謎の男
「…助かるのは私だけですか。それは、無理な相談ですね」
「なら、まとめて消してやろう」
男の乗ったドラゴンが、遺跡の上空まで高度を上げた。
「お二人とも、私が呪文を唱えたら、それぞれ左右に飛んで下さい!」
「了解じゃ!」
「じゅもん?」
「グオオッ!」
ドラゴンが大きく口を開いた。
「テレーベ!」
マリーは、二人の肩に手をあてながら呪文を唱えた。次の瞬間、ドラゴンの口から大きな炎のかたまりが飛んできた。
「うわあっ!」
アルは右側に思い切り飛んだ。不思議と体が軽く感じ、自分の背丈の倍以上の高さまで飛ぶ事ができた。
「え、これは…」
「アル君!体を風が包んでいるから、高くジャンプできるはず!そのまま逃げて!」
マリーは垂直に飛び上がりながら叫んだ。
「ロンさんも逃げて下さい!」
「だめじゃ!」
ロンは、左側に大きく飛び上がっていた。
「私が囮になっているうちに早く!」
がれきの上に着地すると、マリーは両腕を前に伸ばした。
「えいっ!」
マリーの両手から炎があふれ出た。炎はまっすぐな線になって、ドラゴンへと向かっていった。
「ふんっ」
面をした男は、右手を前にかざしながら炎を放った。
「ボオオッ!!」
炎と炎がぶつかり、お互いに勢いを止められたような形で宙にとどまっていた。
「ゴオオッ!」
マリーの出した炎が徐々に押されていき、勢いが弱くなり、かき消えてしまった。細い腕の先に、男の炎がせまってきていた。
「きゃっ!」
マリーは、後ろに素早く飛びのいて炎を避けた。
「大丈夫か?」
ロンがねずみ色のローブを揺らしながら、マリーのもとに駆け寄った。
「あの男はかなりの使い手じゃ!わしが囮になるから、隙を見て攻撃するのじゃ!」
ロンは前へと走り出した。体を前に傾けて走りながら、背中の辺りから茶色いブーメランを取り出し、面をした男に向かって投げつけた。
「グオオッ!」
男の乗っているドラゴンが大きく横に動き、ブーメランを避けた。ロンは走りながら、円を描いて戻ってくるブーメランをキャッチした。
「やれ、フレイヤ」
ドラゴンが炎のかたまりを吐き出した。
「ボワッ!!」
ロンは左右に素早く動き回り、迫りくる炎を避けていた。
「よっ!はっ!くらえっ!」
攻撃をかわしながら、ロンがブーメランを投げつけた。男の乗ったドラゴンは、翼をはばたかせながら上昇し、回転するブーメランを避けていた。ロンは宙返りしながら高くジャンプし、自分の方向へと戻ってくるブーメランを右手でキャッチした。
「す、すげえ…」
アルは、がれきの壁に隠れながら戦いの様子をうかがっていた。
「これでっ!」
マリーは再び両手をかざすと、男に向かって炎を放出した。男はロンを見たまま、左手から炎を出し、丸い盾のように形を広げた。回転しながら形をとどめる炎の盾によって、マリーの攻撃は完全に防がれてしまった。
(このままではまずいの……)
ロンは胸元から丸い球を取り出し、地面に投げつけた。球は半分に割れ、中から白い煙が噴き出した。
「こっちじゃ!お嬢ちゃん!若いの!」
ロンは大きな声で叫びながら、遺跡の奥へと進んでいった。
「はあっ、はあっ。あいつ、何者なんですか?」
アル達は地面に座りながら、がれきの壁に隠れていた。
「わからない。ごめんなさい、私が巻き込んでしまって……」
「いや、気にする事はない。今は、やつから逃げ切る事を考えるのじゃ」
ロンは鋭い目つきで辺りを見回していた。
「すぐにここも見つかってしまうじゃろう」
「やはり私が囮になります。その間に二人は逃げて下さい」
「いや、それはだめじゃ」
「でも、このままでは…」
白い煙が徐々に消えていき、周辺の景色が元通りになっていった。
「バサッ!バサッ!」
ドラゴンのはばたく音が辺りに響いてきた。
「来たぞ」
「あの……おれに考えがあります」
面をした男はドラゴンに乗りながら、周囲を注意深く見つめていた。煙は完全に消えてなくなり、地面には無数の石の破片が散らばっていた。
「ガタッ!」
がれきの中から、マリーが勢いよく飛び出してきた。両手を前にかざしながら、大きな火の球をドラゴンに向けて飛ばした。
「グオオッ!」
ドラゴンが赤い炎を吐き出し、火の球にぶつけた。火と火がぶつかりあった瞬間、面をした男の傍にブーメランが飛んできた。
「ふんっ!」
男は右手で炎の盾を作り、攻撃を防いだ。回転するブーメランは真っ赤に燃えながら地面に落ちていった。
「はああっ!」
次の瞬間、アルがブーメランと反対の方向から飛び出してきた。膝を曲げて上空に高く飛び上がり、男に向かって勢いよく突進していった。
「甘い」
男は左手から燃えさかる炎を放った。赤い炎の線が、アルに向かってまっすぐ進んでいった。
「ボワアッ!!」
アルの体が炎に包まれた。
「うおおっ!!」
炎の中からアルが飛び出てきた。両手で頭をガードし、右の手のひらから水を出しながら、自分の体に向けて放出していた。火傷を負った所を、瞬間的に冷やしているようだった。
(こいつ、最初からダメージを受ける覚悟で!)
ドラゴンが大きく上昇し、アルの渾身の体当たりを紙一重で避けた。
「ぬおおっ!」
はるか上空から、ロンの声が聞こえてきた。面をした男は思わず空を見上げた。太陽の光の中に、ぼんやりと人影が見えていた。
(死角から攻撃を!)
男は手を上にかざし、炎を出そうとした。
「朱雀双脚!」
ロンは勢いよく落下しながら、両足で男に蹴りを入れた。
「ドゴオッ!!」
男の体がドラゴンの背中から吹き飛び、地面へと叩きつけられた。
「はあっ、はあっ、やったっ!」
アルは、地面にうつぶせに倒れ込みながら笑顔を浮かべていた。
「手ごたえありじゃ!」
「ロンさん、すごいっ!」
「グオオオッ!!」
けたたましいうなり声を上げながら、ドラゴンが男のもとに降りてきた。周りには石の破片が飛び散り、砂ぼこりが巻きあがっていた。
「やるな…」
赤い髪の男が、がれきの中からゆっくりと立ち上がった。
「少し、ザラを使いすぎたか……フレイヤ!」
「グワアッ!!」
叫び声を上げるドラゴンの背中に、男が飛び乗った。赤いドラゴンは、男を乗せたまま高く上昇し、そのまま彼方へと飛び去っていった。
「あいつ、逃げるのか?」
「そのようじゃな」
「アル君、大丈夫?」
「はい、大丈夫です!」
アルは腰をさすりながら体を起こし、地面にあぐらをかいて座った。体のあちこちには焦げた跡があり、右腕には痛々しい火傷ができていた。
「全員を囮にするとは、見事な作戦じゃったぞ。アル、立てるか?」
ロンは穏やかな笑みを浮かべながら、左腕をアルの前に伸ばした。
「ああ……ありがとう。あんたもすごかったよ、ロン」
アルは嬉しそうに笑いながら、ロンの左手をつかんだ。
薄暗い森の中で、三人が焚火を囲みながら座っていた。マリーは地面に両膝をつき、アルの右腕に白い包帯を巻いていた。
「ごめんなさい、治癒の魔法は得意じゃなくて。右腕は、すぐには治らないと思うの」
「まともに炎をあびたからのう」
「これくらい大丈夫ですよ」
アルは笑顔を浮かべながら、マリーの姿を見つめていた。マリーはローブを脱ぎ、前かがみになって包帯を巻いていた。ふと、胸元に目をやると、白い服の隙間から肌が見えそうになっていた。
(うわっ…)
「アル君、どうかした?」
「い、いやっ、なんでもないです!いやあ~ほんとにすごい戦いでしたね~!ハハハ…」
「スケベじゃの~」
「え、な、なんの事?あ、ところでロンは、何か武術でもやってたのか?」
「まあ、若い時に少しな。今は、腕もなまっておるよ」
「それであの動き?」
「ほんと、ロンさんの身のこなしにはおどろきました」
「いやあ~もっとほめてくれ!」
「はいはい…でも、どうしてあいつは逃げたんですかね?」
アルはあぐらをかいて座りながら、右腕をさすっていた。
「たぶん、ザラが少なくなったからだと思う」
「ザラが?」
「うん、ザルギナ……魔法生物を操るには、多くのザラが必要らしいから」
「へえ~そうなんですね。また襲ってこなければいいですけど」
「そうじゃな。消耗が激しいのなら、すぐには動けんと思うが」
ロンは焚火に薪を投げ入れた。パチパチと音を立てながら、炎の勢いが強くなっていった。
「あの男は、遺跡の石板を欲しがっていた。ねらいは、古代の魔法かもしれんのう」
「古代の?」
「そうですね」
マリーは分厚い石板を手に取った。
「ここに書いてある事、はっきりとはわからないけど、どうもあの遺跡には何かが封印してあったみたい」
「それが魔法って事ですか?」
「そこまではわからないの。くわしく調べてみないと。所々、劣化して読めない部分があって」
「古代の歴史には謎が多くてな。ただ、どうも大昔には、魔法の力が栄えていた時代があったようじゃ」
ロンは銀色のコップを口元に近づけた。温かいミルクから、白い湯気が立ちのぼっていた。
「今日みたいな人が、また襲ってくるかもしれない。ごめんなさい、危険な旅に巻き込んでしまって……」
「な~に、その時はまた、おれが魔法で追い払ってやりますよ!」
「アルが追い払ったわけではないじゃろ?」
「う…」
「フフッ。頼りにしてるよ、アル君」
マリーは目を細め、優しく微笑んだ。
青い空に、まん丸とした雲がたくさん浮かんでいた。広い街の中には、無数の家が所狭しと立ち並び、白い壁が太陽の光に照らされ美しく輝いていた。広い通りでは、大勢の人間が楽しそうに会話をしながら、何か祭りでもあるかのように、笑顔を浮かべて歩いていた。
「いや~すげえ数!」
「ここは、この国で一番大きな街じゃからな」
アル達が遺跡で襲われてから、四日が経とうとしていた。アルの火傷を治す為、途中にいくつかの村で休息を取った後、三人はギルメインの入り口に到着していた。
「ここには、ギル国の王様が住んでるんだよ」
「え、そうなんですか!おれ、何も知らなくて」
「まあ、普通に暮らしていたら縁のない街じゃろう」
「マリーさんは、なんの用事があるんですか?」
アルはマリーの隣を歩きながら、小さなパンをかじっていた。
「私は、考古学の調査結果を報告する為に来たの。一応、ギル国に許可をもらって調査をしていたからね」
「そうなんですね」
「ロンさんも、王宮にご用があるんですか?」
「そうなんじゃ」
「なんの用事があるんだよ。だいたい、王宮なんて簡単に入れるのか?」
「難しいかも」
「なら、私が許可をもらいましょう。調査中の私と一緒なら、たぶん中に入れると思います」
「おお、それは助かるのお~」
しばらく通りを歩いていると、人ごみの先に、金属でできた大きな扉が見えてきた。門のようになった扉の両脇には、警備兵と思われる二人の男が立っていた。兵士達は、背丈以上の長さがある大きな槍を持っていた。
「おおっ!すげえな!」
「ここが入り口じゃよ」
「まず、私が話をするので、少し待っていて下さいね」
マリーは兵士達に近づき、金でできた美しい腕輪と、横長の封筒に入った手紙を取り出した。きらびやかな腕輪には、植物のような模様がきざみ込まれていた。
「ラウ国より、考古学の調査で立ち寄っていたマリーという者です。調査結果を報告する為に、王宮の中に入れてもらえないでしょうか?」
「ふむ、ラウ国からの正式な調査のようですね。わかりました!入るのを許可します!」
「ありがとうございます」
「案内の者が来るまで、しばらくここでお待ち下さい」
「なあ、あの腕輪って何?」
「ありゃ、ギル国から貸し出されるもので、異国の者が何か調査をする為に必要なものじゃ。調査が終わったら、返さないといけないんじゃよ」
「へえ~くわしいな!」
「まあの~」
ロンは得意げな顔をしていた。
「あちらの者達は?」
「あの方達は、私の調査の協力者です。宮殿に用があり、一緒に中に入れていただけないでしょうか?」
「許可証を持っていないとなると、難しいですね!あなたの用事が終わるまで、ここで待ってもらいましょう」
「そうですか……わかりました」
「さすがに、警備が厳しいようじゃな」
ロンが扉の前へと近づいてきた。
「止まれ!」
兵士達が素早い動きで槍をかまえ、ロンの頭へと向けていた。
「うむ、なかなかいい動きじゃ。だが、少し踏み込みが浅いのう」
「何を言って……え、あなたは!」
「ま、まさか、ロン軍団長!」
「それは昔の名じゃ」
ロンは、槍の切っ先を静かに見つめていた。
「す、すみません!」
「あの~ロンさんのお知り合いですか?」
「うむ、少しのう」
ロンは満足げに笑いながら、白いひげを右手でさわっていた。