13 絡みつく赤い糸
「佐藤ちゃん、最近忙しそうだね」
「ん?う、うん!まあ…………そうだね」
大学の授業の休憩時間。
大学の知り合いに話しかけられる。
「やっぱり就活?」
「う………ん!そうだねー」
もう強制的に就職させられたとか、絶対に言えない。
マウントみたいになるのも嫌だし、なによりあそこに就職したという事実を私はまだ認めていない。最後まで抵抗してやる………!私はあそこに就職してない!インターンに行ってるだけだ!
「そっか~お互い頑張ろ!」
「そうだね……」
彼女の激励の言葉が、私の胸に深く突き刺さった。
ザワザワ
「?」
大学の授業が終わり、帰路につこうとしている時だった。
大学の正門に人だかりができている。
誰か有名人でもきているのだろうか。
(いやでも、今日は大学でイベントとか特になかったような……)
学祭はもう終わっているはずだし、クリスマスはまだ先だ。
(まあ、どんなイベントがあっても私には関係ないんだけどね!)
心の中で涙を流しながら、人だかりを避けて裏門から出ようと決める。
そして、正門に背を向けた時だった。
「まどか」
「…………?」
聞こえるはずない、聞こえてはいけない声が聞こえた気がする。
(いや、まさか。だってあの人はあそこから出られないはず)
そう思いながらも、私は後ろを振り返った。
そして…………。
「まどか」
「いるーーーッ!!」
いた。
シンプルなシャツとジーンズを着こなしたイケメンな例の人物が。
(なんでここにカイが……!?)
あの社宅から出られないはずの危険人物が、堂々と目の前に立っている。
これは始末書ものだ。
どうしよう、中村さんにこれから始末書の書き方も叩き込まれるのだろうか。
そんなの嫌すぎる………!
「まどか?」
「………………」
考えるのが忙しくて、カイに対して反応していなかったことに気が付く。
すぐに返事をしようとして、ふと周囲に目がいった。
「ねえ、あの子なに?」
「もしかして、あの子が彼女?」
「えー、ありえなくないー?」
女性陣の冷たい視線が突き刺さる。
…………これは、返事をしたら私の大学生活がやりづらくなるかもしれない。
(知らないふりをしよう)
今後の人生の不利益をさっと計算した私は、スッとカイから顔を背けた。
わあ。この大学はこんなにタイルが綺麗だったんだー。
下を向いてくだらないことを考える。
そして、さり気なくトートバッグの中身を探る動作をした。
「あっ、しまった…!教室に忘れ物した!」
できるだけ自然に、できるだけアホそうに言葉を放つ。
「私はあなた方の敵ではありません」という思いを女性陣に向けて全力で伝える。
「なんだ。彼女じゃなかったんだ」
「まあ、普通に不釣り合いだし」
「え、じゃあ私たちでいってみる?」
周囲が色めきだしたことを確認し、ほっと胸を撫でおろした。
そして、顔を正面に向けて、すべてを後悔した。
「……あ」
目の前に立つ人物の顔は、確かに笑っている。
笑っているのだが……。
(人ってここまで目に光がない状態で笑えるんだ)
芸術的なバランスとしか言いようのない笑顔をみて、「暗黒微笑」ってやつはこういうもののことを言うんだろうなとどうでもいいことを考えた。
「すっ……すみませんでしたァアーー!!」
抵抗も虚しく、社宅に連れ去られた私は土下座を……しなかった。
いや、正確には「できなかった」。
膝が床に着く前に、足を攫われたからだ。
「えっ?」
気付けば、膝裏と背中に手を回され、いわゆるお姫様だっこをされていた。
……これは危険な兆候の気がする。
「……カイ?カイさん?これは一体———」
言葉を最後まで言い切る前に、体が揺れた。
「!?」
浮遊感を味わいながら、ズンズンと進んでいく。
そして、私の部屋へたどり着いた。
ボスッ
「うわっ」
ベッドの上に落とされ、その反動でバウンドする。
「え?え?」
すべてに混乱しながら、後ずさる。
しかし、ベッドの上に乗ってきたカイは後ずさった分……いやそれ以上に距離を詰めてきた。
ドサッ
「……っ」
とうとう押し倒され、カイが覆いかぶさってきた。
私の顔の横に両腕をつき、カイは上からジッとこちらを見つめる。
顔が近づいてきたその時。
ブーッ ブーッ ブーッ
「!」
「…………」
ポケットに入れていたスマホが鳴った。
一瞬緩んだ隙を逃さず、すぐにベッドから降りる。
そして、急いで電話に出た。
「はいっ!佐藤です!」
天からの助けに大喜びで飛びつき、いつもは嫌いな電話に嬉々として対応する。
電話の相手は中村さんだった。まるで天使のようだ。
……普段、あの人を悪魔だ魔王だと言っていることには目をつぶる。
しかし、その喜びも話を聞いていく中で消えていく。
「―――え、…………正気ですか」
『うん、正気だよ』
飄々とした中村さんは、やはり食えない人だった。
天使だと崇めたのは撤回する。
やっぱこの人、悪魔だわ。
「カイを私と同じ大学に編入させる!?」
振り返ると、私のベッドに腰掛けるカイがこちらを見ていた。
その目は……笑っていた。
どうやら彼にはすでに話がいっていたらしい。
「ぜっっったいにダメです!!」
『ああ、これは決定事項だからね』
「なんて日だ……!!」
今日は本当に厄日だ。
大学でいたらいけないカイと遭遇するし、女性陣には睨まれるし、カイが同じ大学に通うことになっているし。
『じゃあ、カイ君のサポートを頼んだよ』
「……え?いやちょっ―――!」
プツッ ツー ツー ツー
「切れた……!!」
とんでもないことを頼まれ、その場に蹲る。
不特定多数の他者がいる大学で、カイと一緒に過ごす……?
問題が起きることしか想像できない……!
そんな風に頭を抱える私を、カイは嬉しそうに見ていた。
カイにとっては、大事な飼い主との時間が増えたという認識。
彼が大学編入の話を聞いた時、中村のことを少し見直そうかと思ったほどだ。
「これで、もっと傍にいれられる」
わーわーとヘッドバンキングするまどかを、暗い暗い瞳が捕らえた。
『白亜』では「噛みつけば死ぬまで放さない」と評判だった自分を思い出し、カイは確信していた。これからもずっと、自分は彼女の傍にいるだろうと。