴉”を追っていた。
今はもう彼らに連絡することは諦めてしまったが、今更その名を聞くなんて…………。
「彼、好きな女がいるみたい」
さっきまでうっとりとしていたのが嘘かのように、ジョロウは無表情になる。
その真っ黒な暗い瞳に映っているのは、私だった。
「いくらアプローチしても靡かないの。だから、成り代わることにしたわ」
私に執着していたのは、彼しかいない。
…………カイだ。
「肉体は手に入った。だからね、最後は貴女の記憶をちょうだい?」
「…………っ!」
突然、頭に何かを被せられる。
視界が覆われ真っ暗だが、おそらく何かヘルメットのようなものを被せられたようだ。
「なにをっ…………!」
「電磁波で脳をいじるから廃人になっちゃうかもしれないけど…………ごめんなさいね?」
「!?」
バチバチバチッ!
「うっ…………ああああああ”あ”!!」
脳がかき回されるような痛み。
チカチカと光る瞼の裏に、記憶が走馬灯のように流れる。
その記憶の多くは、カイとの思い出だった。
初めて会った路地裏。
共に過ごした部屋。
肩を寄せて歩いた並木道。
色鮮やかに流れる記憶。
それらを眺めて、私はやっと思い知った。
(ああ………やっぱり私はカイが大切だったんだ)




