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第16話 未琴先輩と入浴中に電話 m-3

 ▲ ▲ ▲ ▲




 我が家は真夏だろうとなんだろうと、年がら年中風呂を沸かす。

 俺個人としては夏はシャワーだけでサッパリ済ませるので構わないんだけれど、せっかく沸かされているんだしと浸かることが習慣になっている。

 今日も例に漏れず湯に浸かって、スマホでのんびりと動画を見ていた時のこと。未琴先輩から着信が入った。


『こんばんは、(たける)くん。今大丈夫?』


 入浴中だしどうしようかとも思ったけれど、まぁ通話だけなら見えなし大丈夫だろうと出てみると、普段通りの涼やかな声がスピーカー越しに響いてきた。

 思えば電話をするのは初めてのことで、別になんてことないはずなのに、とても特別なことをしている気分になった。


「こんばんは、未琴先輩。大丈夫ですよ。どうしたんですか?」

『あれ、尊くんの声が少し響いて聞こえるね。もしかしてお風呂中だった?』


 なんとなく湯船の中で居住まいを正しながら応対すると、こちらの質問とは無関係の鋭い指摘が飛んできた。

 一言聞いただけでそこまでわかるのか。つくづく未琴先輩は俺の一挙一動を把握しているみたいな感じがして驚かされる。


「正解です。ちょうど湯船に浸かっていたところなんです。こっちの声聞こえにくいですかね」

『ううん、大丈夫。ただ奇遇だなと思って』

「え」

『私も今、お風呂中』

「ッ…………!?」


 ふふっと小さく笑う声と共に告げられた事実に、俺はついつい息を飲んでしまった。

 今お風呂中ということは、つまり今こうしてお話している未琴先輩は、電話越しでは一糸まとわぬ姿であらせられるということか!?

 いや、何が見えるわけではないんだけれど、今会話している女子が素っ裸という事実を突きつけられると、どうしてもその光景を想像してしまう。


 未琴先輩の白い肌が全て露わになって、水に濡れ、熱に紅潮する様を思い描くだけで、この湯船を沸騰させてしまいそうだった。

 この状況は流石に色々といかがわしすぎるぞ……!


『私の裸を想像してるの?』


 (なまめ)かしい妄想に静かに悶えている俺に対し、未琴先輩はどこか楽しそうに言う。

 これに関しては見抜かれても仕方がないけれど、なんだか悔しかった。


「み、未琴先輩が想像させたんでしょう」

『そう言うってことは、したんだね』

「……しましたが、俺は悪くないと思います」

『でもしたんでしょ? えっちだね』

「…………」


 責めている感じか全くない未琴先輩は、ただ俺の反応を面白がっている感じだ。

 まぁ責められていないんだからいいんだけれど、なんとなく悪いことをしている気分になった。

 でも俺、何も悪くはないと思う。聞いてもいないのに情報を与えられて、自然の流れでそれを想起しただけなんだから。


 お風呂効果か、どことなく艶っぽく感じられる未琴先輩の声。

 少し拗ねて無言で返した俺に、未琴先輩は容赦なく追撃を仕掛けてきた。


『その想像の内容が本当かどうか確かめたかったら、今からビデオ通話に切り替えてもいいけど?』

「……サービスが過剰すぎて裏を感じるんですが」

『そんなこと考えないで、見たかったら見たいって言えばいいのに』

「交換条件がちょっと怖いので、今回は苦渋の決断で遠慮させていただきます」


 好奇心と純粋な欲求を理性で必死で抑えつけながら、俺はそのあまりにも魅力的な提案を断った。

 電話の向こうからは『つまんないの』と少し拗ねたような言葉が聞こえてくる。

 未琴先輩のことだから本当に見せてくれそうな気がするけれど、その後がどうにも怖すぎて頷けない。


 ただ俺の反応を見て、面白がったりからかってきたりするだけならまだいい方だ。

 見せた代わりにと、俺にかなりハードルの高い要求をしてくる可能性は大いにある。

 いくら麗しの未琴先輩の裸を拝めるといっても、かなりリスクが高いような気がした。


「……それで、どうしたんですか? 俺に先輩のお風呂シーンを想像させるためだけに電話してきたわけじゃないですよね」


 このまま未琴先輩のペースに乗せられたら、今度はどんな魅力的で危険な話を振られるかわからない。

 俺は咳払いを一つしてから、強引に用件を促した。

 ちゃぷんと水音が聞こえてきて、本当にこの人はお風呂に入っているんだなとわかった。


『もちろんちゃんと用件もあるけど。でも作戦が頓挫しちゃったからな』

「やっぱり何か企んでた」

『企んでたなんて人聞きが悪いな。私はただ、君の頭の中を私でいっぱいにすれば、お願いを聞いてもらいやすいかなって、健気に思案しただけなんだから』


 なんの悪びれもなく、未琴先輩はしれっとそう言ってのける。

 思春期の男子高校生にその美しすぎるだろう裸体を晒して、どれだけ俺の精神を支配しようと考えていたんだろうか。


「それを企んでたって言うんですが……まぁそういうことなら既に作戦は成功してますよ。初手の段階で、俺の頭は十分未琴先輩でいっぱいですから」

『そう? それは嬉しいことを言ってくれるね。尊くんが想像力豊かたな男の子で助かったな。ちなみに、どうんな風にいっぱいなの?』

「……想像した内容を正確にお伝えするために事実と擦り合わせをしたいので、今からビデオ通話に切り替えてもらうことは可能ですか?」

『残念ながらチャンスは一度限りだよ』


 どうせ虐められるのなら見せてもらった方がいいじゃないかと返してみれば、にべもなく断れてしまった。

 ビビって選択を誤ったさっきまでの自分が恨めしい。

 結局こうなるのなら、最初からご褒美を受け取っておけばよかった。

 後悔後にたたずとは、この時のために作られた言葉なのかもしれない。


『まぁ作戦は成功しているみたいだし、今日はこの辺りで。君の熱烈な想像を全部聞いていたらのぼせちゃいそうだし』


 俺が黙々と悔しがっている気配を感じてか、未琴先輩はお情けの言葉を向けてくれた。


「今見逃して頂けるのはありがたいですが、なんだかまるで俺が変態みたいじゃないですか」

『電話越しの女の子の裸を想像するのは、尊くんがえっちだからじゃないの?』

「電話越しに健全な男子高校生の想像力を徒に刺激する、どこかの美人な先輩のせいだと俺は思いたいんですけどね」

『お風呂中だとは言ったけど、裸とは言ってないのに?』

「それはズルすぎる……」


 しれっとそう言ってのける未琴先輩に、俺はガクッと項垂れた。

 確かにそうだけれども、でもそれは流石に搦め手すぎるだろう。

 自宅の浴室でタオルを巻いたりとか、もしくは水着かもしれないとか、そんなトリッキーな入浴シーンは選択肢に出てこないって。

 でもそう言われてしまえば何も言い返せないのは事実で、もう敗北を認めるしかなかった。


『それで、肝心の用件なんだけどね』


 自分の勝利を確信した未琴先輩は、そこでようやく本題へと移ってくれた。

 さて、ここまで追い詰められた俺は、これからどんな要求をされるのだろうか。


『明後日の夏祭りは、私と回ろうって誘おうと思ってね』

「それ、逆じゃないですか?」


 交換条件のあまりの落差に、思わずストレートにツッコんでしまう。

 裸を見たきゃデートしてね、ならまだわからなくもないけど、裸を見たんだからデートをしてねって。

 いやまぁ前者にしたって極端すぎるんだけれど。


「別にそれくらい、変に駆け引きに持ち込もうとしなくたっていいじゃないですか」

『それくらいって言うけどね、尊くん。一応君は今、他にも三人の子から誘われているわけでしょ? だから他の子にはできない大胆なアプローチを仕掛けた方が、えっちな尊くんにはいいかなと思って』

「却って身構えちゃいましたよ。必死さは嬉しいですけど……」


 淡々と言葉を述べる未琴先輩だけれど、その内容にはどことなくムキになっている雰囲気を感じる。

 昼間決まったことについて、彼女なりに真剣に悩んでくれている、ということなのかな。

 それでいて、俺を虐めた上で自分な有利な展開に持ち込むというやり方は、とても未琴先輩らしいなと思った。


 いつも穏やかに余裕を持って悠然と振る舞っている未琴先輩だけれど、俺のことになると突き進むような行動力を起こす。

 落ち着き払った普段とのギャップは、正直かなり魅力的に感じる部分はある。

 その過程で俺に与えられるいろんな試練の過酷さは、とりあえず置いておくとして。

 俺に対する真摯な姿勢は、とても嬉しいありがたいのは事実だ。


 こんな人に熱烈に誘われたら、頷かざるを得ないだろう。


「────まぁ、わかりましたよ。一応答えを出すのは当日ってことなので明言はしませんが、お気持ちは確かに」


 だから俺は、色々言いたいことはあったけれど、そう二つ返事で了承した。

 浴衣の感想を事細かにお伝えするという約束もあるし、何より俺が肩を並べて歩いてみたい。

 俺の返答に、電話越しにホッとしたような吐息の音が聞こえてきた。


『ありがとう。よかった、こういう可能性もちゃんとあって』

「え?」

『ううん、こっちの話。明後日、楽しみにしてるよ』


 未琴先輩が何かを誤魔化すようにそそくさとそう言った直後、ちゃぷちゃぷと水が波打つ音が聞こえた。

 そろそろ上がろうとしているのかなと思っていると、スマホの画面がパッと明るくなった。

 通話中の無機質な画面から一点、白んだ光景が映し出される。

 ハッとしてついつい画面を覗き込んでしまうと、未琴先輩の顔がスッとその中に現れた。


『一応明後日まで時間あるし、最後のひと押しのサービスね』


 そう言った未琴先輩は、長い髪をバスタオルに巻きながらまとめて、その白い首筋を完全にあらわにしていた。

 映し出されているのは肩口あたりまでだったけれど、透き通るように白い肌に赤みが刺しているのがはっきりとわかって、また水濡れているせいで異様に(なまめ)かしい。

 普段は見られないしっとりとしたお姿に、俺は全身が爆発したような衝撃を覚えた。


『この下がどうなってるのかは、想像したらダメだからね』


 そうわざとらしく告げられた言葉を最後に、通話はぷつりと終了された。

 無茶なことを言ってくれるよ、まったく……。




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