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9 任務



「ああ、彼に会ったんだね」


 迷い込んだ地下通路で起こった出来事を中村さんとカイに話した後。


 私はソファーでぐったりとしていた。


「あの人は一体誰なんですか……」


「ぐるぅ」


「はいはい、やりますやりますよ」


 止まっていた手を動かし、膝の上にある頭を撫でる。

 地べたに座ったカイが、ぐりぐりと私の膝小僧に頭を擦りつけてくる。

 …………骨と骨がぶつかっているけど、痛くないのだろうか?


「彼は、『ハエトリグモ』のエースだよ」


「へぇ~」


 おそらく、『ハエトリグモ』とは組織の名だろう。

 ここの組織以外にも、秘密結社があることを知る。

 それにしても…………名前ダサいな。


「ちなみに、私たちの組織の名前は『ハエトリグモ』だからね」


「…………」


 まさかの私が与している秘密結社の名前だった。

 …………ダサいとか言ってないし、思ってもないよ?


「いや、待って。あの人って仲間!?」


「うん、そうだね」


 確かに助けてはくれたが、とても身内に対する対応ではなかった気がする。

 めっちゃ雑に扱われたんだけど。


(…………いや、仲間だからこそ雑に扱われたとか?)


「彼の名はソウ。武器は刃物全般、銃、縄など様々なものを扱える組織きってのエース」


 中村さんが宙に手をかざすと、そこに画面が現れた。

 そこには、ソウという人物のプロフィールが映し出されている。


 顔写真もある。

 瞳の色は黒で普通だ。

 しかし、髪は茶色と黒と白が入り混じっていて特徴的だった。


「次の任務は、彼と一緒に遂行してもらうね」


「…………え゛」


 圧迫されていたことを思い出した内臓たちがざわめきだす。

 俵担ぎは勘弁してほしいんですが。


 自分のことで手一杯だった私は気づかなかった。

 

 カイが暗い瞳でこちらを見ていたことを———。
















 私に課せられた任務は、「ある要人の看取り」だった。


「…………カイ、大丈夫かな」


 ソウ先輩に連れて行かれた彼を思い出す。


 しかし、エレベーターが開き、気を引き締める。

 目の前には黒服のSPが壁際にぎっしりと立っていた。


「こちらへ」


 一人のSPに促され、私は長い廊下の奥へ向かった。






 様々なセキュリティを通過した後、辿り着いた先は質素な病室だった。


 ここが()()()()()()()ではなく、田舎の診療所だと錯覚してしまうほどには、質素だった。


 SPは部屋にいない。

 彼らは決して、この部屋に入ろうとしなかった。


(危険な感染症患者?)


 いや、そんなはずはない。

 感染を恐れるのなら、こんな閉塞的な場所で療養させるはずがない。


 カーテンで仕切られたベッドに近づく。

 そして、そっと中に入った。


「!」


 ベッドで横になっていたのは、一人の高齢女性だった。


 皺だらけの手には、点滴が刺されている。


「……ッ!?」


 突然の頭痛に襲われる。

 何かを忘れていると、誰かが警鐘を鳴らしている。


(試行錯誤———)


「!?」


(代わりはいくらでも———)


「……っ!」


(最後の———)


 あと一歩……。

 あと一歩のところで思い出せそうなのに……!


 頭痛と共に、脳内で響いた声も遠ざかってしまった。


「あなたは———誰なんですか」


 ベッドの住人は答えない。

 しかし、彼女は顔は少しだけ微笑んでいるように見えた。


 ふと、私はベッドの横にある机に目を向けた。

 そこには、大量の紙の束があった。


 自然と私は、それを手に取った。

















 サアアアァァァ—————


 海上は、酷く凪いでいた。


 目を閉じると、彼女の存在を下に感じる。


 グラッ


 ボートが揺れる。

 海面が揺らめき出す。


「……くる」


 ザアアアァァァーーーーッ!!!


『キイイイィィィィーーーッ!』


 高音を発しながら現れたのは、海竜を模った生命の()()()()()


 カイは空を仰いだ。

 舞い上がっていた海水が頬に降り注ぐ。


『ギュアアアアァァァッ!!』


『ギュアアアアァァァ!!』


 一体、また一体と海面から現れる、なり損ない共。


 二本の刃を腰から抜く。

 刃に映った瞳の奥では、十字が酷く燃えていた。


「失せろ」


 海底施設に通じる入り口を背後に、カイは守るべきものを背負った。




















「『時間遡行の理論展開に関して』」


 すべての資料が、『時間遡行』に関する検討だった。


 このベッドで横になっている婦人は、あの時間を遡れる秘密道具を発明した人だった。


「……ん?」


 最後の資料に、直筆の文字を見つけた。


『試行錯誤と言っているでしょう、%&’$』


「??」


 研究内容と関係なさそうな書き込みに、彼女の人柄が垣間見えそうで見えない。

 パラパラと紙をめくっていると、病室に劈くような警鐘が鳴り響いた。


 ビーッビーッビーッ


「!?」


 急いでドアへ向かった。

 取っ手に手をかけ、横にスライドさせようとする。


 しかし、ガチャンという音と共にドアが止まる。


「ロックされてる……!?」


 閉じ込められたのかと考えたが、それも違うと思い至る。


 この場所は施設の最深部。

 つまり、最も守りが固められている。


「……自分の任務に、集中しないと」


 今回の任務は、「看取る」こと。

 ベッドの横にある心電図は、比較的安定しているが弱々しい波形を刻んでる。


 …………いつ心臓が止まってもおかしくないだろう。


「…………」


 窓の外には、穏やかな空が映し出されている。

 すべてが人工的に整えられた部屋。

 そのすべてが、この人のためだけにある。


(なんで、こんなにすごい人を私が看取ることになったんだろう)


 窓に手を当てると、青空から夜空へと変わった。

 とても手が込んでいる部屋だ。


「…………ま…………どか」


「!!」


 微かな声がベッドから聞こえてきた。

 振り返ると、その人と目が合った。


 横になったままだが、彼女はしっかりとこちらを見ていた。

 そして—————微笑んだ。


「まどか」


「………!!」


 驚きで声が出なかった。


 彼女が知っているはずない。

 なのにどうして————私の名前を呼んでいるんだろう。

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