極道と新米冒険者
ドンガラガッシャン!!
先頭に立ち、酒場に入って来たムゥジャは、チンピラ風情の冒険者ルカビが出した足に、見事に引っ掛かり、蹴つまづいた。
それも、ただ躓いただけではなく、周囲も巻き込んで、かなり派手な転倒。
片足でケンケンしたまま、二歩三歩進んで、頑張って耐えてはいたが、最終的に、客である冒険者達のテーブルをひっくり返して、見事にすっ転んだのだ。
倒れたテーブルの上に乗っていた酒は、辺り一面に撒き散らされて、冒険者達の衣服を濡らす。
そして、それは、足を出した張本人であるルカビにも、引っ掛かっていた。
「てめえっ、何しやがんだっ!」
ここぞとばかりに、大きな声で恫喝する、冒険者ルカビ。
「すっ、すいません……」
謝りながら、まだ床に倒れているムゥジャに、バトゥコタとズッチィが駆け寄る。
「きゃっ!!」
と、同時に上がる、バトゥコタの短い悲鳴。
「ちょっとぉっ! お尻、触んないでよっ!!」
「ヘヘヘッ」
ルカビが、バトゥコタの尻を撫でたのだ。
「アッハハハハハッ」
そのやり取りに、冒険者の男達は大喜び。
セクハラの概念なんぞ無いこの世界。女が一人、冒険者達に拉致されても、大した問題にならないぐらいの倫理観なのだから、致し方ない。
-
女子二人に支えられて、立ち上がったムゥジャが、二歩ほど前に進むと。
ヒュッ!!
今度は、空気を裂くような音。
やはり、ムゥジャの目の前を、ナイフが飛んで行った。
「おぉっ、悪りぃなっ、ちょうど今、ナイフ投げの練習を再開することにしたところだっ」
「アッハハハハハッ」
酒場の冒険者達が、再び、声を上げて笑う。
「あーあっ、惜しいなっ、また、外しちまったっ」
そんな野次すら飛び交う。
「ああっ、そうなんですねっ、練習の邪魔になってしまって、すいません」
そう言いながら、壁に刺さったナイフを取ろうとするムゥジャ。
「おぉっ?」
酒場には、一瞬で、緊張感が走る。投げた男は、ナイフをヒュッと投げ返されるだろうことを予想して、身構えた。
ムゥジャの出方を、酒場の冒険者一同が、固唾を吞んで見守る。
「痛っ」
だが、指を切ってしまい、痛がるムゥジャ。
「アッ!ハハハハハッ!」
酒場の男達は、大爆笑。それまでの緊張感が、まるで台無し。
「なんだっ、このマヌケはっ!」
「こんなっ、マヌケッ、見たことねえぜっ!」
バトゥコタとズッチィが再び、指から血を流しているムゥジャに駆け寄る。
「ちょっ、ちょっと、血が流れるじゃないっ、余計なことしようとするからよっ!」
「うん、いつも、余計なことしようとするよねっ」
「ナイフを渡してあげようと、思ったんだけどなぁ」
頭をかきながら、照れ笑いをしているムゥジャ、やり返す気などは、全くなかった様子だ。
「今日は、つくづく、変な野郎が、よく来る日だなっ」
冒険者のその一言に、石動も、つい思わず、ぴくっと反応してしまう。
――おうっ、なんだか、ついでに、俺までディスられてやがんなっ
三人組の様子を見ていた石動も、さすがに、呆れていた。
――おいおいっ、なんだっ、こいつはっ?
いわゆる、天然って奴かっ?
まぁっ、そうでもなきゃ、こんなとこに、女二人連れて、堂々と入って来るなんて、正気の沙汰じゃあねえけどよっ
それにしてもだっ……なんで、こんなマヌケが、この世界で、今まで生きて来られたんだっ?
それが石動にとっては、一番の疑問だった。
この、生きて行くのもやっとであろう、過酷な環境下で、このオトボケ三人組が、ここまで生き残って来られたのが、もはや不思議でならない。
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やっとの思いで、何とかカウンターまで辿り着いたムゥジャ達は、バーテンダーのバオカに向かって言う。
「あのぉっ、冒険者ギルドに、登録しにやって来たんですけどぉっ」
その言葉を、冒険者達は嘲笑う。
「アッ!ハハハハハッ!」
「こんなっ、マヌケがっ、冒険者だとよっ!」
「俺達も、随分と、低く見られたもんだぜっ!」
「でもっ、モンスターの釣り餌には、ちょうどいいかもしねえなっ!」
一々、ムゥジャを弄って笑う冒険者達だったが、当の本人は、そんなことは、一向に気にしていない素振り。多少、鈍感なのかもしれない。
「ギルドマスターは、今留守だから、ちょっと待ってな」
カウンターの中から、そう答えるバオカ。受付嬢もいないため、ギルドマスターに直接言う、それがここのスタイルなのだろう。
「何か、飲むかいっ?」
尋ねたバオカに、今度はムゥジャが答える。
「じゃあっ、僕は、ミルクで」
「アッ!ハハハハハッ!」
そこで、何度目かの爆笑。
「『ミルク』、だってよっ!」
「『僕』、だしなあっ!」
もうここまで来ると、冒険者達は、野次り放題。
「おいおいっ、僕ちゃん、まだ、ママのおっぱいが恋しいんじゃあないんでちゅかあっ?」
「お仲間のお嬢ちゃん達のおっぱいでも、吸わしてもらったらどうだいっ?」
「なんなら、代わりに俺らが、吸ってやってもいいんだぜっ?」
「ウッへヘヘッ」
「イッヒヒヒッ」
何故か、そこだけは、爆笑ではなく、下卑た陰湿な笑いが、室内にこもる。いろいろな意味で、やる気満々だ。
その会話に、石動だけは、全く違うことを考えていた。
――おいおいっ、ミルクなんてあんのかよっ
下手にクソマズイもん飲まされるよりは、ミルクが安牌なんじゃねえかっ?
伊達に、身長が二メートル五十センチもある訳ではない、昔、石動が牛乳を飲みまくっていたのは間違いない。
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カウンター席に並んで座るバトゥコタとズッチィを、舐め回すような、いやらしい視線で眺めていたルカビが、周囲の男達に、目配せをする。
これに呼応するように頷く、飢えた獣達。
「おめえのせいで、酒を掛けられた服が、台無しになちまったじゃねえかっ」
カウンターまで行き、ムゥジャに、そう難癖をつけると、ジロリとバトゥコタとズッチィのほうを見やる。
「こりゃあっ、弁償してもらわねえと、いけねなあっ、あぁっ?」
ルカビの仲間である四人の男が、ムゥジャ達三人組を取り囲んだ。
「冒険者の大先輩である俺達がよおっ、こういう時の詫びの入れ方ってえのを、教えてやんよっ」
バトゥコタとズッチィの肩に肘を乗せ、先輩風を吹かせるルカビ。
「とりあえず、表で、話そうじゃあねえかっ」
「きゃっ!!」
バトゥコタとズッチィの腕を掴み、力ずくで無理矢理に連れて行こうとする男達。
「ちょっ、ちょっと、待ってくださいっ」
「うるせんっだよっ!!」
これを止めようとしたムゥジャは、ルカビに突き飛ばされ、再び、ホールのテーブルをひっくり返して倒れる。
「てめえっ、またかよっ!」
この光景を見ていたホールの冒険者達は、今度は、ムゥジャを蹴飛ばした。
「さすがに、二回目じゃあっ、笑って許してやれねえぜっ?」
ホールで、ムゥジャが玩具にされている間に、バトゥコタとズッチィの女子二人は、あっという間に、ルカビを先頭にする男五人に拉致される。
そんな騒ぎの中、石動は、目の前に残っていた酒を飲み干した。
「あーあっ、まったく、見てらんねえなっ」