17 死のバラ
「『白亜』様、失礼します……!」
ゴンゴンッ ガチャッ
勢いよく部屋に入って来たガタイの良い男たちに、私はため息をついた。
「また?」
「申し訳ございません……」
「いや、いいよ。あなたたちのせいじゃないし」
手を振り、傷だらけの男たちに向き合う。
打撲、出血、裂傷……。
一番痛々しいのは、鞭の痕か。
うわ、あの人ピンヒールで顔を蹴ったの?最低……。
「……また“お仕置き”されたの」
「はい」
「はあぁぁぁーーー」
部屋に常設するようになった大きな救急箱を取り出し、消毒液と包帯を取り出す。
比較的傷が酷い三名をソファに座らせ、手当てを始める。
最初の頃はたどたどしくて上手く巻けなかった包帯も、今ではスルスルと巻ける。
「それで?今回はなんでジョロウの機嫌が悪くなったの?」
三名の手当を終えて、残りの二名のかすり傷を手当てしながら質問する。
「はっ。今回は敵に対してお怒りでした」
「そっか。……あと私の部下じゃないんだから、そんな気合いれて返事しなくていいよ」
可哀想に。
やっぱりジョロウの八つ当たりだったか。
あの人の物や人に当たるクセは、いつになったら直るのやら。
「いえ!いけません!」
「そうです!『白亜』様にそのようなご無礼など!」
「…………部下は大変そうだね」
よその上司にまで敬意を払わなければならないなんて……。
これが組織の縦社会かとげんなりする。
「いえ、そうではなく!『白亜』様は本当に……!」
「そうです!我々はあなた様を……!」
「はいはい、そういういいから。ジョロウは敵の何がそんなに気に喰わなかったの?」
無理にごまをすろうとするジョロウの部下たちを制止し、本題に入る。
「はっ。それが、どうやら敵は男だったらしく……」
「…………なるほど」
言い淀む姿から、今回の怒りの原因を察した。
多分、ジョロウの魅了が効かない敵だったのだろう。
彼女は自分の美貌に大変自信がある。
確かに、そんな自信をもてるほどの美貌を有しているのは事実だ。
でも、世の中には好みってものがある。
ほら、○○専てきなやつとか。
しかし、彼女は自分が世界の中心だと思っているタイプの自己中だ。
そのため、自分の魅了が効かない相手なんていないと思っており、万一効かなかった場合は周囲に当たり散らすか、その効かなかった相手の存在自体を消す。
「それで、敵の男性は消された?」
「いえ、それがそれなりに強いらしく手こずっており……」
「うわぁ……」
今回は彼ら部下にとって最悪なパターンらしい。
敵は消せないし、ジョロウの魅了は効かない。
そんな状況で彼女がヒステリーを起こさないわけがなく……。
「…………いつでもここに来ていいよ」
「「「大変お世話になります……!」」」
ガタイの良い複数の男たちから頭を下げられると、迫力が凄い。
けれど、彼らが横暴な上司の暴力に涙していることを思うと、同情を禁じ得なかった。
「あ」
「あら」
(最悪)
手当したジョロウの部下たちを見送り、救急セットの補充をしに行った道中。
傷つけた張本人とバッタリ廊下で出くわしてしまった。
最悪だ。近々お祓いに行った方がいいかもしれない。
「ドブネズミじゃない!さっさと駆除してくれる?」
後ろに控えている部下にそう命令するジョロウ。
その命令にオロオロとする顔見知りのジョロウの部下たち。
対抗できる身分なのは私しかおらず、渋々彼女の相手をする。
「ジョロウさん、私は『白亜』です。頭領からお聞きになりませんでしたか」
「はっ、自分は頭領から名を授かったっていうマウントかしら?」
鼻で嘲笑いながら、見当違いなことを言ってくる彼女に頭痛する。
「違います」
「まあ、今は消された組織の名を授かるなんて……同じ末路を辿らないといいわね?」
お前もあの『白亜』と同じ末路を辿るだろうと、皮肉を言われる。
消されたくはないが、別に何とも思わない。
この名前は私の意志で決めたものでもないし、自分の名だと思ったこともないから。
それでも、皮肉を言われたことに対しては多少の不快感はある。
(「ところで、ジョロウさんは敵を魅了するの失敗したらしいですね」なんていった日には、後ろに控えてる部下の人たちがボコボコにされるんだろうな……)
意趣返しをしたい気持ちもあるが、周囲の罪のない人たちを巻き込むのは本意じゃない。
「はい、気を付けます」
仮面の下で薄く笑うと、それが伝わったのだろう。
ジョロウはギロッとこちらを睨み、カツカツとヒールを鳴らして去っていった。
「…………疲れるなぁ」
手に入れた救急セットを持ち直し、とぼとぼと廊下を歩いた。
神経をすり減らしながらも『鴉』で生活していたある日。
私はジョロウに呼び出された。
「…………一体なんのようですか?」
ジョロウの区画にある温室に呼ばれ、花の蕾に囲まれたガーデンテーブルに座っている。
懐疑的な目で、紅茶をすすっているジョロウを見る。
「あら、ただ女同士でお茶会をしたかっただけよ」
(ダウト)
明らかな嘘。
彼女は根っからの男好きだ。
部下だって全員を見目が良い男たちで揃えている徹底した男好き。
女は排水溝にへばりつく生ゴミだと思っているに違いない。
なにか企みがあると知りながらも、情報を引き出すために素知らぬふりをする。
「そうですか。では、なんの話をしますか?」
ガーデンチェアーに軽く座り直す。
そして、いつでも逃げられるよう、さり気なく温室の出口を確認する。
ジョロウは優雅にティーカップを置き、両肘をテーブルについた。
組んだ手の上に顎をのせ、蠱惑的な目でこちらを見てくる。
うえっ、具合が悪くなる……。
「私ね、反省したの」
「…………はい?」
「あなたに今までひどい態度をとってきたなって。ほんとうにごめんなさい」
伏せた瞼と長いまつ毛は湿り気を帯び、あたかも泣いているかのようだ。
絶対にウソ泣きだ。
あんな気性の荒い人物が泣いて謝罪するなんてあるわけない。
「だからね、お詫びの印にこれをあげるわ」
差し出されたのは、箱だった。
開けてみると、ピアスが入っていた。
(いや、私耳に穴あけてないんだけど)
騙すのなら、もっとしっかりやってほしい。
こんなに気持ちのこもってない贈り物をもらっても対応に困る。
「ありがとうございます」
お礼を言いながら、周囲に目を走らせる。
(誰もいない。襲うつもりではない……?)
とうとう私を消すつもりなのかと思っていたけど、そうではないようだ。
そうであるならば、おそらく仕掛けはこの紅茶か。
「あら、あなたお茶を飲んでないじゃない」
「!」
一瞬、考えていたことがバレたのかと思ったが、そうではないみたいだ。
彼女の顔色から鑑みるに、最初から紅茶を飲ませるための前座に過ぎなかったらしい。
不気味な笑みが、それを物語っている。
もうすぐ邪魔者を始末できることを喜んでいるような加虐的な笑み。
「飲まないの?」
「はい、少し気分が優れな……っ!?」
紅茶を断ろうとした瞬間。
視界が揺れた。
酩酊したかのように頭がぐらぐらする。
「……っ!一体なにを……」
体に力が入らない。
これは……毒?でも、一体どこで……。
「!」
揺れる視界の端で、あるものを捉えた。
花だ。
赤い、鮮血のような色合いの花。
先程まで蕾だったはずの花が、開いている。
聞いたことがある。
蕾のうちは無毒だが、花開いた瞬間に空中に猛毒を放つ死のバラ。
「よく売れる」と幹部のコガネが喜んでいた暗殺用のバラだ。
(油断した……!)
殺されるとは思っていなかった。
頭領から指示で危害を加えないようにされていたはずだが、どうやらここの狂人たちにとっては意味のないものだったようだ。あの人の人望も大したことないな。
悠々と悪態をつくが、思考はどんどん鈍くなっている。
チクッ
「…………ッ!」
腕に針を刺されたような痛みが走る。
瞼はすでに上がらない。
自分に何が起こっているのかを把握することなく、私の意識は落ちた。




