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第12話 未琴先輩と、姫野先輩と倉庫整理 ② m-2

 俺一人が痛手を負うことで場は何とか収まって、それ以降は平和な清掃活動が行われた。

 姫野先輩と未琴先輩は何かを争うこともなく、穏やかに、ただ普通に掃除をしていて。

 この光景だけを見ていれば、世界の滅亡を目論むラスボスと、その対抗組織の牽制が行われているようには全く思えない。


 みんなが平和であることを望み、単純な恋の競い合いをしようと思っているからか、部内の関係は比較的良好のように思える。

 元から仲間の三人はともかく、未琴先輩が部にまでやってきてどうなるかと思ったけど、今のところは本当にただの友達同士の付き合いだ。

 腹の内ではみんな色んな思惑を巡らせているのかもしれないけど、少なくとも表立ってトゲトゲすることがないのが、俺は嬉しかった。


 ただ、そこら辺の込み入った事情は抜きにして、未琴先輩はちょくちょく引っ掻き回すようなことをするから、そこが少し心配だ。

 俺に対する全く引かない姿勢を見てわかってはいたけれど、この人はなんていうか、かなりマイペースなところがある。

 我が道を行くというか、凄まじく自由人なところがあるから、集団行動の中ではかなりトリッキーな存在になる。

 しかもそれを平然とポロッとぶち込むから、今回みたいな諍いが起きたり、そうでなくても場が引っ掻き回されるんだ。


 そのある意味天然のような振る舞いが微笑ましく思える時だってもちろんあるんだけど。

 でもみんなは根本的には対立する立場でだから、何がきっかけでこの平和が崩れるかわからない。

 そこが俺にはちょっぴり懸念事項だったりはする。


「神楽坂さんって、なんていうか案外普通だよね」


 まぁとりあえずは大丈夫だろうと安堵していた時、姫野先輩が不意にそう口を開いた。

 埃を綺麗にした棚に物を戻しながら、何気ない世間話のテンションで。


「同じクラスだけど、今まではなんか近寄り難いなぁって思ってたんだ。まぁ自分の立場もあるしね。けどこうやって話してみると、何かすっごく普通だなぁって」


 そう軽やかに言う姫野先輩からは、悪意の類はまるで感じられない。

 むしろそれを喜ぶように、少し嬉しげでもある。

 対する未琴先輩は小さく首を傾げていた。


「そうなのかな。私、普通に見える?」

「まぁちょっと怖そうな雰囲気を感じる時はあるけどね。でも、普通普通。こうやって話してる神楽坂さんは、普通の女子高生にしか見えないんだよ。あ、別につまらないとかそう意味じゃなくてね」


 笑顔で当然のように語る姫野先輩に、俺は思わず同意を込めて頷いてしまった。

 未琴先輩はラスボスで、それを抜きにしたってなんだか崇高な雰囲気をまとっているように感じる。

 それはその美しさや、佇まいの揺らがなさからくる存在感の大きさなんだろうけど、蓋を開けてみればそれらから感じていた近寄り難いものは全くない。


 姫野先輩としてはラスボスとしての見方が強いんだろうけど、それを忘れさせてしまうくらいに普段の未琴先輩はただの高校生で。

 俺だって頭ではわかっているのに、普段はそれを全く考えずに彼女と接してしまう。

 平和的に過ごしていくのにありがたいのと同時に、もしかしたら姫野先輩は、一人のクラスメイトとしてそれが嬉しいのかもしれない。


「普通……普通、か」


 未琴先輩はそう呟くと、少し困ったように眉を寄せた。


「みんなからは、そう見てもらえているんだね。でも私は、自分を普通だと思ったことは、ないんだよ」


 そうポツリとこぼした未琴先輩は、どことなく憂いを帯びている気がした。

 それは自分がしようとしていることが故ですかと、聞きたいけど聞くことはできなかった。


「私は普通じゃないから、頑張ってみんなの真似をして普通のフリをしてる。だから、みんなが私を普通と思ってくれるのは、嬉しいよ」

「じゃあ、私たちに見せてる神楽坂さんは、偽物ってこと?」

「どうだろう、そのつもりはないけど。これが私。それを偽っているつもりは、私にはないよ」


 未琴先輩の言葉自体は重々しいものはなく、いつも通り淡々と紡がれている。

 けれどそれが孕むどことない寂しさに、俺も姫野先輩も引っかかった。


「……じゃあ、そうやって頑張って普通のフリをしている未琴先輩が、本当の未琴先輩ってことですか?」

「そうだね。そういう言い方が正しいかも。私にもよくはわかってないんだけどね」

「なら、未琴先輩はそもそも普通ですよ。誰だって、頑張って普通のフリをしてるんですから」

「…………?」


 俺が言うと、未琴先輩はまた首を傾げた。

 長い前髪がひらりと揺らめくのが愛らしい。


「みんな普通から外れないようにいつも必死ですよ。未琴先輩だけじゃない。でも何が普通かなんて誰にもわからないから、結局みんなてんでんバラバラになるんです」

「確かにそうかも。私は普通の女の子だけど、ちょー可愛いという点においては普通じゃなーいし」


 俺の言葉に姫野先輩がにこやかに続けた。

 自らの頬に人差し指を当て、えへっと可愛くキメて見せる。


「神楽坂さんも、私ほどじゃないけど美人さんだしね。そう考えれば全然普通じゃないや」

「…………そう」


 さらっと言ってのけた姫野先輩の言葉に、未琴先輩が俺の方を見た。

 これはどっちの方が可愛いか、みたいな判断を煽る視線だろうか。

 この場で比較させないでくれと、俺はそれに気付かないフリをして視線を逸らした。


「ごめんね、神楽坂さん。私が変なこと言っちゃったから」


 未琴先輩の静かなリアクションに気付かないのか、姫野先輩はそのまま続けた。


「私はただ、元々色んな意味で神楽坂さんに近寄り難さというか、苦手意識があったからさ。でも実際こうやって話してみれば、普通にお喋りができて、それなりに仲良くもできて。それが嬉しかっただけなんだよ」


 笑顔でそう語る姫野先輩の言葉には、どことなく緊張感のようなものが見え隠れしている。

 けれどそれを飲み込んだ上で、姫野先輩はただの同級生として未琴先輩に接していた。

 それは、努めてそうしようとしているのと同時に、そうしたいという願望があるように思えた。

 いや、これこそ俺の願望なのかもしれないけど。


「神楽坂さんとうっしーくんを取り合うしかないってなった時、もっとギスギスしちゃうだろうなって思ってたしさ。でも蓋を開けてみたら、あなたもただの恋する乙女なんだもん。だからなんていうか、構えてるのがバカらしくなっちゃったって、そんな感じのことを言いたかったの」

「そっか。私、ちゃんと女子高生できてるんだ。それは、嬉しいな」


 未琴先輩はそう言うと、ささやかに口元を緩めた。

 二人の会話は若干ぎこちない気がしなくもなかったけど、でも意思の疎通はできたようだった。

 なんにせよ、余計なゴタゴタは無しにみんなが仲良くできるなら、それに越したことはない。


 ただでさえ、四人で俺を取り合うという一歩前違えば血みどろになりそうな状況なんだから、基本はみんなで楽しくしたい。

 いや、この状況は前提条件が逆か。でもまぁ、なんにしても同じことだ。


「私があなたたちの申し出を受け入れたのは、もちろんそうするしかなかったからっていうのもあるけど。私は、あなたたちを通して普通の恋が見てみたかったんだ」

「普通の恋?」

「普通の人がどうやって恋をしていくのか。それってどういう気持ちなのか。それが見たかったから、私はこの状況を受け入れた」


 未琴先輩の発言に、姫野先輩は不思議そうに首を傾げている。

 俺もよくはわかっていないけれど、でもその辺りのことは前にも聞いていたから、ニュアンスは把握できた。

 自分の気持ちの謎を紐解いて行く上で、普通の人の在り方、というものを気にしていたんだろう。


「だから、あなたたちと友達になれるくらい、私が普通にできていてよかった」

「うーん、よくわかんないけど、神楽坂さんは普通に女の子だよ。ちょっとズレてるとこもあるけど、恋に一生懸命なのは私たちと一緒だし」


 姫野先輩は顎に指をついて少し不思議そうにしながらも、余裕のある笑みを浮かべる。

 それにはどことなく、未琴先輩に対する対する親愛が込められているような気が、俺にはした。

 恋という感情を消化しきれていない未琴先輩の不器用さを、まるで可愛らしく思っているかのように。


「ま、どんなに友達として仲良くしても、うっしーくんのことは譲らないけどね。それとこれとは話が別だからっ」


 姫野先輩はそう言うと、唐突に俺の腕にバッと飛び付いてきた。

 容赦なく叩きつけられる柔らかな感覚に俺が硬直する様を、ニヤニヤ顔で楽しんで。

 それから、まるで自らの所有物だと宣言するかのように腕を絡めて、未琴先輩に向けて挑発的な視線を向けた。


「もちろん、容赦なんてしなくていいよ。私もしないし」


 対する未琴先輩はそれを見ても微塵も揺るがず、淡々とした言葉を返す。

 けれど気持ち、瞳が宿す重みが増したような気がした。


「尊くんが私だけを好きになってくれるように、()()()()()()()()もらうから」


 深みのあるその瞳に見つめられて、何故だかゾクリとした。

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