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第8話 今日はどっちと一緒に掃除する?

 週が明け、代わり映えのしない俺の日常は、しかし確実に変化を見せた。

 日常の裏に潜むファンタジーな事柄は俺へ直接的に関わってこないし、だから別に俺が何に気を揉む必要はない。

 けれど俺を巡って四人の女子が奪い合いを始め、そしてそんな彼女たちが所属する部活に通うようになっては、どうしたって今まで通りとはいかなかった。


 教室ではいつもよりもよく有友が絡んでくるし、安食(あじき)ちゃんや姫野先輩も廊下ですれ違えばこれまでよりも積極的に声を掛けてくる。

 授業が終われば有友と一緒に部室に向かって、みんなからあれやこれやとちょっかいを出されながらわちゃわちゃと部活をして。

 明らかに、誰の目から見ても複数の女子に囲まれている俺は、みんなから再び好奇の眼差し向けられかけていた。


 つい先日、未琴先輩と派手な邂逅を目の当たりにされて、それだけでもかなり目立った立場だったのに。

 そんなやつがどこにいっても色んな女子と仲睦まじくしていれば、それはまぁ「何だアイツ」とはなるだろう。


 まだ誰からもそれを言及されていないのが幸いだ。でもきっと、時間の問題な気がする。

 特にクラスのやつらなんかは、俺が今まで以上に有友と連んでいるところをよく見ているだろうし。

 ぼちぼち覚悟を決めておいた方がいいんだろう。


 けれどそうやってみんなによく絡まれるようになってからも、昼休みの時間は未琴先輩と二人で過ごすようにしていた。

 まだ誰のことも選んでいない状況では不公平かもしれないけど、でも俺はすっかりこれが習慣になってしまって、崩したくなくなってしまったんだ。

 未琴先輩も変わらず俺の弁当を作ってくれるつもりみたいだったから、ありがたくそれを頂戴する日々が続いている。


 そんな風に数日前と一変した俺の日常だけれど、一番の変化はやっぱり部活時間の存在だ。

 何にも所属せず即帰宅していた俺にとって、放課後に学校に残って過ごす時間というのがとても新鮮だった。

 ボランティア部の活動は今まで何度か手伝ったことはあるけれど、それはある程度手のかかるイベントごとや作業の時のことが多かった。

 だから普段ののんびりとした時間をみんなでわちゃわちゃと過ごすのが物珍しく、そして楽しかった。


 ボランティア部の活動は校外で行われることが多く、だから活動という活動は土日が主だったりする。

 だから平日にすることといえば、今後の活動の計画や準備とか、前回の反省とか、割と地味なものだ。

 最初の方に必要なことはパパっと済ませて、後半はのんびりお喋り、というのが我が部活の慣例のようだった。


 まぁそもそもは能力者たちが集うための隠れ蓑としての役割があるから、その程度の緩い感じでいいんだろう。

 俺と未琴先輩が加入してからもその雰囲気は継続で、何か込み入った話をするわけでもなく、本当にただの高校生同士となんら変わらない平和な部活時間だ。

 ただ平日はいつもそんな感じといわけでもなく、毎週木曜日は学校清掃があるという。

 そして今日は、俺が入部をして初めての木曜日の日だった。


「人数も増えたことだし、今回から二手に分かれよっか」


 部室にみんなが集まったところで、姫野先輩がそう切り出した。

 掃除の日だからと今日はジャージに着替えていて、その軽装が彼女の色っぽさをいつにも増して漂わせていた。

 ワイシャツ姿のパツッとした感じも大変魅力的だけど、ふんわりと衣をまとった柔らかな装いも、それはそれで二つの実りの存在感を表している。

 下は体操着の短パンを履いていて、すらっと白い脚が伸びているのも得点が高い。


「じゃあ、問題は組分けだね」

「そう、それなんだよね!」


 腕を組みながらキッパリと指摘した未琴先輩に、姫野先輩は透かさず頷いた。

 メガネをクイっと上げて知的っぽさを演出しようとしているけれど、顔の可愛さがインテリ度を下げている。

 対する未琴先輩はいつものポニーテールをくるくるっとお団子にまとめ上げていて、いつもの嫋やかさとはまた少し違ったメリハリを感じた。

 夏っぽく、そして動きやすそうに軽やかで、元々のクールな雰囲気も合わせてとてもシャキッとした印象だ。


「私、(たける)くんと一緒がいいな」

「そ、それはみんな一緒だと思います……!」

「そーだそーだ!」


 なんの遠慮もなく当たり前のように主張した未琴先輩に、安食(あじき)ちゃんと有友がすぐさま抗議の声を上げた。

 まぁ当然といえば当然の意見に、未琴先輩も特に気にした様子を見せない。

 言いたかったから言っておいた、てな感じなんだろう。


「みんながうっしー先輩と一緒になりたいんですから、ここは公平に決めないとダメですよ」

「でも安食ちゃん、結局は掃除するだけだろう? そこまでシビアに振り分けなくても……」

「だ、大事なことですよ! 少しでも好きな人と一緒にいたいじゃないですかぁ」


 俺が口を挟むと、安食ちゃんはムーっと不満げな顔をした。

 それに対して他のみんなもうんうんと同意を見せている。

 ちょっと真剣になっている安食ちゃんだけれど、さっきからおにぎりをもぐもぐしているから、いまいち緊迫感はない。


「私は、うっしー先輩と一緒に掃除がしたいです。私小さいので、先輩みたいな大きな人に助けてもらえると、嬉しいです」

「大丈夫大丈夫、ここのみんなはかぁちゃんより大きいから、誰と組んでも助けてもらえるよ〜」


 低い位置から健気に俺を見上げていた安食ちゃんに、有友がそう言って口を挟んだ。

 その元も子もない指摘に、安食ちゃんはガーンと小さい口を大きく開いた。

 まぁそういう問題ではないんだから言い返そうと思えば言い返せることだけれど、そこで単純にショックを受けている安食ちゃんが、なんというか彼女らしくて可愛らしかった。


「楓ちゃんの言う通り、私たちとしてはうっしーくんと組めるかは大問題。でも私たちって、クジとかジャンケンとかの運任せな方法って実は公平じゃないでしょ?」


 ちょっとしょぼんとしながら新しいおにぎりを開封している安食ちゃんを、有友がよしよしと頭を撫でて宥めて。

 そんな二人のことを眺めながら、姫野先輩はそう言った。


「どういうことです? そのあたりが無難に思えますけど」

「私たちには『感傷的心象(エモーショナル)の影響力(・エフェクト)』があるからね。決め方にもよるけれど、色々と干渉しようがあるんだよ」

「……あぁ、そういう使い方もできるんですね、それ」

「そゆこと。私たち三人は手の内が大体わかってるから避けようもあるけど、神楽坂さんは読めないからねぇ」


 困ったと肩を竦めながら、姫野先輩はそのプルっとした唇をすぼめた。

 俺は未だに、その『感傷的心象(エモーショナル)の影響力(・エフェクト)』というのがどういうものなのかいまいちわかってはいないけど。

 でもどうやら色んなことができるらしい未琴先輩なら、きっと厳正なる結果に横槍を入れることでもできるんだろう。

 念動力を使える超能力者相手にサイコロを振って出目を競うなんてしない、という感覚か。


「私はクジでもジャンケンでもいいよ。尊くんと二人になれるところを引くから」

「それがダメだって今言ってるんだってば!」


 話を聞いているんだかいないんだか、未琴先輩は我が道を行くという風にそう述べる。

 姫野先輩に透かさずツッコミを入れられた彼女は、「なんだ残念」と微笑んだ。

 いつもさらっと言葉を放つから、冗談なのか本気なのかどうもわかりにくい。


「もう。だからね、今回はうっしーくん本人に選んでもらおうと思って」

「え、俺ですか」


 ふんと息を吐いて腰に手を当てる姫野先輩は、腰を反りながらそう言った。

 ゆったりとしたジャージに収まっている胸がやや強調された。


「そう。話し合いは埒が明かないし、運任せもダメ。ならもう、うっしーくんの意思に任せるのが一番かなって」

「俺に誰とやりたいかを選べと……」

「でも、誰か一人を選ぶっていうのもあれだし、今回は女子を二つに分けて、どっちかに入ってもらうっていうのがいいかなって」


 掃除相手で四者択一を迫られるのかとヒヤッとしていると、姫野先輩はそう続けた。


「私と神楽坂さんのチームか、あさひちゃんと楓ちゃんのチームか。うっしーくんにはそのどっちかを選んでもらいましょー」

「な、なるほど……」


 これはつまり、お姉さんたちにちやほやされるか、同級生と後輩とわちゃわちゃするか、そういう二者択一だ。

 どっちも魅力的だななんて思って、さっきただの掃除相手でろうと安食ちゃんに言ったことを反省する。

 誰とどんな風な時間を過ごすかということにおいて、掃除の時間だって馬鹿にならない。


「あー姫ちゃん先輩、誰かの一人勝ちを避けたっしょ〜」

「違う違う。勝ちを二人に増やしたんだよーだ」

「物は言いようってやつでしょそれー」


 有友のケチを姫野先輩がどこ吹く風と受け流している。

 確かにこの二択だと、誰も俺と二人きりにはなれない。

 まぁでも、明らかに俺が選ぶというシチュエーションの中で、なるべく角が立たないようにした結果だろう。

 有友もわかっているのか、そこまで責めているわけでもなさそうだった。

 軽くぶーぶー言いながらも、さぁどうするんだと俺の方を睨んでいる。


「また選ばなくちゃだね。尊くんはどうするの?」


 さてどうしたものかと首を捻っていると、未琴先輩がそう声をかけてきた。

 相変わらずの静かな笑みだ。おっとりとした視線が、俺をじっくりと窺っている。


「私と真凜ちゃんか。それとも、あさひちゃんと楓ちゃんか。二つに一つ。どっちを選ぶのかな」


 そう言って未琴先輩は両手の人差し指を立て、ゆっくりと首を傾げた。




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