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2 諸悪の始まり



「う~ん……」


 スマホと睨めっこしながら、頭を抱える。


 私、佐藤まどかは大学3年だ。

 そして、今の時期は初夏。

 この時期の大学生に迫ってくるのは、「就活」という地獄である。


「大卒の求人が多いのは中小企業かー」


 就活ガイダンスの付け焼き刃知識で、なんとかインターン先を選んでいる最中だ。

 夏休みはインターン祭りになるため、この時期に申し込む必要がある。


「う~ん、やっぱり練習はしたいな……」


 石橋を叩く派の私は、練習台となりそうなインターン先を探す。 

 余談だが、石橋を叩きすぎて壊す場合もある。


「ん?『株式会社オールカラー』?」


 どうやら中小企業で、ここからそう遠くない。

 車で30分の、少し山奥にある印刷会社らしい。


「研修期間は1日か」


 ガイダンスでは5日間以上が推奨されてたけど、ここは練習台だしいいか。


「申請っと」


 就活用アプリで簡単に申し込みを済ます。

 本当に便利な時代だと思う。


 もうインターンに行ったような達成感に浸り、悠々とお風呂へ向かった。 






「ん?」


 お風呂から帰還すると、スマホにメールが来ていることに気づいた。

 そして、件名には「研修について」とあり、送り主が「株式会社オールカラー」だった。


 急いで内容を確認すると、研修期間が記載されていた。


「……え、来週から?」


 なんと内容には、研修が来週から始まる旨が記載されている。


 見間違いかもしれないと、何度も見返す。

 ……しかし、間違いなく来週の日付が書かれている。


「スーツスーツスーツ!!」


 こんなに余裕のない研修期間を設けてきた会社を不審に思うことなく、私は迅速に研修の準備に入った。


 後に、私は後悔する。

 この会社を疑うべきだった、と。

















「やあ、君が佐藤君だね」


「は、はい!」


 私は現在、インターンの説明を受けている。


 結構な山道を車で走り、無事についた「株式会社オールカラー」。

 想像通りの中小企業で、建物も特に変わった所はなかった。


 ただ、紙を製造する上で放たれる異臭がないことが気になったが、ここは印刷会社であって製紙工場ではないと思い直した。


「じゃあ、研修をしていこうか」


「よろしくお願いします!」


 この人は、中村さん。

 物腰も見た目も穏やかなジェントルマンだ。


 失礼だが、こんな廃れた中小企業にいるとは思えないほどの品格がある。


「ここが仕事場だよ」


 説明を受けていた部屋から出て、少し歩いた先の事務室に案内された。

 これと言って変わった点もなく、普通の事務室だ。


 机があって、パソコンがあって、コピー機が隅にある。

 あと、申し訳程度の観葉植物もある。


「こじんまりとしてるかな」


「い、いえ!そんなことは……」


 困ったように笑う中村さんに、上手くフォローを入れられない。


 どうしよう、なんて言うのが正解!?

 掃除が楽そうですね?

 いや、これは煽ってるか……!?


「実は、今ここで働いているのは僕だけなんだ」


「え?」


 言いにくそうに話を切り出した彼に、私は嫌な予感しかしない。


「他の人たちは、全員出払っているんだよ……」


「…………え?」




 中村さんから聞いた話をまとめると、『人手不足』に尽きた。




「今は猫の手も借りたいくらいなんだ……」


 参った顔でこちらを見てくる彼に、全力で目を逸らす。

 可哀想な顔を見てしまったら、同情せざるを得ないからだ。


「今回の研修内容も、これで終わりだし……」


「え、これで終わりなんですか!?」


 なんと、インターンが終わってしまった。

 

 え、何の変哲もない事務所を見せられただけなんですけど。

 仕事は?仕事の内容は?!具体的に何するの!?


「研修に来てくれた子に言うべきことではないんだけど……」


(なら言わないでください)


「仕事を、手伝ってくれないかい……?」


(無理無理無理)


 目を閉じ、心を鬼にする。

 そして、口を開こうとした瞬間。


 『キュルン』


 …………謎の効果音が聞こえた。


 中村さんは紳士的な男性のはずなのだが、子犬のようなウルウルお目目をしていた。

 彼の顔が整っているせいか、いい歳した成人男性だとは思えないほど似合っている。


「い、いや」


『キュルン』


「その………」


『キュルン』


「だから…………」


『キュルルン』



 結果、私は屈した。

 成人男性の上目遣いに負けたのだ。



「ごめんね?じゃあ、こっちに来てくれるかい」


 一瞬でジェントルマンの品格に戻った中村さん。

 あまりの温度差に風邪をひきそうだ。


「どこに行くんですか?」


 事務室を出た彼の後を追う。


「ああ、ちょっと場所が変わるんだ」


「?」


 答えになってない返事に、首を傾げる。

 

 そして、ついた先はエレベーターだった。

 もしかすると、階が変わるのだろうか。


 でも、そうならそうと言うだろう。

 

(なんではっきり行先を言わないんだろう………?)


 カチッ


 中村さんが上昇のボタンを押す。



 ゴゴゴッ——————



「……え?え!?」


 開かれたエレベーターのドアには、下へ続く階段があった。

 箱は?あの鏡付きのエレベーターという名の箱はいずこへ?


「さ、ついてきて」


「いやいやいや、待ってください!!」


 スイスイと階段を降りて行く中村さん。

 私の方はというと、階段の前で足踏みしている状態。


「ちなみにそのドア、時間制で閉まるから気を付けてね~」


「そういうのは先に言ってください!!」


 突然閉まりだしたドアに体を滑り込ませ、急いで階段を降りる。


 この時、私は「あれ?あのまま逃げればよかったんじゃね?」とか思った。

 後悔は後に立たないとは、まさにこのことだろう。







 こうして私は、よくわからない場所へ向かうことになった。




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