表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/27

14 メリークルシミマス



 ジングルベール ジングルベール すっずーがー鳴る~



「……今年もとうとうあのイベントがやってくるのか」


 外を歩けば、鮮やかな赤や黄色に彩られたツリー。

 お店に入れば、赤い帽子をかぶったおじいさんのイラストがこちらを嘲笑っている。


「メリークルシミマス……!」


 枯れ葉舞う並木道を歩きながら、静かに発狂する者が一名。

 そうです、私です。

 大学生になると、こういうイベントは目の毒になることもある。

 

 そう苦しんでいると、背後から誰かに囁かれた。


「どうした?」


「うわっ」


 突然耳に吹き込んできた生温かい空気に驚く。

 そして、驚かしてきた原因の人物を半眼で睨んだ。


「カイ?急に背後から声をかけちゃいけないんですよ?」


「そっか」


「ほんとにわかってる……?」


 背後からスリスリと頬擦りしてくる彼に、私は遠くを見る。

 そして、周囲からチラチラ見られていることに気づいてしまった。


「……とりあえず、離れてもらっていい?」


「嫌だ」


「離れなさい!」


 冬独特の空気のせいで、周囲からバカップルだと思われたようだ。

 明らかな白い目を向けられる中、私は何とかカイを引きはがした。
















 ざわざわ ざわざわ



「ねえ、あの人……」

「前に大学に来てたイケメン……?!」



「…………」


 ざわつく周囲に目を背け、右側を歩く人物にも目をつぶる。

 

 大丈夫、私は空気。

 私は空気……。


「まどか、次の授業はこっち」


 さり気なくはぐれようとしていた私に気づき、カイが腰に手を回してきた。

 軌道修正されてしまった私は、腰に添えられていた手をペイッとはがす。


「カイ、ちょっと5メートルくらい離れてもらってもいい?」


 カイに目を向けず、前だけを見て話しかける。

 これ以上、周囲にカイと関わりがある人物だと思われたくない。

 現状、命を危機を感じるレベルで睨まれてる。


「却下」


「終わった……」


 地獄のような空気の中、私はなんとか講義を受け終えた。



















「中村さん、もう無理です」


「来て早々だね」


 クリスマスの二日後、仕事納めのために出勤していた私は、現状の限界を上司に訴えていた。。


 しかし、一体何を訴えているのか。

 その答えはすぐ傍にある。


「この人どうにかしてください!」


 指差したのは、背後。

 そこには、私の背中にぴったりとくっつくカイがいた。


「そういう問題は当人同士でしか解決できないと思うよ」


「できないからこうなってるんですよ……」


「…………」


 三竦み状態になり、私の意識は二日前にトリップした。






 あれはそう、クリスマスの日。

 この日に約束したことが、現在の悩みを生み出す諸悪の根源となる。









 二日前。


 その日はクリスマスと言えど、平日だったため大学の授業があった。

 それゆえに、クリスマスでも大学で地獄のような時間を過ごした。


 授業終わり。


「……カイ、一旦別行動しない?」


「却下」


「その返事って最近のブームなの……?」


 たったの二文字で私の平穏な時間を却下され、私はカイと一緒に教室を出た。


 


 授業は昼過ぎに終わったため、現在は帰宅中である。

 少し離れた場所にある大学の駐車場へ向かう。

 しかしながら、道中の賑やかさが煩わしい。


 クリスマスだからってなんだってんだ!


「……っあの!すみません!!」


「!」


 決心したような声に振り返ると、頬を赤く染めた女性が立っていた。

 少し離れた所にその女性の友人らしき人が二人ほど見える。


(これは……!)


 女性の熱い視線の先には、隣にいるカイがいる。

 

「これからお時間ってありますか……?!」


(逆ナンだーー!)


 この逆ナンらしきことは本日何度目かわからない。

 確かなことは、カイがとてつもなくモテるということだ。


「ない」


(にべもない……!)


 そして、すげなく断るカイ。

 このやり取りを何度見て、何度心を痛めたことか。


(告白の“こ”の字もない私って……)


 世の中にはこんなにも告白の現場が溢れているのに、どうして自分にはそんな出来事がないのだろうかと天を仰ぐ。


 意識を宙に飛ばしていると、いつの間にか女性は消えていた。


 どうやら、今回もカイの心に響かなかったらしい。

 隣を見ると、じっとこちらを見るカイがいた。

 そして、優しく微笑んできた。


 こうして社会の中で彼と共に過ごしていると、彼と自分の雲泥の差を感じる。


(絶対に交わることがないタイプの人なんだよなぁ)


 私の人生が順当であれば、絶対に出会うことのなかった人。


 そう思ってしまったからだろう。

 いつもなら心に留めていた言葉を口に出してしまったのは。


「―――カイ、一人でも元気に過ごすんだよ」


「…………は?」


「…………ぁ」


 自分が失言したことに気づき、慌てて言葉を埋める。


「いや、ほら!最近寒いから、部屋で温かく―――」


「ねえ、どういう意味?」


「違う違う、今のは健康に気を付けてっていう―――」


「まどか、どっか行くの?」


「いやいや、ちがくてね?」


 歩く速度が上がる。

 そのままズンズン進み、なんとか車を見つけた。

 そして、3歳児並みの質問攻めをしてくるカイを車に押し込み、発進した。
















(ふう、なんとか帰れた……)


 車の中でも質問攻めにあったが、なんとか乗り越えた。


 途中で買った食べ物を冷蔵庫に入れながら、部屋に押し込んだカイのことを考える。

 部屋のドアを閉める時に見た彼の顔からして、絶対に納得してなかった。

 ……さて、どうすべきか。


「…………とにかく話を聞くしかないか」



 そして、カイの部屋へ向かった。








「捨てるの?俺のこと」


「違うよ」


「まどかも俺を捨てるんだ」


「……違うよ」


 話し合いは絶望的だった。


 『一人でも元気に過ごすんだよ』


 この言葉は、彼を不安にさせるには十分だった。

 “一人でも”という部分が、彼の見捨てられ不安を煽ってしまったらしい。


「皆、俺のことを捨てる」


「…………」


「誰も俺のことを必要としない」


「………………」


 今まで溜め込んできた彼の感情なのだろう。

 闇を抱えいそうだとは思っていたけど、ここまでだったとは……。


 ベッドの上で膝を抱えて蹲るカイに、胸が痛む。


 刷り込みをされた子ガモのように私の後ろをついて回っていた背景には、こんな思いが隠されていたのか。


「………カイ」


 ドアの前から移動し、そっとカイがいるベッドに腰掛ける。

 部屋の隅にあるベッドで壁に向かって蹲るカイ。

 私から背を向けるその姿は、過去の自分と重なった。


(私もこうやって反抗してたな……)


 怒るでもなく、無視するでもなく、ただただ蹲って殻に籠る。

 そうするのは、相手に嫌われたくないけど現状も受け入れられないから。

 自分の要望を声に出すこともできず、静かに自分の中に思いを閉じ込める。


 今のカイも、その状態に近いのかもしれない。


(まあでも、これはあくまで私の推測だから)


「カイ」


「…………」


「カイは……私の言葉に傷ついたんだね」


(ひとつずつ、本人に確認していこう)


 そうすればきっと、いつかわかりあえる。


「本当にごめん。あの言葉は……カイと私って本当に違うんだなぁって思って出たの」


 私の謝罪に、カイの肩がピクッと揺れた。


「…………違うってなに」


 背は向けられたままだけど、彼がこちらの言葉に耳を傾けてくれているのを感じる。

 大丈夫、まだ私たちは対話できる。


「カイが凄い人だなぁって」


「凄くない」


「いや、すごいよ?頭は良いし、料理はできるし、カッコイイ!」


 怒涛の褒め殺しに、カイの体はもぞもぞ動く。

 もしかして、照れてるのだろうか。


「なにより、優しい」


「…………」


「もちろん、誰にでもっていうわけじゃないのは分かってる。けど、懐に入れた人にはすっごい優しい。これは私が実感してる」


 言葉を紡ぎながら、カイと過ごした日々を思い出す。


 最初の頃は私を含めた全てを警戒してたカイだけど、一緒に過ごすなかで少しずつ仲良くなっていった。下手な手料理を振る舞ったり、髪を乾かしたりして、地道に仲良くなった。


 その日々の積み重ねが今だと思うと、心が温かくなった。


「私はこれからもカイと一緒にいたいって思ってる」


 なんだか照れ臭くなった私は、カイと背中合わせに座る。


「もしもお互いが一緒にいられなくなったとしても、大丈夫」


「…………」


「今まで一緒に過ごしてきた思い出は変わらないし、私がカイを大事に思ってることも変わらない」


 目を閉じて、カイのことを思えば、温かいものが溢れる。

 この温かさは、確かに彼のことを大事に思っている証拠。


「もしも私がこの先、カイのことを思わなくなったとしても」


「…………っ」


 背後で息が詰まる音がする。

 それでも、私は言葉を続けた。


「今、私がカイのことを大事に思っていることは事実としてそこにあり続ける」


 そう、たとえ未来の自分が今の自分とは違ったとしても、過去は変わらないし思い出も存在し続ける。


「だから、ね?」


 「不安に思わないで」という言葉は飲み込んだ。

 無責任なことを言って彼を苦しめたくなかったのもあるが、この言葉の口に出すには私の覚悟が足りなかった。


 グイっ


「おわっ」


 後ろを振り返る前に、お腹に腕が回された。

 私の足の左右には、長い足が置かれている。


 どうやら、カイに後ろから抱き着かれているようだ。


「落ち着いた?」


「…………うん」


 幼げな口調に、私の眉が下がる。

 

 いろんな知識を吸収して、カイはもう大人になったと思っていたけれど、そう思うのは早計だったかもしれない。


「ずっといっしょにいてくれる……?」


「うん」


 幼げな口調に、思わず頷いてしまった。

 子どものような口調で、何かをねだる姿に心が痛んだから。


(この人に足りないのは、多分……愛情だろうな)


 それも、無償の愛。

 親が赤子に注ぐような愛情だ。


(とりあえず今は、家族のようにカイに接するしかない……か)


 母なる愛的なものを私が注げるわけがないため、苦肉の策として良き隣人として彼の横にいるしかないだろう。





 悶々と考え込む私の頭上では、うっそりと笑う端麗な顔があった。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ