神を宿した光
「なあ、リリー。レギリアの使ってたあの魔法、いったいなんなんだ?」
「イルジットを倒した時の?」
「ああ。体の周りに、すげえ綺麗な光がまとわりついて」
「そうか……まだ、トネルは読んでなかったわね」
雪深い山道を、リリーとトネルが隣り合うようにして歩いていた。黒いローブを身にまとい、分厚いフードで頭をすっぽりと隠していた。二人の足もとには白い雪が降り積もり、前へと歩くたびに、茶色いブーツが足首のあたりまでめり込んでいた。
「あれは己の体を作り変える、究極の錬真魔法の一つよ」
「作り変える?」
「ええ。魔法による攻撃を弾き返し、深い傷を瞬時に治してしまう。自ら消費したザラすらも、その力で強制的に回復させる。魔法で肉体を作り変える事によって」
「嘘だろ?そんな事が…」
「古代に編み出された、人を人ならざる者へと変える究極の魔法……大賢者ソルシャインの書には、そう書いてあった」
リリーは真剣な表情で前を向き、雪の中を歩いていた。風が強くなり、冷たい雪がフードの中へと入り込んできた。
「神を宿した光と共に……並の魔法では手も足も出ない。悔しいけど、レギリアの力は頭一つ抜けてる」
「だよなあ。おれも、わりと才能があると思ってたんだけど。帝国の中で、あいつにかなうやつなんていないんじゃないか?」
「そうかもしれないわね。どんなに修練を重ねても、現実は残酷なもの。どうしようもない才能の壁がある。それでも、私は……」
リリーは歩きながら、拳を強く握りしめた。
「…少し強くなってきたわね。急ぎましょう」
「え~!ちょっと休憩しようぜ?こういう時は暖でも取りながら、あったかいものを……」
「早く次の街に行かないと。のんびりしてたら、また懲罰房に入れられるわよ?」
「うっ…あの真っ暗闇は、さすがにちょっと……よし、この前おぼえた魔法で、少し速度を上げるか!リリー、ちゃんとついてこいよ?」
「もう…調子がいいんだから」
リリーは呆れたような顔でトネルを見つめながら、小さな笑みを浮かべていた。
「ヒュン!」
虹色の光をまとったアルが、トネルの目の前に迫っていた。
(ばかな!あの光は!)
「ドゴオッ!」
強く振り下ろされた拳が、トネルの体を大きく吹き飛ばした。トネルは砂ぼこりを巻き上げながら地面に何度もぶつかった。
(ありえない!なぜあいつに、あんな力が!)
トネルは右の膝を地面につき、息を切らしながら立ち上がろうとした。鋭い視線の先には、光に包まれたアルの姿があった。
「マリーさんはやらせない!絶対に!」
アルは拳を強く握りながら、地面の上に立っていた。肉体には力が戻り、怒りに満ちた表情でトネルを見下ろしていた。
(もともとあれだけの力があった?いや、ちがう!ただの底力で、あの領域にはたどりつけない!)
トネルは険しい表情でアルの首元を見つめていた。首飾りの青い石が、虹色の光の中で、一瞬だけ強く輝いた。
(まさか…!)
「お前はここで止める!おれが!」
「…言ってくれる。ただの護衛が!」
「バチバチ!」
青い光を放ちながら、トネルがゆっくりと立ち上がった。
「終わるのは貴様だ!借り物の力で、いい気になるなよ!」
「バチッ!バチチッ!」
トネルの周囲から、無数の雷光が立ちのぼった。細い稲妻が、重力にさからうように次々と上昇し、トネルの髪が上へと逆立ち始めた。
「ゴロゴロ…」
アル達のはるか上空では、灰色の雲が発生し、うなり声のような不気味な音を立てていた。
(あれは……雷?)
アルは虹色の光をまとったまま空を見上げた。分厚い雲の隙間から、かすかに青い光の線が見えていた。
「自然魔法を極めた先に、何があるか知っているか?人智を超えた自然現象にザラが共鳴し、その膨大な力を、己の術として使う事ができる!」
トネルは両腕を前へと伸ばしながら、手のひらを斜めに重ねていた。
「せいぜい耐えてみろ!自慢の魔法でな!」
「ピシャアッ!」
光と共に、雲の上から雷鳴が轟いた。
「雷掌底!」
激しい稲妻が地面へと落ち、トネルの目の前で、青い光の輪へと変化した。体の数倍の大きさをした巨大な輪が、雷光を放ちながらアルへと襲いかかった。
「ピシャアアアッ!!」
光の輪が弾け飛び、雷鳴と共に強烈な衝撃波を発生させた。地面の土がえぐり取られ、激しい光によって辺りは何も見えなくなった。
「ゴガガガッ!」
大地の下から無数の尖った岩が浮かび上がり、まばゆい光の中で四方へと散らばっていった。トネルは青い光の中で素早く後ろへと飛びのき、自らの魔法に巻き込まれないよう、大きく距離を取った。
「シュー…」
光が徐々におさまっていき、地面から焼け焦げた匂いがただよってきた。灰色の雲はいつのまにか姿を消し、青空の奥で白い太陽が輝いていた。
「ダンッ!ガッ!」
アルは虹色の光に包まれながら、広い大地の上に何度も打ちつけられた。体の向きを変えながら地面に幾度となくぶつかり、トネルのいた場所から遠ざかっていた。魔法によって生じたすさまじい衝撃を止める事ができず、攻撃の勢いのままに彼方へと飛ばされていった。
「うおおお!」
アルは叫び声を上げながら右手を地面につけた。そのまま手に力を込め、飛ばされる体を必死におさえこもうとした。土煙が右手からあふれ、虹色の光に溶け入るように勢いよく吸い込まれていった。
「はあっ、はっ…!」
地面に両膝をつきながら、アルの体が停止した。体を覆う光は消え、青い髪には土がついていた。アルは息を切らしながら立ち上がり、険しい表情で前を向いた。トネルと戦っていた場所は豆粒のように小さくなり、地面から立ちのぼる白い煙が、空へと細く伸びていた。
(飛ばされた?あんなに遠くから……でも、なんで無事だったんだ?)
アルは目を大きく開きながら、じっと前を見つめていた。遠く離れた煙の方向から、青い点が近づいてきた。
(えっ…?)
「ドゴオッ!」
アルの体が後ろへ吹き飛んだ。両手を伸ばしながら山なりに低く飛ばされ、背中から地面に叩きつけられた。
「うぐっ!」
「やはり、短時間しか使えないようだな!死ぬまでの時間稼ぎだ!」
トネルが右手の拳を握りしめながら、アルの目の前に立っていた。黄色い髪はもとに戻り、先の方に黒い煤がついていた。
「ぐうっ…!」
「焼け焦げろ!」
右手に青い光を集中させながら、トネルは腕を振りかぶった。
「カアアッ!」
突如、白い光が辺りを包み込んだ。まばゆい光が周囲に広がり、トネルはとっさに目を閉じた。
「ザザッ!」
マントを身につけた人間がトネルとアルとの間に割って入り、アルの体を素早く持ち上げた。閃光の中で、アルを抱きかかえたまま後ろへと飛びのき、トネルから大きく距離を取っていた。
「ヒュンッ!」
着地した方向から、トネルの方へと水色のかたまりが飛んできた。丸みを帯びた水のかたまりがトネルの体に直撃した。
「ドポンッ!」
大量の水がトネルの体を濡らし、下へと落ちきらずに体にまとわりついた。水飴のように形を保ちながら、トネルの全身にくっつき、体の自由を奪っていった。白い光が消え、乾いた大地が地平の果てへと広がっていた。
「なんだ?いったい……」
「まったく、世話の焼けるやつだ」
仰向けに倒れたアルの隣で、リバインが長いライフルを両手で持ちながら、トネルの体へと向けていた。
「リバイン?お前、どうして…」
「フッ。ひさしぶりだな。ちょっと遠出したくなってな」
リバインは、黒いライフルを槍のように右手に持ち替え、アルと目を合わせた。肩の上までまっすぐに伸びた銀色の髪が、小さく揺れ動いていた。アルは素早く立ち上がり、肩についた土を払いながらリバインの隣に並んだ。
「お前はもう少し、逃げる方法も覚えたほうがいい。なにかと直感的すぎる」
「へっ!わるかったな。けど、助かったぜ。派遣兵ってやつに志願したのか?」
「いや、上が開発した新しい飛行艇のテストも兼ねて、ちょっと情報を伝えにな。兵達は遅れてやってくる」
「情報?それだけの為にわざわざ……」
「まあ、色々あってな。シャンリンはテンヨウに残って研究している。それより、あいかわらず、厄介なやつを相手にしているようだな」
リバインはライフルの先端を地面につけながら、前を見つめていた。身動きの取れなくなったトネルが、地面に立ちながらじっと下を向いていた。
「国境沿いではなく、いきなりヘウルーダの傍で戦闘とは。確か、エレグ山の地下で襲ってきたやつか」
「ああ、ゲルニスのやつらだ!早くマリーさんの所に…!」
「何かあったのか?」
「空からとんでもない攻撃が飛んできて、離ればなれに!」
「そうか。確かに、とてつもないザラが街のほうへと動いている……あまり余裕はなさそうだな」
リバインは鋭い目つきで左に目をやると、すぐに視線を戻した。
「あの程度の魔法、すぐに破ってくる。おれがやつを引きつけるから、挟み撃ちにするぞ!」
「わかった!」
「バチバチッ!」
トネルの体から青い光があふれ出した。体にまとわりついていた水のかたまりが、雷光と共に弾け飛んだ。
(スピードでは勝ち目がないな)
リバインは後ろに飛びのきながら、左手をマントの内側へと入れた。そのまま手を素早く動かし、地面に向かって灰色の玉を投げつけた。
「シュオー…」
大量の煙が地面から立ちのぼり、トネルの周囲を覆っていった。辺りは灰色の煙に包まれ、何も見えなくなっていた。
(ザラが一つ消えた……煙に隠れて仕掛けてくる気か)
トネルは両手の拳を握りながら、周囲のザラを感知していた。
「ヒュン!」
丸みを帯びた物体が、煙の奥から飛んできた。トネルは左に素早く飛びのき、透明な水のかたまりを避けた。
「ヒュン!ヒュン」
トネルの動きを予測するかのように、水の弾が次々と飛んできた。トネルは青い光をまとったまま、最小限の動きで攻撃をかわしていた。
(うっとうしい!ザラを消しながら撃っているのか!卑怯な真似を…!)
灰色の煙の中で、トネルは両膝を曲げ力を溜めた。
「バチチッ!」
青い光をまとったトネルが、弾丸のように前へと飛び出し、深い煙の中を突っ切った。
「シュオンッ!」
煙の一部が拡散し、トネルの目の前に、ライフルをかまえたリバインの姿が現れた。黒い霧が、螺旋を描くようにリバインの体にまとわりついていた。
「ザラを隠しても、軌道でわかる!残念だったな!」
トネルはリバインのみぞおちにめがけ、右手で突きを放った。
「シュオー!」
拳がマントに触れた瞬間、リバインの体が霧のようにかき消えた。
「なにっ!」
トネルの頭上で、リバインが黒い霧を体にまとわりつかせながら、大きく跳躍していた。長いライフルの先端が、トネルの体へと向けられていた。
(まさか!自分の幻影を作り、囮に!)
「ドポンッ!」
トネルの体を水のかたまりが包み込んだ。水飴のように形を保ったまま、両腕から下へと垂れ下がった。
「こんなもの!」
「キイインッ!」
甲高い音と共に、アルがトネルのふところに潜り込み、腰を落として攻撃の態勢を取っていた。右の肘を曲げ、拳を強く握りながら、手の周りに虹色の光を集中させていた。
「これだけ近づけば!」
首飾りの石を大きく揺らしながら、アルは右手で突きを放った。