16 『鴉』の幹部にされる
「おい、『白亜』!部屋から出てこい!」
ドンドンッ
騒がしくドアを叩く音で目が覚める。
部屋の灯りをつけ、目をこする。
そして、短気な来訪者がドアを壊さないうちにさっと身支度を整える。
顔全体を覆う黒い仮面をつけ、部屋のドアを開けた。
「遅ぇ。さっさとついてこい」
「……わかりました」
「チッ!とろくせぇ。オレをイライラさせんな」
『鴉』の幹部であるキリギリは、苛立ちを臆面もなくぶつけてくる。
寝起きから苛烈な感情をぶつけられ気が滅入る。
しかし、この犯罪組織に思いやりのある人間などいるはずもない。
(あの時、手を取るべきじゃなかったな……)
綺麗に磨かれた白い大理石の廊下を歩きながら、当時の昔に思いをはせる。
『白亜』の施設に潜入したあの日。
私は運悪く『鴉』という犯罪組織の頭領に見つかってしまった。
牢屋に捕らえられた私を連れ出した彼は、私を『鴉』の幹部として引き入れた。
あの時、怖気づかずにあの人の手を振り払っていれば、こうはなっていなかったかもしれない。
(まあ、今みたいになっていなくてもこの世にいなかった可能性の方が高いけど)
『鴉』は、中村さんたちが追っていた犯罪組織。
悪質な薬物の売買はもちろん、殺人、強奪、人体実験等々に手を出している極悪集団。
内部で過ごすうちにわかったことだが、それらの悪行は頭領が……というより幹部たちが手掛けていた。でもまあ、その利益を糧にして生きている時点で手を汚していなくても同罪だろう。
それに、あの頭領は性格が悪い。
新参者を幹部にすれば古株たちが黙っていないのを知った上で、私を放流した。
そのせいで、現在進行形で幹部たちから疎まれ、いびられている。
(それを傍観しているんだから、よりたちが悪い)
頭の中で、組織のボスに悪態をついていると目的地についた。
大きな黒塗りのドアの横で護衛している人たちに軽く会釈をして、中に入る。
隣からはなぜか舌打ちの音が聞こえたが、このキリギリという男の機嫌が悪いのはデフォルトなので気にしない。
「やあ、おはよう。体調はどうだい?」
「……悪くありません」
意地でも「良い」なんで言ってやらない。
円卓のより豪華な黒い椅子に座っている全身白男。
今、私に声をかけてきたこの男が『鴉』の頭領であり、名を“斑”という。
「そうか、起こして悪かったね。どうしても共有しておきたいことがあったから呼んだんだ。許しておくれ」
「……はい」
そう、こうして腰を低くして接してくるのが最悪だ。
すでに円卓に座っている幹部から鋭い視線が飛んでくる。
意図としては「頭領に謝らせるなど万死に値する」といったところだろう。
(傍観するくせに、こうやって定期的に火に油を注いでくるのが本当に性格が終わってる)
白い仮面からニコニコと笑っているような雰囲気を醸し出しており、明らかに私を弄んでいるのがわかる。加えて、この場で仮面をかぶっているのは斑と私だけ。そのペアルック感も顰蹙をかっている要因のひとつであることは容易に想像できる。
いっそ仮面を外してやろうかと、手を仮面にかける。
「おや、それは外してはいけないよ」
「………………」
穏やかに、けれど重くのしかかる圧に屈し、私は自席に座った。
「さて、本題に入ろうか」
そこから繰り広げられるのは、まさに悪の組織に相応しい内容だ。
今回は人身売買の取引に関する話のようだ。
この話題であれば、あの幹部たちが絡んでくるだろう。
さっと斜め右に視線を向けると、胸元の開いた黒いドレスの女が目に入った。
彼女は“ジョロウ”と呼ばれる幹部。
人身売買などの“商品”を入手したり、管理したりしている人物だ。
見た目通りの女王様気質で、自分の思い通りにいかないとヒステリーを起こす。
ヒステリーだけならマシだったが、その苛立ちを物や人にぶつけるからたちが悪い。
(今日は機嫌が良さそうだ……)
綺麗に整えられた爪を眺める彼女を見て、安堵の息を吐く。
どうやら今日は彼女の部下たちが“お仕置き”されることはなさそうだ。
次に視線を自分の右隣へ向けると、花魁のような着物姿の女がいた。
彼女は“コガネ”と呼ばれる幹部。
名が体を表している通り、この組織の金融を司っている。
金になるなら何でもござれな精神であるため、容易に悪事に手を染める。
まあ、指針が「金」と明白だから扱いやすさは幹部の中で一番簡単だ。
(まあ、お金があれば……の話になるけど)
もし、幹部を味方に引き込むとしたら、彼女が第一候補になるだろう。
ジョロウとキリギリは気性的に論外だ。
次々と展開される悪徳商売に耳を傾けながら、情報を集める。
この情報は、いつか訪れる解放の時のためだ。
この『鴉』から私が脱出できた時、中村さんたちに有益な情報を提供するため。
(最初は外部と連絡をとろうとしてけど、無理だったから……)
そう、最初は自力で脱出しようとしたが、技術的にも『鴉』のセキュリティシステム的にも無理だった。まあ、素人が易々と脱出できてたら、中村さんたちも手を焼いていないだろうし。
彼らの悪行を少しでも多く把握するため、この幹部会議には出席している。
…………たとえ居心地が針の筵だったとしても。
(情報は欲しい。けど、すぐに終わってほしい気も……)
時々向けられる刺々しい視線をかわし、私は正面に目を向ける。
空席にそこには、頭領“斑”の右腕であるNo.2のものらしい。
今まで顔を合わせたことはなく、謎に包まれている人物だ。
(一体どんな人物なのか)
気になる気持ちもあるが、こちらを邪険にしてくる人物がこれ以上増えるのは困るため、出会いたくない気持ちが強い。
(まあ、とりあえず)
会議が終わり、各々が席を立つ。
(今後、生き残るために奔走しないと)
席を立つと、左隣から強い視線を感じた。
それを無視し、自室へと向かう。
そんなつれない態度に、斑はうっそりと笑った。