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極道と慰謝料

「オヤジ、酒だっ」


肘を乗せてカウンターに寄り掛かった石動は、身をかがめ、中に隠れているバオカに向かって酒を注文した。


「はははっ……」


隠れているのがバレていたことに苦笑しながら、バオカが首を出して、ホールを覗くと、屈強な荒くれ者であるはずの大の男達、約二十名が、顔をパンパンにらせて、床に正座させられていた。


「いいかっ、てめえらっ……」


向き直って、男達を見下ろした石動は、説教をはじめる。


-


その異様な光景、ヒリヒリと肌に焼け付くような緊張した空気、プレッシャーに耐え切れず、いたたまれなくなったバトゥコタは、ちょっと残念なの本性を垣間見せる。


「ちょっ、ちょっと、あたしも正座するわ……」


石動に暴言を吐いたという後ろめたさが、彼女のメンタルの極限を超えてしまい、天然の、残念な思考に拍車を掛けている。


「うっ、うん、あたしも、さっきから手足に力が入らないの……もうこれ以上、立ってられないわ……」


そう言うと、力なく尻もちをつくように、その場に崩れ落ちるズッチィ。彼女もまた、緊張が度を越し過ぎて、逆に、体に力が入らなくなっていた。


「そうかあっ、じゃあ、僕も、座ろうかな、座ってたほうが楽だし……」


ムゥジャだけは、相変わらずの鈍感パワーを発揮して、呑気そうなまま。


こうして、石動のクライアントであるはずの三人組までもが、何故か、床に正座して、説教されていた。


-


「てめえらのせいでなあっ、俺のクライアントが、大怪我をしちまった……」


その言葉を聞いた冒険者一同は、誰しもが同じことを思った。


『俺達のほうが、よっぽど大怪我なんですけどっ!!』


もちろん、そんなことを言い返せるはずはない。



「それだけじゃあねえっ、心にも深ーい傷を負っちまったっ」


「こりゃあっ、ちょっとやそっとで、治せるもんじゃねえっ」


「これを完治させるには、そりゃあっもう、莫大な治療費が掛かるってもんだっ」


やはり、正座させられている冒険者一同は、同じことを思う。


『俺達のほうが、よっぽど治療費かかるんですけどっ!!』


確かに、石動に殴られた冒険者達のほうが、よっぽど大ダメージで、どちらかと言えば、こちらのほうが、莫大な治療費を取れそうなものだが、もはや、そんなことを言い出せるはずもない。


今、彼等にとって、最も重要なのは、いかに殺されずに、この場を生き残るか、それに尽きる。


結局、最終的には、力がすべてをねじ伏せる世界なので、強い者に従うより他に生き残る術はないのだ。



「心に深いトラウマが出来ちまったんだから、心療内科に通院して、セラピーだって受けなくちゃならねえ、それも何年にも渡ってだっ……」


これまで自分が居た、前世の用語と倫理観、理屈を駆使して、強引なイチャモンを展開し続ける石動。


異世界に転生してもなお、郷に入っても郷に従わない、自らの道理と信念を貫き通そうとする、それが石動不動という男だ。


ここでも、やはり、みなの心は一つになった。


『なっ、何を言ってるのか、全く分からねえっ!!』


メンタルケアなどあろうはずもないこの世界。それどころか、治療はヒーリングと薬に頼っているので、そもそも、この世界には、医学、医術、医療の概念が欠落している。


そんな世界の住人が、石動の言っていることを理解出来るはずもなく。その、何を言っているのか分からないところが余計に、石動のヤベエ奴感を、際立たせていた。


こちらの世界で例えるなら、電車の中で意味不明な事を、大声で叫んでいる男が居て、さらに、そんな男に自分の生死が委ねられている、冒険者一同からすれば、それぐらいのヤバさだ。


-


ただ、話がよく分からないのは、冒険者達に限ったことではなくて、石動を雇ったクライアント、つまり、本来、慰謝料を請求しているはずの本人達にすらも、石動が何を言っているのかは、全く意味不明だった。


「ねえねえっ、セラピーって、なんなのっ?」


バトゥコタは小声で、横に座る、仲間二人に尋ねる。


「うん、名前からして、ピクシーの親戚? 妖精とかじゃないかなぁ」


「いや、もっとすごい、大精霊様かもしれないよ」


そっちの方向性で、強引に解釈しようとするならば、話に何の脈絡があるはずもなく、石動は、それはもう、単なる頭がおかしい男にしか思えないことだろう。


-


「つっ、つまり、どっ、どうしろとっ?」


石動の長い話が、一旦途切れたところで、冒険者の一人が、勇気を出して切り込む。


『ナイスだっ! よく言った!』


心の中で、拍手喝采を送る冒険者達。話が長過ぎて、いい加減、足も痺れていたところ。


そして、前置きが長かった割には、石動の答えはシンプルなものだった。


「てめえらっ、有り金、全部だせっ」


この一言だけは、この世界の冒険者達にも、よく分かった。


『最初から、そう言ってくれよっ!!』


-


「てめえらっ、しけてやがんなあっ、これで全部かっ?」


集められた冒険者達の有り金、貴金属や宝石類、そのすべてを前にして、石動は渋い顔をする。


「これじゃあっ、全然、足らねえなあっ」


「なあっ?」


クライアントである三人組に、石動は同意を求める。


「あっ、ははっ……」


石動が怖くてNOとは言えないし、冒険者の男達にこれ以上恨まれるのも怖い、もはや、バトゥコタは、曖昧な愛想笑いを浮かべて、誤魔化すしかない。本来、クライアントであるはずなのにも関わらず、何故か、ストレスで、キリキリと胃が痛む。


そして、再び小声で、仲間二人に愚痴る。


「もう、お金とかどうでもいいから、早くここから、逃げ出したいんですけど」


「うん、あたしも、多分もうじき、心臓が止まると思う」


「うーん、結構な額になると、僕は思うんだけどなあ……」



正直なところ、まだこの世界の貨幣の仕組みすらも、よく分かっていない石動。目の前に置かれた有り金が、一体どれぐらいの額、価値に相当するのかは、全く分かっていなかった。


それでも、こういう時は、とことん絞り取るのが石動の流儀、まだまだ容赦はしない。


「まぁっ、仕方がねえなっ、武器とか防具とか、ついでに服とか、金に換えられそうなもんも、全部出せっ」


言われるがまま、仕方なく服を脱ぎ、下着姿になる冒険者達だったが、口角を上げてニヤリと笑う石動が、さらに追い込みをかける。


「おいおいっ、てめえら、この世界じゃあっ、パンツは服に入らねえのかっ?」


「まぁっ、あれだな、てめえらの使用済みパンツが売れるとは思えねえがっ、この際ついでだ、パンツも脱いどけっ」


「ええっ!!」


冒険者達には『ついで』の意味がよく分からない。


「まぁっ、あれだな、俺のクライアントが、全裸にかれてんだっ、てめえ達にも、同じ目にあってもらわねえとなっ」


それを聞いていたバトゥコタとズッチィ。


「いやいやっ、全裸にはされてないですけどね」

「うん、ちょっと、話盛ってる」


仕方なくパンツを脱ぐ冒険者達を前に、顔を真っ赤にして、目を逸らす。


アロガ王に続き、また、ここでも、石動に身ぐるみを剥がされ、全裸にされてしまった被害者の会が誕生してしまった。


-


「これでもまだっ、全然、足らねえなあっ」


目の前にある物の価値が全く分かっていないのに、さらにまだごねようとする石動。


「まぁっ、仕方がねえなっ……」


ようやく諦めてくれる、これで解放されると、勝手に思い込んで、勝手にホッと胸をなで下ろす冒険者達。


だが、石動はそれほど甘くはなかった。


「てめえらっ、ここのギルド、家探やさがししろっ」


「まぁっ、あれだろっ、こんだけ儲かってんだっ、どっかに金を隠し持ってんだろうし、探しゃあっ、まぁっ、どっかから金庫とか出て来んだろっ」


「ええっ!!」


有言実行、石動は、このギルドを、本気で潰す気でいるのだ。


その言葉を聞いた一同全員が、やはり、同じことを思っていた。


『それってもう、単なる強盗ですよねっ!?』


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