【13】無力化
「……成程、了解しました。それでは、また」
通話を切ったハバキは、首筋の張りを解くように深いため息をついた。
「どうだい? 」
「結局ほとぼりが冷めるまで『取引』は一時停止だと。異総対の動きについて聞き出せるかと思ったが、それも無理だった。本当に暇になっちまったよ……」
「今は動かない方が良いかもね。ハバキくんの怪我だって、完全に治ったわけじゃないし」
「そうだな。良い機会だし、この前サヤが見つけた物件見に行くか。デートだデート」
「了解! 予約入れとくね〜」
冬弥たちとの戦いから一週間が経過していた。
異外者特有の驚異的な治癒力のおかげで、致命的だった傷も今では痣程度にまで回復している。とはいえ完治には程遠く、ハバキはホテルで静かな療養生活を送っていた。
そして先の睦月 如月との通話によって、ようやく各方面への連絡そして情報交換が一段落ついたところだ。
「クラックするかい? 」
唐突に鵐目が聞く。手にあるスマホではメアリーが開かれており、準備万端といった風だ。
そしてこの場合のターゲットは、言わずもがな官公庁のサーバになる。
「前にも言ったが、ハイテクは必要最低限に抑えたい。今の時代、ちょっとでもしくじれば即カウンター決められて情報ダダ漏れ、速攻でスワッティングされちまうからな。無用なリスクは取らずに行こうぜ」
「信用無いなぁ〜! ボクとメアリーなら核戦争だって引き起こせるのに! 」
「時期が来たら減らず口も叩けないくらい活躍してもらうさ。ま、のんびり行こうや」
そこまで話したところで、ハバキのスマホへまた通話が掛かってくる。
表示名は『ナミケン』だ。
「はい、もしもし」
『ハバキか!? 今ち、ちょっとヒント欲しくてさ! 助けてくれ! 』
「異外者 ハントか。よし、まず状況を」
『山ん中、追われてる、相手は一人、変な飛び道具持ち、当たるとヤバそう! 』
通話の向こうから、ナミケンの激しい息遣いが聞こえてくる。それと異様な爆発音が。
「お前の推測は? 」
『毒のミサイルって感じかな!? 誘導するしラジコン操作も出来るっぽい! どうすりゃいいのコレ!? 』
「隙を見て反転、全速力で突っ込め。ミサイルは無視しろ、上手くやれば当たらん」
『オッケー分かったサンキュー! 』
ブツッ、と電話が切られる。
「それだけで大丈夫なの!? 」
サヤがあまりの速さに目を丸くする。
「ああいうタイプの異外者 は自爆を一番に嫌う。毒があるなら尚更な。それだけ理解すれば、後はアイツの戦闘本能に任せればいい」
それから程なくして、また電話がかかってきた。
『倒せた! 』
開口一番、ナミケンの勝利宣言だ。
「ナ〜イス。怪我は無いか? 」
『お陰様で。よくあの情報だけでミサイルが自分に近すぎると停止するって分かったな? やっぱお前すげぇよ! 』
「一般論だよ。やったのはお前だ、誇っていい」
『サンキューハバキ! 』
そのとき、ハバキはふと思い出したことを口にする。
「そういや、例の無力化手段について聞きたいことがあったな。この後時間あるか? 」
『あるぞ! そしたらウチ来いよ、住所送るから』
「了解、すぐに向かう」
ハバキは電話を切り、身支度を整え始めた。
「じゃ、ちょいと出掛けてくるわ」
「行ってら」「行ってらっしゃ〜い」
――
「……で、ここがお前の家と」
やって来た先には、とても人が住んでいるとは思えないボロ屋だ。所々剥がれた漆喰、腐りかけの屋根。狭い庭こそあるものの、年配の住人が死去した後の空き家としか見えなかった。
「中は割と綺麗だぞ? 見た目は……アレだが」
「家主はお前なのか? 」
「いや、俺と"ガサキさん"と"ぬ子"の三人で住んでる。一応ガサキさんが家主」
「俺については? 」
「もちろん秘密」
「よろしい」
謎の登場人物が増えたところで、二人は玄関をガラガラと開けて入る。
「帰ったぞー!」
「お邪魔します」
確かに、中は綺麗だった。全体的なイメージは平成初期のドラマっぽさを感じさせる。
「ガサキさんは今寝てると思う。ぬ子は知らね。アイツ野良猫みたいなもんだから」
「なんだそれ……」
ナミケンに案内され、リビングに入る。夏だというのにコタツが置かれており、上にはお菓子が散らかっている。
「好きに食いな!」
「どうも。――で、本題の無力化手段についてなんだが」
ミニバウムを食べながら、ハバキは話す。
「前に話したときは、スタンガンの遠隔操作とかだっけ」
「ありゃ駄目だったよ。通常の犯罪者ならまぁ使えんこともないが、異外者 相手には無理。やはり意識を失わせないとな」
冬弥達と戦う前に、ハバキは改造したスタンガンを『遠隔でぶち当てる』ことで相手を効率的に無力化しようとしていた。
だが異外者 は、四肢が動かなくても大体どうにかなる。頭で念じれば能力を発動できるからだ。もちろん能力の発動条件によって変わってくるが、意識喪失が一番効果的なのには変わりない。
「だがよぉ、オレが知る限りそんなうまい話はねぇぞ? 警察だって軍隊だって、みんなそれで苦労してんだから。テーザー銃だって効果無い時もあれば、死ぬ時もある」
「まあな。だが、俺は異外者 だ。しかもかなり汎用性の高い能力のな。物理的な現象は大体起こせるんだから、常識を取っ払って考えてくれ」
「うーん……」
せんべいをバリボリと齧りながら、ナミケンは思案する。
「――オレが気絶した時は、兜無しで面がクリーンヒットした時とかかなぁ」
「脳震盪か。一番最初に考えたやつだが、俺がやると頭蓋が砕ける可能性が高すぎて没になったな」
ハバキの能力は強力である。だが強力すぎる余り、そのコントロールにはとんでもない繊細さが要求される。
「ぬぁ。ただいま〜」
「あ、ぬ子帰ってきた」
玄関から間の抜けた少女の声がした。
「ぬ? お客さんなんぬ? 」
「……お邪魔してます(変な語尾……)」
小学生みたいな身長の少女が、ひょっこりと顔を出してくる。
特徴的なのはその語尾だ。ハバキはその短い人生で、あのようなイタい語尾は聞いたことが無かった。
「コイツはハバキ。俺の弟子。コイツはぬ子。ぬんぬん言うからぬ子って言われてる」
「どうも、弟子です……」
「あ、どうもなんぬ。いつもこのバカタレがお世話になっておりますんぬ」
呆気に取られながら、ハバキは挨拶した。
「んじゃ、ぬはこれで。お構いなく〜」
「一人称『ぬ』なのか!? 」
流石に我慢できず、ついに声が出てしまった。
そりゃ、変な語尾とそれ以上に変な一人称である。
声も出る。
「今の時代あんまそういうの馬鹿にしちゃいけないと思うんぬ」
「いや……え? これ俺がおかしいのか……? 」
「オレ自分のこと『ぷりちゃん』って言うババア見かけたことあるよ。それに比べりゃ屁でもねぇ」
「……そうか……? ご、ごめんな……」
ハバキは眉間に皺を寄せたまま、現代の言語感覚について自分の認識が古いのではないかと不安になっていた。
「で、何の話してたっけか……」
「ノーシントーがどうとか。アイツに聞かれたい話でもないし、ちょっと出るか。メシ探しに行こうぜ」
「どこだ? スーパー? 」
「そりゃオメェ、探すっつったら――」
――
「公園だろ」
「どうしてそうなる」
二人が来たのは近所の公園。本当に何の変哲もない公園だ。日も暮れかけて、今は人っ子ひとり居ない。
「いくらガサキさんが稼いでくれるとはいえ、ウチは貧乏なんでね。このオレの節約術を見せてやるよ! 」
ナミケンは大きなリュックを見せつけて、そう言った。
「ドングリでも探すのか? 」
「秋はな。今は時期的に無理。まずは……」
ナミケンは周りを探し、一匹の鳩を見つける。
リュックを降ろすと、リラックスした体勢でスっと鳩の背後に回る。
そのまま流れるように鳩を掴むと、鳴き声をあげる暇も与えずに首を捻った。
「ほいゲット。これで鳩汁が作れる」
「お前マジか」
突然の惨劇だったが、ハバキとしては驚きよりも呆れが先に来た。
鳥獣保護法とか雑菌の問題とかが頭を巡ったが、ナミケンの口振りから察するにこれは日常なのだろう。そしてこの軽犯罪でウダウダ言える資格は、大犯罪者には無い。
つまり、ハバキが口にするべきことは。
「……美味いのか? 」
これだけだ。
「もちろん。新鮮だからな! 」
ナミケンは屈託のない笑顔で答えた。
「正直ドン引きされるかとヒヤヒヤしたぜ」
「それはしてる。だがまぁ、より良く生きる為の狩猟なんだろ? 法律上は駄目だが、一々そんなことで目くじらは立てんよ」
「お前のそういうとこ、好きだぜ」
「いきなり鳩狩りはキツイだろうから、ホレ。そこの排水溝で食えそうなの持って来い」
「……ハァ。目利きは任せるぞ」
ポケットから取り出されたビニール袋を手渡されたハバキは、少し逡巡した後に大人しく向かった。
ハバキとしては、ある程度生物の見分けはつくが可食かどうかまでは分からないため、目につく生き物をひたすら拾い集めることになる。
「臭ぇし……何やってんだろうな、アラハバキともあろう者が」
出来るだけ触りたくないので『能力で拾い集める』。小さな貝なんかが、スポポポポとビニール袋へ吸い込まれていく。
「ナメクジって食えるか? まあ腹裂いてモツ出して火を通せばいけるか……ユーチューブで観たことあるし」
ナメクジやジャンボタニシも入っていく。
無心で集め終わった後、ナミケンの元へ戻った。リュックの中を見るとビニール袋で二重になっており、その中には鳩が数羽、あといくつかの草が入っている。
ハバキは少し泥の付いたビニール袋を差し出した。
「集めたぞ」
ナミケンは中身を確認すると、満足げに頷いた。
「おお! そんなに持ってくるとはやるなハバキ!」
「ゲームのサブクエめっちゃ頑張った気分」
「お疲れさん。せっかくだし晩メシ食ってけよ」
「そうさせてもらうわ」
拾得物を渡して、二人は帰路に着く。
帰り際、ハバキは念の為にレオンへ連絡した。
――
「結局、話は進まなかったな」
ナミケンと共に料理を作る中、ハバキは口を開く。
「どっちも無心で集めてたからなぁ。でも一応考えてたぜ? この後オレが竹刀で叩いてやるからさ、それで気絶するレベルの衝撃を体で覚えるとかどうだ? 」
「個人的には、もっとスマートなやり方がありそうなんだが……衝撃による脳震盪がやっぱ最適解なのかねぇ」
考えを巡らせながら、ハバキは羽の毟られた鳩を無意識に手際よく捌いていく。
しなやかな指使いで部位を分け、刃を入れる度に肉が綺麗に分かれていく様子は、どこか不釣り合いなほど優美だった。
「味噌取って」
「ほらよ」
ハバキは『能力で味噌をナミケンに持っていく』。
「鳩焼いといて。よく焼きでな」
「へいへい」
フライパンに油を敷き、鳩肉を入れて蓋を置く。
「まな板洗ったら豆腐と草切って」
「これ何の草? 」
「知らん。でも美味いぞ」
スイバかな? と考えつつ、冷蔵庫から絹豆腐を取る。
ふと「豆腐の食感って脳に似てるらしい」という雑学が頭に浮かんだ。ゲテモノ料理を作っているからだろうか。
「お前って脳味噌食べたことある? 」
「あるよ。豆腐と白子足した感じで美味いぞ」
「やっぱ豆腐みたいなのか……」
そのとき。
「――あ」
ハバキの脳内に電流が走った。
「どうした? 」
「思いついた! 」
そう言うと、ハバキは豆腐に指を当てる。
「脳震盪は脳が振動することによって引き起こされる。つまり、こうやって微細な振動を与えてやれば……! 」
ハバキは『豆腐に対してとても小さく、細かい振動を与える』。
豆腐はブルリと震えた。見た目には何も変化が無いが、だからこそハバキはかなりの手応えを感じていた。
「確実に脳震盪が起こせる。最小限のダメージで、確実に相手を無力化出来る! これだ、これしかない! 」
ナミケンはそれを見て、湧き上がるように喜んだ。
「あぁ……いや、全然ある。使えるぞこれ! やったなハバキ! 」
二人はハイタッチする。しかしその衝撃からなのか、豆腐はペチョっとへたれてしまった。
「脳ミソも、こうなる……? 」
「……ま、練習は必要だな」
二人は沈黙のまま、形を失った豆腐を見つめ続けた。
「……お前で練習していいか? 」
「怖いこと言うなよな!? 」




