極道と冒険者たち
背を向けたまま、宙を浮いた男が、酒場のドアを押し退けて、店の中へと入って来る。
宙吊りにされた男が移動して来る、その異様な光景に、騒がしかった酒場は、水を打ったように静まり返った。
冒険者ルカビの顔面を鷲掴みにしたまま、片手一本でぶら下げて、酒場へと戻って来た石動。
ムゥジャをいたぶっている荒くれ者達に向かって、手に掴んでいるルカビの体を、投げつけた。
ぶつけられた男達数人は、その勢いに耐え切れず、そのままドスンッと、床に尻餅をつく。
「てっ、てめえっ! 何しやがるっ!?」
石動の怪力を目の当たりにして、さすがに、若干怯んでいる。
「ふんっ」
「てめえらみてえなっクソ雑魚がっ、子供いたぶってるとか、虫唾が走って、反吐が出ちまうなっ」
「なっ、なんだとっ!?」
それでも、煽られれば、やはり、頭に血が昇る。
「さっき、クライアントから、『冒険者退治』のクエストってえのを、依頼されてなっ」
血気盛んな男達が、喚き散らす。
「てめえ、何言ってんだっ!?」
「俺達を、退治しようってえのかっ!?」
中には、比較的冷静に反論する者もいたが。
「ギルドを通さねえクエストの依頼なんざっ、認めらんねえぜっ」
「そういう、システムなんだぜっ!?」
それもまた、石動の地雷であった。
「はっ、おめえらっ、冒険者名乗ってるくせに、システムとやらに、飼い慣らされてやがんのかっ」
誰かに都合がいいようにつくられたシステム、そんなものに縛られ、支配されることを、石動は極端に嫌う。
「そんな、仕組みなんざあっ、クソくらえだなっ」
「俺が、そんなもん、ぶっ壊してやるよっ、ここのギルドってえのも、ぶっ潰してやろうじゃねえかっ」
煽られた冒険者達は、石動から売られた喧嘩を買って出る。
「上等だっ! やってやろうじゃねえかっ!!」
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「みんな、無事みたいでよかった」
石動の後をついて、酒場に戻って来たバトゥコタとズッチィの姿を見たムゥジャは、とりあえず、ほっとする。
「あんたこそっ、全然、無事じゃないじゃない」
「うん、ボロボロ」
そう言ったムゥジャこそ、冒険者達にボコボコにされ、顔がパンパンに膨れ上がっている。ほぼ、まん丸だ。
そもそも、仲間の女子二名が、服をボロボロに破かれて、あられもない姿で戻って来たというのに、無事だと言い切るのが、おかしな話であり、余程の鈍感なのか、それとも実は、こう見えて大物なのか、どちらかだとしか思えない。
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ヒュッ!! ヒュッ!!
ナイフ使いが投げた、二本のナイフ。
石動はこれを、左の腕で防御した。ナイフが腕に刺さりはしたが、石動からすれば、この程度はかすり傷に過ぎない。
筋力五倍の瞬発力で、瞬時に、ナイフ使いとの間合いを詰めた石動。
「ほらよっ、ナイフ、返してやるよっ」
ナイフが二本刺さった左手で、石動はナイフ使いの顔面をぶん殴った。抜いて投げ返す、そんなことすら面倒だと言わんばかりに。
ガッシャン!!
酒場のテーブルと椅子に激突し、これをひっくり返して壊すナイフ使い。テーブルの上に置いてあった酒が飛び散る。
「おいおいっ、どうしてくれんだよっ? 酒で、俺の服が台無しじゃあねえかよっ?」
次に、左右、両の手で、向かって来る男達の顔面を鷲掴みにすると、その体を、まるでヌンチャクのように振り回して、敵に叩きつける。
さらに、回転しはじめて、手にしている男達を、そのまま、敵に向かって放り投げた。
ガラガッシャン!!
今度は、酒の棚に激しくぶつかり、やはり酒を撒き散らす。
「おいおいっ、てめえら、酒がもったいねえじゃねえかよっ、ちったあっ、気をつけてぶつかれよっ」
もはや、言っていることも、やっていることもメチャクチャ。こうなるともう、手がつけられない。
この場に居る連中を、手当たり次第に、次々と、殴り飛ばして行く石動を前に、圧倒的に形勢不利、旗色の悪い冒険者達。
後で、ここの連中から、慰謝料と称して、金を巻き上げなくてはならないため、命までは取らない。これでも、手加減しているほうではあった。
「おっ、おめえっ、誰のお陰で、この町が安全だと思ってやがるっ?」
少しでも、自らの正当性を振りかざそうと、男達は、得意のセリフを持ち出して来る。
「そっ、そうだぜっ、俺達が、この町の安全を守ってやってんだぜっ?」
「はぁっ?」
だが、石動には、そんな理屈は通用しない。
「そんなこたあっ、流れ者の俺にはっ、知ったこっちゃねえっ!!」
「えぇっ……」
後先をまるで考えない、その身勝手な石動理論には、無法の限りを尽くす冒険者達ですら、ドン引きしてしまう。
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「あわわわっ……」
その光景を見たバトゥコタは、手を口に当て、内股でガクガク震えている。
「どっ、どっ、どうしようっ?」
震えた声に、青ざめて泣きそうな顔。
「あたし、さっき、この人に、インポ野郎とか、言っちゃったんですけど」
ズッチィもまた、顔面蒼白だ。
「うん、あたしも、ロリコン、ド変態って、言っちゃった」
さっきまでは、威勢がよかったのに、実は意外と小心者だった女子二名。
「……あっ、あたしっ、おしっこ、ちびりそうなんですけどっ」
「うん、あたしも、さっきから、動悸と目眩がする」
こうなればもう、都合のいい妄想にすがるしかない。
「この人、ドMだったりしない、かなっ?」
「うん、若い女子に罵られて、喜んでくれる、ド変態だと、ありがたいかも」
変態と罵っておきながら、今となっては、本当にド変態であることを願うしかなかった。
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バーテンダーのバオカは、早々に身を屈め、カウンターの内側に身を潜めて、隠れている。
「おかしな野郎だとは、思っていたが……まさか、こんなヤベエ奴だったとは」
店員であるにも関わらず、暴れる石動を止めようとすらしない。自分程度が止められるものではないと、最初から分かっているからだ。
「ちゃんと接客しといてよかったな、これ」
店内に入って来た時から、石動が只者ではないことを、見抜いていた唯一の人物。
冒険者達は、その力量差を完全に見誤った、もしくは、多勢なら何とかなると思っていたのだ。それが分からなかった時点で、やはり雑魚ということになるのだろう。
「やっぱ、接客マニュアルって、大事だわ」
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しばらくすると、酒場の床は、倒れている冒険者で、埋め尽くされていた。石動に殴られて、顔をパンパンに腫らし、呻き声を上げている男達。
店内に沢山あったはずの、テーブルや椅子も、すでに原型はとどめておらず、ただの廃材へと変わり果てている。
その中に、ただ一人立つ石動。
クライアントは、入り口付近に、三人で固まって、怯えてすらいる。
だが、石動の仕事はこれで終わりではない。これはただの荒事で、本当のシノギは、むしろここからだと言っていい。
倒れて動けない冒険者達を、容赦なく、石動は恫喝する。
「てめえらっ、全員、床に、正座しろっ」