第13話 夏の夜の海岸で ❸
「あ、うっしーとみこっち先輩みっけー!」
今までのお喋りから一点、静かに寄り添っていた時、背後から元気のいい声が飛び込んできた。
振り返るまでもなくそれはあさひの物で、タタタッと駆け寄ってくるのがわかった。
「ねぇねぇ、暑いから一緒にアイスでも買いに行かない?」
俺たちのことなどお構いなしに勢いよく飛び込んできたあさひは、ソファの背越しに俺たちの間に頭を突っ込んできてそう言った。
そのまま俺と未琴先輩の肩を合わせて抱いて、ニカッと朗らかに笑顔を向けてくる。
二人揃って少しびっくりしたけれど、そのあまりの悪気のなさに未琴先輩も特に嫌そうな顔はしなかった。
「別にいいけど、ならみんなで一緒に行った方ががよくないか? 外まで行かなきゃだし」
この海の家はホテルや旅館じゃないから、自販機はあっても売店はない。
買い物をしたいならビーチからちょっと出た先にあるコンビニ行くしかない。
いきなりの登場に驚きながらもそう返すと、あさひは首を横に振った。
「それが、今かぁちゃんが髪乾かすのに大苦戦しててさ。まだしばらくかかりそうなんだよね」
「あぁ……安食ちゃん、髪長いしなぁ」
「そうそう、長いし多いから。ドライヤー二つあったから姫ちゃん先輩が助太刀してんだけど、すぐにはおわんなさそうだし。二人の分は買ってきてあげよっかなって。待ってたら暑くて干からびるも〜ん」
そう言うと、あさひは体を起こしてTシャツでバサバサと体を煽いだ。
風呂上がりで余計に体が熱っているのか、その薄褐色の肌には汗が滲んでいる。
こちらの目を憚らずに思いっきりシャツを捲るものだから、つるっとした腹がチラチラ見えた。
そんな彼女を見ていたら今まで扇風機で誤魔化していた暑さを思い出してきて、俺と未琴先輩はあさひの提案に乗ることにした。
「そういえば、あさひちゃんは尊くんの魅力はなんだと思う?」
海の家から出て徒歩五分ほどのところにあるコンビニへと繰り出して、各々好きなアイスやついでにお菓子なんかを買って。
早速アイスを食べながら帰る道すがら、未琴先輩は唐突にそんなことを言った。
あまりにいきなりのことに、あさひはポカンと彼女を見返す。
「いやね、尊くんは今まで全くモテなかったみたいだから。そんな彼を好きになったあさひちゃんは、どこに惹かれたのかなって」
「えぇー、急にそんなこと聞かれてもなぁ〜」
どうやらさっきの俺との話の続きのようだ。
あさひは飲むタイプのアイスをちゅーちゅー吸いながら、ポリポリと頰を掻いた。
「アタシはフィーリング系だから、はっきりこれってのはない方なんだよね。うーん、そう改めて聞かれるとパッと出てこないかも。確かにうっしー、モテる系じゃないしなぁ」
「もしかしてみんな、実は俺のことなんて好きじゃないんじゃないか?」
さっきの未琴先輩といい、事実とはいえみんなその辺りの評価がシビアすぎる。
いくら俺がモテない男子だとしても、好きになってくれたのならなんかあってもいいだろうに……!
太々しくもそういじけていると、あさひはケラケラと笑いながら俺の背中を叩いた。
「拗ねんなってぇー! 別に良いとこないとは言ってないじゃん。ただ万人受けするようなわかりやすいモテ要素がないだけでさ〜」
そんなフォローになってるのかなっていのか微妙なことを言いながら、あさひはムムムと眉間に皺を寄せた。
そんなに悩まなきゃ出てこないのかとまた言いそうになったけど、彼女の感覚をなんとか言葉にしようとしているんだろうとポジティブに捉えることにして、俺は黙って待った。
「まぁあれだよ。うっしーは、その……良いやつなんだよ!」
「散々悩んで絞り出した言葉がそれかよ」
不安定な言葉を勢いと元気で誤魔化すように口にしたあさひに、俺は落胆を隠せずにツッコんだ。
良い人とか優しい人とか、そういうふわっとした褒め言葉は、大抵褒める要素がない時に使われるものだろうに。
俺の隣で未琴先輩も訝しげな視線を彼女に向けている。
あさひは慌てて「ちがうちがう」と手をぶんぶん振った。
「別に言葉に困ってテキトー言ったわけじゃなくってさ。確かにうっしーは頼りないことも多いけど、でも誠実さは誰にも負けてないと思うんだよね。うっしーはいつだって真っ向から向き合ってくれるんだ」
「真面目そうっていうのも、中身のない褒め言葉の典型の一つだぞ」
「いんや、別にうっしーは真面目キャラではないっしょ。そこはぶっちゃけどーでもいい」
予防線を張った俺に、あさひはケロリと笑ってそう言った。
「この間アタシがいけないことしちゃった時だって、うっしーはアタシの気持ちをちゃんと見てくれた。見放さずに、正面から向き合ってくれた。いきなり好きって言ったアタシたちに、ちゃんとまっすぐ答えようとしてくれてる。アタシはうっしーのそんなところが魅力かなって思うんだよ」
少し恥ずかしそうに、でも迷いなくそう口にするあさひ。
その目はまっすぐと俺に向けられていた。
「もちろん、実際に好きだなって気づいた時、そこまで細かいことは考えてなかったけどさ。後から思い起こしてみたら、その辺りかなぁって。普段アタシが絡んだり、部活の手伝い頼んだりしてた時も、目先のことじゃなくてこっちの気持ちに応えてくれる。それが一緒にいて気持ちよくて楽しい、良いやつだって思えるんだよきっと」
「そ、そうか……」
その辺りのことは自分ではあんまりよくわからない。だって別に、深く考えて行動しているわけじゃないから。
でも思いの外シンプルに褒めちぎられて、不覚にも照れてしまった。
そこまで自分が殊勝な男だとは思わないけれど、お世辞だとしてもそう評価されることは嬉しく思える。
ただまぁ、そこまではっきりと誠実だと言ってもらえるほどに自分自身が行動できているかといえば、怪しい気もしなくもないけれど。
「もー、こんなこと言わせないでよみこっちせんぱーい。恥ずいじゃーん」
「ごめんね。でも結構納得できたし、参考になったよ。ありがと」
やや赤らんだ顔をパタパタと手で扇ぐあさひの悲鳴に、未琴先輩は淡々と返した。
そんな彼女は、俺の真似っこをして買ったアイスキャンディをちまちまと口にしながら、興味深そうに俺へと視線をずらす。
「そうだね。確かに尊くんにはそういうところがある。私にも心当たりがあるよ。そこが君の魅力の一つ、ということなんだね」
「そう評価してもらえるのは嬉しいですけど、改まって言われるとかなり恥ずかしいですね……」
「ただまぁ、そこが君の欠点でもあるかな。その誠実さは、君の弱腰からきているとも言えなくないし」
「ぐうの音も出ませんね、それは」
今の未琴先輩との関係は、俺が彼女の気持ちに責任を持って応えたいと思ったからだ。
でもそれは確かに、彼女の気持ちに俺がビビってしまっている結果ともいえなくない。
俺がもう少し恋愛ごとに強気な姿勢でいられたなら、俺はこの魅力的な先輩の声かけに二つ返事で答えていたかもしれないから。
彼女の気持ちに答えを出しあぐねて、あまつさえ他の子たちの介入を許すような状況には、きっとならなかったんだ。
「でも、私もあさひちゃんも、君のそんなところをいいと思ってる。それはきっと、楓ちゃんも真凛ちゃんもそうじゃないかな。だから君は、もうちょっと強気で良いんだよ」
「えっと……それはつまり……?」
「今までうまくいかなかったことなんか忘れちゃえってこと。今は、私たちと恋してるんだからね」
突然のフォローに戸惑った俺に、未琴先輩はそう言って顔を近づけてきた。
その一片の隙もない美貌が視界を埋め尽くして、深淵の如き漆黒の瞳が一身に俺を貫く。
曇りなく向けられた言葉に、心臓がどきっと跳ねた。
そのまっすぐな好意が、俺の不安や弱気を塗り潰す勢いで注がれる。
「そうだぞうっしー! 今はアタシたちに絶賛モテてんだから、そこに自信持てー!」
たじたじとしてしまった俺の首に、あさひがガバッと腕を絡めてきた。
その豪快さと軽やかさで、ちょっぴり余裕が返ってきた。
今までの俺のうだつの上がらない日々も、今現在には全く関係ない。
すぐに自分に自信が持てるわけじゃなけれど、確かな好意を向けてくれる彼女たちにそれは関係ないんだ。
俺を好きだと言ってくれるその気持ちに、俺はここから成長していくことで応えればいい。そうするべきなんだ。
そう思うと、また一つ気が楽になった気がした。
「────あれ、棒に何か書いてある」
もうすぐ海の家に着くという頃、アイスを食べ切った未琴先輩がポツリと言った。
「お、みこっち先輩当たりじゃーん。いいなぁ〜」
「当たると良いことあるの?」
「タダでもう一本もらえるんだよ。滅多に出ないし、ちょーラッキーだよ」
「ふーん、もう一本……」
未琴先輩はどうやらアイスの当たり棒の概念を知らなかった様子で、繁々と自らの棒を眺めている。
たまに見せるちょっと世間知らずというか、ズレた感じの反応をするところが、クールな彼女の中の可愛い部分だ。
あさひの説明にふむふむと頷くと、何故か徐に俺を見上げる。
「これ、どこでも交換してくれるの?」
「まぁ、そのアイスがあるところなら大丈夫だと思いますけど」
「そう。じゃあ────」
俺が答えた瞬間、未琴先輩は突然俺の口から食べかけのアイスを引き抜いた。
かと思えば、なんとそれと入れ替えに自らの当たり棒を俺の唇に差し込んできて。
ちょっぴりだけ残った俺のアイスを手にして、未琴先輩は小さく微笑んだ。
「これとも交換、してくれるよね」
俺が反応するよりも早く、未琴先輩は食べかけのアイスを齧ってしまう。
されるがままの俺は、未琴先輩が咥えていた棒が唇に差し込まれたその事実に、ただただ圧倒されるしかなくて。
ディープな間接キスにあさひが騒ぎ立てるのも、あまり耳に入ってこなかった。
さっき未琴先輩自身が言っていた通り、俺は今この人と恋をしているんだと痛感させられた。
きっと彼女との日々が、俺のパッとしなかった今までを塗りつぶしてくれるんだろう。
夢のような日々を、いやそれ以上のものを、この現実で。
ただこれだけのことで、そう思わされてしまったんだ。




