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第4話 未琴先輩と初デート ② m-1

「今、他の女の子と考えてるでしょ」

「ッ…………」


 昼食のパスタを食べている最中、未琴先輩がポツリと言った。

 その言葉は何気ないようで、けれど確かに芯の通った鋭さを孕んでいて。

 緊張から思考を現実逃避しかけていた俺は、危うく喉を詰まらせそうになった。


「図星かな」


 若干咽せた俺を見て、未琴先輩は目を細める。

 けれど責める様子は見せず、俺にお冷やを促してくれた。

 ありがたくそれを頂戴して、俺は一息ついてから首を横に振った。


「……そ、そんなことありませんよ。そんな余裕、ありませんから」

「ふぅん。その割には上の空だったけど」

「ま、まぁ、緊張のあまり思考がフェードアウトしてた感はありましたけど」

「へぇ、そう」


 未琴先輩は俺から全く目を離すことなく、小さな相槌を打ちながら食事を再開する。

 何かを疑われている、というわけじゃないんだけれど、なんだか腹の中まで見透かされている気分だ。

 でも、緊張しているのは本当のことだし、別に嘘はついていない。


 未琴先輩に合流するまでは、緊張もあれど初めての女子とのデートに浮かれる気分が上回っていた。

 けれど実際に二人きりで会って行動を共にしてみると、それまで鳴りを潜めていた緊張が一気に爆発したんだ。

「俺、今神楽坂 未琴とデートしてる」と思えば思うほど、バクバクと心臓が暴れ回るんだ。

 そりゃちょっとくらい現実逃避をして、頭の中を整理したくもなる。


 そんな俺にデートのエスコートなんてできるわけもなく、行動は未琴先輩のプランによって行われた。

 映画が観たいという彼女の言う通りについていってみれば、意外にも意外、最近流行りのコテコテ恋愛映画だった。

 人気の若手女優と男性アイドルを起用した、まぁミーハーな女子中高生が好きそうな少女漫画原作の作品だ。

 とても未琴先輩が好みそうな映画じゃなかったけど、デートに恋愛映画は付きものなのかな、と一緒に観ることにした。


 内容はまぁ想像通りの、甘々なご都合主義。女子は好きそうだなって、印象だった。

 クールで大人びた未琴先輩向きとは思えない。有友辺りは好きそうな気もするけど。

 だから内容よりは、暗い空間で隣り合わせに座って、上映中もずっと手を繋ぎっぱなしだったことの方が、よっぽど気持ちを揺れ動かしたのだった。


 映画を見終わった今、昼食にこうして少し小洒落たパスタ屋さんに来ているわけだ。これも未琴先輩のチョイス。

 デートでついていくだけの男というのもなかなか情けなく思ったけど、未琴先輩は自分が先導することに何の迷いもなかったから、なんだか甘えてしまった。


「まぁでも、今日は私とデートしてくれてありがとう」

「……お見通しじゃないですか」


 何事もなさそうに口にされたその言葉は、完全に俺の考えを読んでのことだ。

 別に後ろめたいことじゃないけど、ある意味他の女子のことを考えていた、ということにはなりそうだから何となく気まずい。

 俺が観念の意を示しても、未琴先輩は素知らぬ顔をしている。


「ただ、(たける)くんは必要以上に気を使わなくていいんだよ」

「え?」

「私以外の女の子からアプローチを受けること、別に気に病まなくていいから。私も納得してのことだし」

「ああ、それは…………」


 静かな微笑から表情の変わらない未琴先輩は、本当に感情が読みにくい。

 多分本心で言っているんだろうけど、そこに含むものがあるのかどうか、いまいち判断しかねた。


「尊くんが私に対して誠実であろうとしてくれてることはわかってる。だから別に、他の女の子に多少デレデレしたところで、気が多いなんて怒ったりしないよ」

「……じゃあそれこそ、他の子とデートしたとしても……?」

「もちろん、私として欲しいとは思うけど。でもこうして競い合うことを認めた以上、多少はね。それに、他の子と仲良くした上で君が私をどう思ってくれるのか、そこに興味もあるし」

「そ、そういうものなんですか……」


 余裕というか、肝が座っているというか。

 他人に俺が取られていることを恐れていない、というよりは、俺が他人と関わることで得られるメリットに目を向けている感じだ。

 未琴先輩としては合理的な判断なのかもしれないけど、勝手ながらちょっと寂しい気もした。

 他の女と仲良くしないで、なんて嫉妬されたい気持ちも、誠にわがままながらあって。


「それとも尊くんは、私に嫉妬して欲しい?」

「常々思ってましたけど、俺の心読んでません?」


 しっとりと視線を突き刺してくる未琴先輩に、俺はついつい思っていたことを口にしてしまった。

 けれど彼女はそれを微笑みでいなして続ける。


「君がそういうのがお好みなら、してあげてもいいよ。拗ねたりとか、怒ったりとか、してみようか」

「お、俺には捌く器量がないので、通常モードでお願いします……」

「ふぅん、そう。私の嫉妬なんていらないんだ。へぇ」

「早速拗ねモード入ってません!?」


 淡々とした面持ちで、俺を試すように言う未琴先輩。

 ほんのりと眉を寄せ、微妙な不機嫌顔を演出してくる。

 しっかりと落ち着いたタイプの人にこういうことされるのも、ちょっとゾクっとするな。案外可愛い。


「別に、拗ねたりなんかしてないよ。ただ、『私に嫉妬なんてされたくないんだなぁ。へぇ、そうなんだ』って思っただけで」

「完全に怒ってる時のやつじゃないですか。そんな顔もお綺麗ですけど、ヘタレな俺はタジタジなんで勘弁してください」

「仕方ないね。その褒め言葉で機嫌が治ったことにしてあげる」


 声のトーンがあまり変わらないから、本気なんだか冗談なんだかわからない。

 俺がハラハラしながらも何とか返すと、未琴先輩はフッと口元を緩めて俺から視線を外した。


「まぁ、半分の本気の冗談はさておき」

「半分は本気だったんですか」

「本当に気にしすぎないで。むしろ君は、他の子を誑かした上で私を選ぶくらい、豪気でいてくれて良いんだよ」


 頬杖をついて、未琴先輩はまた俺をしっとりと見つめてくる。


「君が他の子たちとした恋を見て、私はもっと君と恋をする。大丈夫、君が少しくらい迷ったって、多少デレデレしたって、最後は私が全部上書きしてあげるから」

「…………!」


 未琴先輩の深い瞳が、俺を喰らい尽くすようにじっくりと見つめてくる。

 その迷いのない言葉と揺るがないスタンスに、俺は思わずドキリとしてしまった。

 俺程度の揺らめきなんて、彼女にとっては誤差にすらならない。そう思わされてしまって。

 そして何より、最終的に自分が全てを勝ち取るつもりでいる、その決して諦める気のない言葉に、彼女の本気が窺えて。


 この人には敵わない。そう思ってしまった。

 いやまぁ、始めから敵ったことなんて一度もないんだけど。

 それでも、この恐ろしくも健気な女性に、俺は恋の駆け引きで完全に上回られていると、そう自覚せざるを得なかった。


「自分でもよくわからないんですけど。でも俺、あんなことがあっても、全然先輩への気持ちが変わらなかったんです」


 だから、正直に話すことにした。

 この迷いと不安を見抜かれて、包み込まれて、許されているんだから。

 せめて自分の口からハッキリと。


「未琴先輩の気持ちが嬉しい、未琴先輩のことが気になる、仲良くなりたい。その気持ちは変わらなくて。ただ恥ずかしながら、他の子に好きだと言われて動揺してる自分もいて。それが情けないというか、申し訳ないと思ってました」


 散々健気なアプローチを受けつつも、明確な答えを後回しにしている俺。

 その時点でかなり酷いやつなのに、その上他から言い寄られてドギマギして。

 いくらそれを良しと言われても、やっぱり後ろ暗い気持ちがあった。

 でも、そんな俺を全部含んだ上でこれからも関係を進めていきたいと、そう言ってくれるんなら。


「難しい事情とか、思惑とかは俺にはわかりません。みんなのことを別々に扱って、そつなくこなすなんて器用なこと、多分できない。でも、みんなに対して誠実に、未琴先輩に対して責任を持ってちゃんと、向き合うので。そこは俺、ちゃんと頑張りますので」


 深淵の瞳をしっかりと見つめ返す。

 微笑みから変わらない未琴先輩の顔を、ちゃんと真っ直ぐ捉える。


「だから、こらからもよろしくお願いします。俺が未琴先輩のことが好きだって言えるようになった時、ちゃんと先輩に好きだと思ってもらえてる、そんな俺になりますから」


 下手に後ろめたく思って、誰に対しても中途半端な方が、きっとみんなに対して失礼だ。

 恐れ多いことではあるけど、こういう状況に恵まれた以上、なるべくどんと構えてみんなに向き合うべきなんだろう。

 そうやって未琴先輩に相対するのが、きっと今の俺にできる、彼女に対する責任の取り方だと思う。


「うん、待ってる」


 不安ながらもしっかりとそう告げた俺に、未琴先輩は僅かに頰を緩めた。

 相変わらず胸の内を読み取りにくい笑みだけど、でも。どこか嬉しそうにしている気がした。




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