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第19話 未琴先輩と夏祭りデート ① m-4

 ────────────




 日曜日、夏祭り当日。

 昼前に学校の最寄駅で集合して、日の高いうちは祭りのいろんな雑用に走り回った。

 基本的には役員さんたちに言われた通りに荷運びをしたり、近隣町内の婦人会主導の屋台の料理を手伝ったり、足りないものを買い出しに行ったり、イベント周りの手伝いだったり。

 これはボランティア部が手伝う内容なのかと少し疑問に思う部分もあったけれど、こういう地域との繋がりが普段の活動に役立つんだろうな、なんて勝手に納得した。


 駅前の大通りをメインに据えた祭りは、この辺りの人たちは大体出向く大きめの催しだ。

 近くの商店街や様々な店舗も協力しての大賑わいで、付近の公園や駐車場なんかを使って色々なイベントやパフォーマンスなんかもやっている。

 いくつかの山車が大通りを通り抜けたり、夜には花火が上がったりと、まぁ無難だけれど活気のある祭りだ。


 言われたことをただひたすらにこなして、俺たちの作業時間はあっという間に経過した。

 気がつけば少し日は傾きだしていて、祭りは段々と終盤に差し掛かっていた。

 灯りを付けた山車の往来や花火なんかがあるから、人の出入りはこれかもっと増えるだろう。


 けれど、俺たちの役目はこの辺りまで。

 祭り自体はまだまだこれからだけれど、役員さんたちが活発に動くピークは過ぎたということで、俺たちは約束通り一足先に終わらせてもらった。

 途中に一回あった休憩以外はずっと動きっぱなしだったからかなりヘトヘトになったけれど、でもこれから遊べると思えばそこまで気持ちは重くなかった。


 浴衣を貸してくれるという話もちゃんと生きていて、女子四人は嬉々と着付けに向かった。

 それを見送ろうと思った俺だけれど、気を利かせてくれた役員さんに男の子のもあるからねと促され、結局俺も浴衣を着ることに。

 あんまり詳しくないし特別興味もなかったから、無難そうな落ち着いた紺の浴衣を選ぶことにした。


 俺が着替え終わっても、女子たちはまだ誰も出てきていなかった。

 まぁ大方浴衣選びに時間がかかったり、他にも身支度があるんだろう。

 俺はしばらく、公民館の外で待つことにした。この後どうするかという話は、もうみんなにしてある。


「お待たせ」


 しばらくどんちゃんとした往来をのんびり眺めていると、カツカツと軽やかな音を立てながら静かな声が近寄ってきた。

 神楽坂 未琴先輩が、落ち着いた様子でゆっくりとこちらにやってくる。


(たける)くんも浴衣着たんだ。うん、いいね。素敵だよ」


 未琴先輩は俺のことをまじまじと見つめて、ほんのりとその口元を緩めた。

 普段通りの淡々とした表情の中に、どことなく機嫌の良さを滲ませている。

 けれど俺はといえば、未琴先輩のその姿に目を奪われて碌な返答もできなかった。


 深めの青に白い花柄をあしらった大人っぽい浴衣が、彼女の静かな美しさをとても強調している。

 その濃い色合いが未琴先輩の色白さを引き立たせて、またスラッとしたボディラインを綺麗に描いている。

 大人っぽい落ち着いた雰囲気と、夏の清涼感を併せ持った風体は、彼女の凄みのある存在感を抱きこむようにして色っぽい少女感を演出していた。


 ポニーテールによって結い上げられた髪と、浴衣の襟元の開放感が合わせって露わになっているうなじ。

 その白く陶器のような首元が、スッと通った筋を浮き上がらせていて非常に色っぽい。

 全体的に線の細い未琴先輩だけれど、その嫋やかさを全面的に押し出した姿は、普段の彼女よりも何倍も魅力的に映った。


「だから尊くん。君はまじまじと見過ぎなんだよ」

「────す、すみませんっ!」


 惚けていた俺は、未琴先輩の言葉で我に返った。

 前のデートの時みたいに、見惚れてフリーズしてしまっていたようだ。

 ハッとする俺に、未琴先輩はふんわりと微笑む。


「こっちとしては嬉しいことだけどね。着替えた甲斐があるよ」

「思った通り、いや思った以上に似合ってて、つい……」


 ここまできて誤魔化しても無駄だろうと、潔く思ったことを口にしてみる。

 未琴先輩は機嫌良さそうに頷いて、ジリッとこちらに近寄ってきた。


「君も、素敵だよ。普段よりちょっぴり男前に見える」

「ありがとうございます。元々がマイナス値だと思うので、やっとまぁまぁな感じになったってとこですかね」

「確かにちょっと物足りない気もするけれど、私は普段の君も好きだよ」

「そ、それは、どうも……」


 常日頃ヘタレてしっかりしたところを見せられていない俺なのに、未琴先輩はそうやって受け入れてくれる。

 もっと男らしくちゃんとしなきゃと思いつつ、でも今の俺を好きだと言ってもらえるのは嬉しかった。

 こうやってストレートに好意を向けてくれるから、どうにも未琴先輩には勝てないんだ。


 気恥ずかしさを誤魔化したくて、そろそろ行きましょうかと手を差し出す。

 けれど、未琴先輩は俺の手を取ってくれなかった。

 どうしたのかとその顔を覗き込もうとした時、おずおずとその腕が俺の腕に掛けられて、キュッと体を詰められた。


「今日は、君をもっと近くで感じていたいんだ。ダメかな」

「全然、ダメなんてことは、全く……」


 しっとりと告げられた言葉に、俺はしどろもどろになりながらなんとか返事を返す。

 女子と腕を組むことが初めてというわけじゃないんだけれど、普段キリッとクールな未琴先輩に甘えられるように寄られたのが、たまらなく俺の心を揺さぶった。


 細い腕がしっかりと俺の腕に絡みつき、そして華奢な両手でしかっりと押さえてきて。

 今俺はこの人に必要とされている、求められているという実感が沸々と興奮を掻き立てる。

 肩が並ぶどころが触れ合っている感覚は、一体になっているような錯覚すら覚えた。


「そういえば、まだちゃんと聞いてないよ」


 そうやって全身で女子の存在感を感じながら歩き出して少しした時。

 未琴先輩は俺を静かに見つめながらポツリとそう言った。


「私の浴衣姿の感想。お預けにされてたんだから、ちゃんと教えてもらわないと」

「あ……」


 そういえばそんな約束をしていた。

 さっきその姿を目にした段階で感動して思考が吹き飛んでいたから、その辺りの言葉が足りていなかったんだ。

 こうやって改って言おうとするとなんだか恥ずかしいけれど、逃れる(すべ)なんてないだろうな。

 俺は包み隠さず思ったままを伝える覚悟を決めて、未琴先輩に目を向けた。


「似合っているのはさっき言いましたし、当然似合うだろうなと思ってました。でも実物は俺の予想なんか遥かに越えて、とっても綺麗で、可愛くて。多分、さっき声を掛けられてなかったら、そのままずっと見入ってしまっていたと思います」

「思ってたより正直に言ってくれるんだ。嬉しいな」

「だってそう約束しましたから」


 未琴先輩は腕を絡める力を少し強めながら、口元を緩めた。

 目尻を落としたその柔らかな表情は、あからさまではないけれど喜んでいることが窺える。


「こんな綺麗な人が俺とだけいてくれるなんて、幸せすぎるって思いました。多分、今日ここに来てる男の中で俺が誰より、素敵な人と一緒にいる。そんな人を俺だけが独り占めできるんだって、めっちゃ浮き足立ってます」

「……君は、堰を切ると正直になりすぎるよ。嬉しいけれど」


 思わずペラペラと喋ると、未琴先輩はそう言って少し歩く速度を早めた。

 一歩前に行ってしまったせいで、その顔がよく見えない。

 でも、腕の絡みはより強くなって密着が増す。


「ありがとう、尊くん。君がそう思ってくれることが、何よりも嬉しいよ。それだけで、ここまで来た甲斐があるって思える」

「いえ。俺、ただ浮かれてるだけで。未琴先輩とデートをちゃんとできるか……」

「そんなのはいいんだよ。こうして君が私を選んでくれて、私といられることを喜んでくれて、私に少しずつ好意を向けてくれる。それが、何より嬉しいんだから」


 そう言いながら、未琴先輩は歩調を合わせて俺の真横に戻ってきた。

 長い前髪越しに見えるその表情は、普段よりも気持ち柔らかい。

 深淵のような瞳にも、僅かに光が差しているような気さえした。


「私はほら、まだ自分の気持ちすら不明瞭だから。尊くんのことが気になる気持ち、これが好きってことなんだろうなって思いながら、恋ってことがよくわかっていないから。だから君にするアプローチは、時に君を困らせてるかもしれない。それは少し、不安だったんだ」

「自覚症状はあったんですか」

「まぁね。それでも、私にはそんな方法でしか君との触れ合い方がわからなかったから。気になる君の全てを受け入れて、私もなるべく君に全てを晒して。そうやってぶつかり合うようにしか、君への近寄り方が思いつかなかったの」


 そう言う未琴先輩は、少しだけいつもよりも萎らしいような気がした。

 いつも悠然としている彼女だけれど、年頃の少女らしい不安や葛藤を抱えているんだ。


 思えば最初から、いつだってズンズンと俺へと突き進んでくれた未琴先輩。

 その押しの強さ、真っ直ぐさに気圧され、圧倒され、そして絆されたきた俺。

 困ることや戸惑うことももちろんあったけれど、でも彼女がそう接してくれたからこそ、今の俺たちがあるように思える。


 きっかけや動機が不鮮明で、未琴先輩自身もまだ手探りだったとしても。

 この世界のラスボスだとか、世界の滅亡だとか、そんなスケールのデカイ話が脇にあっても。

 ここにいる未琴先輩が俺に真っ直ぐ気持ちを向けてくれるから、俺もまた一人の女の子として彼女に気を惹かれてしまう。


 美しすぎる凄みで圧倒してきたり、こっちがドギマギするようなことを平然としてきたり、俺の動揺を見てからかって楽しんだり。

 そうやって俺を翻弄しながらも、健気に甲斐甲斐しく想いを向けてくれる未琴先輩のことが、俺もたまらなく気になってしまうんだ。

 だからこうして今、二人で祭りを歩けていることがとても幸せに感じられる。


「────だから、君が私で喜んでくれて嬉しい。少しずつ、私たちの気持ちが近づいているのかなって、そう思えるから。ありがとう、尊くん」

「こちらこそありがとうございます。俺なんかといてくれて」


 二人でお礼を言い合いながら、小さく笑い合いながら静かに歩みを進めていく。

 祭りはガヤガヤと騒がしく、どんちゃん盛り上がっているけれど。

 未琴先輩とこうして二人で歩いていると、彼女の静謐とした空気に引き寄せられて、とても落ち着いた気持ちになる。

 それがとても心地よく、絡んだ腕を通してこの身を委ねてしまいたくなった。


 ピッタリと身を寄せ合って二人仲良く歩いていると、もう恋人になったような気分になってくる。

 少しずつ増してくこの好意や、未琴先輩の綺麗さ、一緒にいる楽しさなんかも相まって、今がとても特別なものに感じられて。

 まるでこの世界には俺たち二人しかいないような、そんな満ち足りた時間がゆっくりと、しかしするすると流れていく。


 そうやって祭りをゆっくりと練り歩いて、いろんな屋台や出し物を見て回った。

 未琴先輩は祭りそのものが初体験だったらしく、落ち着き払った態度ながらも全てに新鮮な反応を見せて、それがとても微笑ましかった。

 前回のデートでは未琴先輩主導だったけれど、今回は俺が手を引く形で歩いて回って、それにも彼女はどこか嬉しそうにしてくれていた。


 そうやってしばらく祭りを練り歩いて、所々で腹ごなしをして。

 辺りがすっかり暗くなり、街灯や提灯の明かりが目立ってきてた頃合いで、俺たちは休憩がてら大通りを少し外れたところにある小さい公園に入った。


 休憩所代わりになっているそこは、ゴミ箱以外は特に出し物や施設もなく、灯りも控えめで落ち着いた雰囲気になっている。

 大通りの賑やかな喧騒から外れた静かな空間に、俺たちはホッと一息をついた。

 タイミングよく今は他に誰もいなくて、俺たちは図らずも完全な二人きりになっていた。


「尊くん」


 二人で公園のベンチに腰掛けると、未琴先輩は肩にもたれかかってきながら囁くように俺の名前を呼んだ。

 応えながら俺の腕にしがみついているその手に自分のそれを重ねると、重い瞼越しに控えめな上目遣いが向けられてきた。


「今日また、もっと君を好きになった気がするよ」

「未琴先輩……」


 その言葉は、答えを求めているものじゃない。

 ただ自分の中で少しずつはっきりしていく気持ちを、確かめるように言葉に乗せているだけ。

 俺の気持ちが未だに定まっていないことを、未琴先輩はよくわかっている。


 こうやって同じ時間を増やしていって、確かに俺は少しずつ未琴先輩に惹かれていっている。

 けれど今のみんなに囲まれている状況も相まって、なかなか俺は気持ちをはっきりさせることができない。

 でも確かに、未琴先輩個人に向いている感情は日に日に増していて、今日もまた強くなった。


 不甲斐ない自分を申し訳なく思いながら、けれど今は向けられた瞳から目が離せなくて。

 俺たちは息がかかりそうな距離で、今にもキスしそうなほどしっとりと、お互いの視線を絡ませた。


 その恐ろしくもひたむきな瞳がとてもなく愛らしく、引き寄せられそうになる。

 薄く柔らかそうな唇に、今すぐ飛び込んでしまいそうになる。

 俺が一つ勇気を出せば、俺は未琴先輩という甘美に(いだ)かれることができるんだろう。


「未琴先輩、俺……」


 その勇気が出ないから俺はダメなんだ。

 そう思いつつも、求めるような下心が顔を見せて、つい囁くように呼んでしまう。

 もし今未琴先輩が強引に顔を近づけてきたら、きっと受け入れてしまうだろうから。


 そう、思った時────


「うっしー!!!」


 突然、静けさを叫び声が切り払った。

 慌てて顔を上げた俺たちが声がした方を見てみれば、公園の入り口にオレンジ色の浴衣が見えた。

 ()()が、膝に手をついて息を切らせている。


 ここまでずっと走ってきたのか、浴衣も髪も乱れていた。

 ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら、彼女はよたよたと公園に入ってくる。

 その瞳は、俺に何かを訴えかけんと切実に煌めいていた。


「何か変だよ……気付いて、うっしー!」




 ────────────

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