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10 任務前


 時を戻し、私……いや()()()がここに来た時のこと。






 海底都市。

 いわゆるアトランティスと呼ばれる場所は存在した。


「す、すごい…………!」


 時は遡り、例の要人と出会う前。

 

 私は海中のエレベーターで下に降りていた。

 透明な素材でできたエレベーターには、小魚が寄ってくる。


 壁に顔を張り付けていると、背中にずっしりとした重みがかかった。


「…………カイ、重い」


「そと、そんなにおもしろい?」


 幼げな口調で問われ、素っ気なくするのも気がひけた。

 私はエレベーターの壁にへばりつくのをやめ、カイと向き合う。


「いやぁ、こういうのは物語の中でしか存在しないって思ってたから」


 上を見ると、海面に反射した光が複雑に絡み合っている。

 その光の下で、様々な海洋生物たちが悠々と泳ぐ。


「ほんとに綺麗……」


「そんなに言うほどか?」


「…………」


 カイとは別の声が、感動中の心に水をさす。


「潜れば見れる景色だ」


「ソウ先輩、一旦黙っててくれません?」


「?」


 そうなのだ。

 現在、このエレベーターには3名が乗っている。

 

 壁際に立つ私、そんな私に後ろから抱き着いているカイ、そして我らがエースのソウ先輩。


「あ、これ中村さんからソウ先輩に———」


「頂戴しよう」


 光の速さで、サッと私の手の中から封筒を抜き取るソウ先輩。

 そして、その封筒をどこからか出してきたジップロックに入れた。


「ほんとにあなたは、中村さん狂信者ですね……」


「あの方の素晴らしさを、アンタはまだわかってないようだな」


「はいはい、そうですね……」


 ヤバい奴を見る目でソウ先輩を見ていると、お腹に巻き付いた拘束がきつくなる。


「うっ。……カイ、どうしたの」


「なんでもない」


 甘えるように頭を私の肩に擦りつけてくる。

 首筋に歯を当てられ、全身に鳥肌が立つ。


 ……時々、この人、野生の本能が出るんだよな。


 視線を前に向けると、へんた……ゲフンゲフン、ソウ先輩がジップロックの中にある封筒を恍惚とした顔で見ていた。


(このチーム、本当に大丈夫か……?)


 中村さんによって結成された任務遂行チームだが、人選を間違えている気がする。


 そして、一抹どころではない不安を抱えたまま、エレベーターの扉が開いた。














「じゃ、これで」


「え、ソウ先輩!?どこ行くんです!?」


 電脳的な雰囲気を纏う海底都市に入った途端、ソウ先輩が離脱発言をしてきた。

 この人はチームというものを知らないのだろうか。


「アンタはアンタが為すべきことを為せ」


「いやいやいや!私ほぼ初任務だから!」


 『白亜』という組織に偵察した任務は…………ノーカンとする。


 しかし、ソウ先輩は後ろ手で手を振って去っていく。

 引き止めようと走りだろうとすると、不意に彼が立ち止まる。


「ああ、そうだ」


「?」


 ソウ先輩が振り返る。

 そして、こちらを指差した。


「アンタは俺と来い」


「…………」


「え、カイですか?」


 向けられた指先は、カイを捉えていた。

 なぜか、ドラフト指名からもれたような物悲しい気分になる。


「断る」


「カイさん?」


 はっきりと断るカイに、目を丸くする。

 あれ?カイさん?あなた、今まで舌ったらずな喋り方だったような……。


「…………ことわる」


(なんだ、さっきのは聞き間違いか)


 安定のたどたどしい話し方に、安堵の息を吐く。

 まったく、子供が急に大人になったかのような気分になったよ。

 心臓に悪いなー。


「残念だが、それはできない」


 そう言ってソウ先輩は、何かをカイに見せた。

 私の方からは、先輩の背中しか見えない。

 一体何を見せているのだろうか。


「…………チッ」


(舌打ちした……?)


 初めて見るカイの悪態に驚く。

 しかし、初対面の時を思い出すとそう驚くことでもなかった。

 あの時のカイは、まさに“狂犬”の名に相応しい感じだったから。


(そう考えると、今のカイは私に遠慮してる?)


 親の仇を見るかのように先輩を睨み付けているカイ。

 視線で人を攻撃できるなら、先輩は今頃細切れになっていること間違いなし。


 ウンウンと頷いていると、カイがぱっとこちらを見た。

 そして、一瞬で鬼の形相からワンコな顔になった。

 あまりの表情管理に、背筋が寒くなる。


(カイにとって私は尻尾を振るべき人間ってことか)


 敵じゃなくなってよかったと改めて思うほどには、彼のさっきの顔はすごかった。

 

「…………」


 近くまで来たものの、無言でこちらを見てくるカイ。

 まるで「待て」をしている犬みたいに見えてきた。


「いってらっしゃい、カイ」


「…………」


「無事に帰ってきてね」


「!」


 欲しい言葉を得たのだろう。

 さっきまでの無表情とは一変して、満面の笑みで抱き着いてきた。


「くっ、くるしい……」


「うん!すぐかえる!」


「いや、焦らず、安全運転でね……」


「行ってくる!」


「はやいはやい」


 カイは私の身体を絞めるだけ絞めた後、秒でその場からいなくなった。

 その一部始終を見ていた人物は、私に釘を刺した。


「あまり情を移すな」


「………どういう意味ですか」


 ソウ先輩の方を見ると、彼は上を見ていた。

 彼の視線を追ってみると、視界が陰った。


 パッと上を見ると、巨大なクジラが都市の上を泳いでいた。


「アンタの世界は、息のできない暗い世界じゃないだろう」


 クジラを目で追いながら、彼の言葉を咀嚼する。

 つまり、カイの世界は暗い海底のような世界で、私はそこで生きられないということ?


「……もしかしたら、私が鰓呼吸できるようになるかもしれませんよ?」


 挑発的に彼へ視線を向けると、目と目が合った。

 その目は、私を見定めようとしていた。


「……フッ」


「あっ、ちょっと」


 睨み合いは、彼が視線を外すことで終わった。


 答えをもらえていない気分になった私は、文句を言おうと声を出す。

 しかし、一度瞬きをした間に、先輩はいなくなっていた。


「なんで二人とも、そんな動くの速いんですか……」


 機動力の差を感じつつも、私は一際大きい建物へ歩き出した。

 中村さんには、「とにかく大きい建物に行けばいい」と指示されていたから。


「いや、指示が適当すぎない?」


 ブツブツと文句を言いながら、私は一人心細く閑散とした大通りを歩いた。

 下に目を向けると、黒い大理石のような床に不安そうな自分が映った。

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