宮殿
「ここに来るのも、ひさしぶりじゃの~」
アル達は、広大な敷地に作られた宮殿の中を歩いていた。白い石がうめ込まれた床は、表面がぴかぴかに磨かれ、通路の所々には銀色の鎧を着た兵士が立っていた。
「しかし、ロンが兵隊だったとはなあ」
「すごいですね!王族警備の護衛軍なんて!」
「もう十五年も前の話じゃ」
「ロン軍団長ってか?なんか想像つかないよ」
「なんじゃ、あの蹴りを見ておったじゃろ?」
「確かにロンさん、すごい身のこなしでしたね」
マリーは、耳にかかった髪を左手でかき上げながら、楽しそうに歩いていた。茶色い肩掛けカバンが、歩幅に合わせて小さく揺れ動いていた。
「そうじゃろ?わしって実はすごい人なんじゃよ」
「よく言うよ。のぞきしてたくせに」
「うるさいのう!アルもノリノリだったじゃろ!」
「誤解を招く事言うなよ!」
「あの~宮殿内では、もう少しお静かにお願いします…」
宮殿の中を案内する兵士は、困惑した様子でロン達の先頭を歩いていた。
「フフッ。私は、ゴール大臣の所に報告に行きますね。ロンさんは別の用事があるんですか?」
「うむ。マリーとアルは、ゴールの所に行ったらええぞ。わしは、その間にゼルナンに会いにいくからな」
「ゼルナン?だれ?」
「え、もしかして、国王ですか?」
「うむ」
「うむって、いや、そんな簡単に会えるのかよ?」
「大丈夫じゃろ」
「大丈夫じゃないですよ。もう、簡単に言うんですから。はあ…」
若い兵士は、歩きながら大きなため息をついた。
「まあ、お互い用事を済ませたら、丁度良い時間になるじゃろ」
「そうですね。アル君の魔法の事も、調べてもらおうと思います」
「そうか。なら、魔学室に案内してもらえば、何か調べてもらえるはずじゃ。では、また後でな」
広い突き当たりに着くと、ロンはアル達と分かれ、宮殿の奥へと進んでいった。アル達は別の兵士の指示で、突き当たりの左にある大きな部屋へと案内された。
「これはこれは!ご無事で何よりです、マリーさん。半年間の調査、ご苦労様でした!」
やや生え際の後退した小太りの男性が、部屋の中に笑顔を浮かべて立っていた。黒い髪は短く整えられ、胸元にボタンのついた茶色い服を着ていた。
「ゴール大臣、おひさしぶりです。こちらは私の調査に協力して下さった、アルさんです」
「アルです」
「初めまして、ゴールと申します。主に外務を担当しております」
「アルさんの協力もあり、遺跡での調査を安全に終わらせる事ができました。こちらが報告書になります」
マリーは、肩掛けカバンから分厚い紙の束を取り出し、ゴール大臣に手渡した。
「おお!ありがとうございます。いや~助かりますよ!マリーさんの調査は、この国の十年分の調査よりも価値がありますからねえ」
「そんな、お上手を」
「いやいや、我が国の考古学は遅れておりますからなあ!長期間の調査、ご苦労様でした」
「こちらこそ、貴重な遺跡を調査させていただいて、ありがとうございました。それと、実は一つ、調査とは別でお願いしたい事があるのですが」
「ほう、なんですか?」
「魔法の事で、少し調べてもらいたい事があるんです」
宮殿の中には、魔法を専門に研究している、魔学室という機関があった。アルとマリーはゴール大臣につれられて、魔学室へと続く長い廊下を歩いていた。
「この部屋にくわしい者がおります。では、私は別の仕事がありますので、ここで…」
「はい、ありがとうございます」
マリーは丁寧にお辞儀をすると、背筋を伸ばし、ゆっくりと扉を開けた。広い部屋の中には本棚がいくつも置かれていて、分厚い本がびっしりと並べられていた。部屋の真ん中にある木の机には、鉱石のようなかたまりが数個、無造作に置いてあった。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」
「はーい!」
本棚の奥から、小さな女の子が歩いてきた。白いローブを羽織り、人形のようなかわいらしい顔をしていた。ツインテールにした茶色い髪は、先の部分が肩の下まで伸びていた。
「あれ、子供だ。なあ、他にだれかいないのか?」
「私が担当者だ!」
小柄な少女はアルをにらみつけた。
「はあ…子供の相手は疲れるんだよなあ……」
「アル君、静かに!」
「え、なんですか?」
「こちらは、魔学室の担当の方です!」
「こいつが?ほんとに?」
「本当だ!」
少女はアルの膝を思い切り蹴った。
「いてっ!」
「ふん!私はルーナだ!用がないなら帰ってくれ。研究でいそがしいんだ」
「ルーナさん、すみませんでした。失礼な事を言ってしまい、お詫びします。実は魔法の事で、少しお聞きしたい事があるのですが……」
「魔法?」
「はい」
マリーは、アルがナンジュの街で突然、魔法を使えるようになった事を説明した。
「ふ~ん、手から水がねえ」
「はい。アル君、首飾りを」
「いって~…」
アルは苦しそうに眉をしかめながら、首飾りの石を少女に渡した。
「ふむ」
「なあルーナさん、これって魔空結晶ってやつなのか?」
「黙れ」
「あ、はい」
少女は首飾りをじっと見つめると、机の上に静かに置き、両手を青い石にかざした。小さな手に呼応するように、首飾りの石が強く光り出した。
「うわっ、なんだ?おれの石が……」
甲高い音と共に、青い光が部屋中に広がっていった。部屋全体が強い光に包まれたかと思うと、徐々に輝きが弱まり、ひし形の石へ光が集まっていった。
「ふう…」
「ルーナさん、大丈夫ですか?」
「ああ。これは、魔空結晶ではないな。ザラを回復させるだけではない。たぶん、もっと強力な効果のあるものだ」
「強力な?どういう事ですか?」
「さっきのはザラを感知する魔法なんだが、石の中からとても強い力を感じた。私では、制御できそうにないほどの」
「……」
「おそらくこの石には、何か条件がそろう事で、持ち主のザラを増幅させる効果があるのだろう。私の推測だがな。お前がいきなり魔法を使えたのも、そのためだと思う」
「へえ~!ほんとかよ!すげえ石だな」
「魔空結晶よりも貴重なものだと思う。私も初めて見るよ」
「ルーナさん、ありがとうございます」
「ああ、助かったぜ!」
アルは少女の頭をなでた。
「き、貴様…」
「アル君!」
「手をどけろー!」
少女の右手から突風が吹いた。
アル達は、兵士の案内でロンのいる部屋へと向かっていた。
「ったく、いきなり魔法を使うなんて…」
「さっきのはアル君が悪いよ」
「え~そうですか?」
アルは、頭にできた大きなこぶをさすっていた。
「それにしても、とんでもない石だね。ザラを増幅させるなんて」
「マリーさんでも知らなかったんですか?」
「うん。私は魔法専門の研究者ではないから、知らない事もたくさんあるんだよ」
「こちらです」
案内の兵士が、茶色いドアの前で足を止めた。
「失礼します!」
「だからサリー、急な用事なんだ。君の事を忘れていたわけじゃないんだよ」
「嘘よ、あなたはいつもそう言って!」
広い部屋の中で、二人の男女が何かを言いあっていた。男性の方は背が高く、整った美しい顔立ちをしていた。金髪の髪は短く整えられ、丈の長い白い服には、きらびやかな宝石の装飾がほどこされていた。
「私の事なんか、どうでもいいんでしょ!」
水色のドレスを着た女性が声を大きくした。若々しい容姿に、桃色の口紅がよく似合っていた。
「なんだなんだ?」
「どうやら喧嘩みたいだね」
アル達は、部屋の入口から様子をうかがっていた。
「ああ、サリー。私には君が必要なんだ。わかってくれないか」
男性は悲しそうな顔で女性を抱き寄せた。
「…本当?」
「本当さ。君がいないと生きていけない……さあ、わかったら自分の部屋に戻っておくれ」
女性は少し落ち着いた様子になると、笑顔でうなずき、そのまま部屋を出ていった。
「いやあ、すみません、ロンさん。話の途中で邪魔が入ってしまって」
「あいかわらず役者じゃのう。何が、君がいないと生きていけない、じゃ。八人も妻がおるくせに」
「は、八人?」
アルは口を開けておどろいていた。
「ロンさん、私は全ての妻を愛していますよ。平等にね」
「ほんとか?どうもあやしいのう」
ロンは目を細めながら、部屋の外に目を向けた。
「ん?おお、マリー!もう終わったのか?」
「はい。あの、そちらの方はもしかして……」
「ああ、国王じゃよ」
「これはこれは、お見苦しい所をお見せしました。ゼルナンと申します。ロンさんのお知り合いの方ですね。どうぞ、おかけになって下さい」
部屋の中には細長いテーブルがあり、背もたれのついたイスが並んでいた。奥には黒板のようなものがあり、会議や打ち合わせができる部屋のようだった。
「実は、まだ話が終わっていなくてのう。ゼルナンよ、どうじゃろうか?このまま二人にも、一緒に話を聞いてもらってよいじゃろうか?」
「私はかまいませんよ」
「あの~私のような部外者がいても、大丈夫なのですか?」
「問題ないぞ。マリーにも、聞いてもらったほうがいいかもしれん。アルはどっちでもいいがの」
「なんだよ、それ」
「では、時間もないので話を再開しましょうか」
ゼルナンがテーブルに近づこうとした瞬間、部屋の外で大きな声がした。
「離して!」
「困ります!国王は今、来客中ですので…」
「サリーと話してたんでしょ?どいて!」
黒髪の美しい女性が、白いドレスの裾を両手で引っ張りながら、部屋の中に入ってきた。
「ああ、イザベラ。今日は約束の日ではないだろう?」
「ええ、そうね。あなたが約束を守った事のほうが、少ないと思うけど!」
「そう言わないでおくれ。君の事は、本当に大切に想っているんだよ」
「嘘ばっかり!いつも私の事だけ忘れるんだから!どうでもいいんでしょ?」
「ロンさん、あれは?」
「うむ、ゼルナンの四番目の妻じゃ。また、長くなりそうじゃな」
「はあ。全然進まないな……」
アルは大きなため息をついた。