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フィーネ・クリスタル  作者: 青空ミナト
178/211

動き始めた戦場


「ドガガッ!」


 黒煙こくえんが立ちのぼる戦場に、大きな岩が落下した。黒いよろいをまとった兵士達が、ゲルニスとの国境沿こっきょうぞいの一画いっかくで隊列を作り、風の魔法による攻撃をり返していた。一人一人の魔法はそれほど大きな威力いりょくではなかったものの、数が合わさる事で力をし、激しい風が地面の岩をえぐり取っていた。


「ちっ!じわじわとけずるつもりか!遠くから卑怯ひきょうな!」


「こう距離を取られては……」


 銀色のよろいを着た兵士達が、けわしい表情で前を見つめていた。攻撃をふせぐ為のたては、そのほとんどがボロボロになり、辺りには疲弊ひへいの色がただよい始めていた。


「下がれ!まとめて吹っ飛ばす!」


 褐色かっしょくはだの男性が、黒い髪を逆立さかだたせながら前へと走り出した。大柄おおがらな体の上によろいをまとい、たけほどもある長剣ちょうけんを両手でにぎりしめていた。


「ザシュッ!ザッ!」


 突き刺すような突風(とっぷう)が、無数の石つぶてと共に飛んできた。するどい風の刃が、男性の肩をよろいごしに貫通かんつうした。


「ぬん!」


 男性は攻撃を受けながらもひるむ事なく、前へと突き進んだ。傷口のあたりから弱い光があふれ、赤々とした血が少しずつ止まっていった。


「はああっ!」


 敵陣てきじんそばで、褐色かっしょくの男性は剣を大きく振り回した。やりのように長い剣の先端から炎があふれ、回転する長剣ちょうけんの勢いと共に、竜巻たつまきへと変化していった。


「ゴオオオッ!」


 炎をまとった竜巻たつまきが前へと向かっていき、ゲルニスの兵士達を大きく吹き飛ばした。男性は、両手で剣をにぎりしめたまま後ろへと飛びのき、うねりを上げる赤い竜巻たつまきをじっと見つめていた。轟音ごうおんが響き渡る中、空の上から一人の兵士が落下してきた。


「っと!ガラン、無事ぶじか?」


「ええ。この程度ていど、傷のうちには入らんです。状況はどうですか?」


「全体的に押し込まれている!特に、十四ブロックの守りが危ない!後方の部隊と協力して切り返しているようだ!」

 

 ダリルは緑の髪をらしながら素早すばやく立ち上がった。白銀はくぎんよろいには、背中のあたりに小さなげがついていた。


「やはり、厳しいですな。魔装兵まそうへいめ!」


「なんとか持たせんとな!こっちに遠距離攻撃が集中している!連携れんけいで押し返すぞ!」


「わかりました!」


 褐色かっしょくの男性は一歩前に出ると、背中を曲げ剣をかまえた。その頭上を飛び越えるように、ダリルが勢いよく跳躍ちょうやくし、そのまま真上へと上昇していった。炎の竜巻たつまきは消え、りになったゲルニスの兵達がゆっくりと立ち上がっていた。


「タイミングはお前にまかせる!」


「ええ!ぬおおっ!」


 いさましいさけび声と共に、男性は剣を振り下ろした。自分の体と同じくらいの大きさをした竜巻たつまきが、炎をまといながら前へと進んでいった。回転する赤い線の内側には、圧縮あっしゅくされた炎のかたまりが見えていた。


「いけっ!」


 ダリルは高く滞空たいくうしながら、両腕を前へと伸ばした。手のひらから、うっすらと緑がかった、透明な球体が放たれた。小さな球体は高速で回転していたが、あまりにも速すぎる為、遠目とおめでは止まっているのと同じように見えていた。


「シュンッ……ゴアアアッ!!」


 二人の魔法が敵のそばでぶつかり、強烈な衝撃波しょうげきはが発生した。地面の土が広範囲にえぐり取られ、拡散する炎と突風(とっぷう)によって、ゲルニスの兵士達は大きなダメージを受けていた。

 ダリルは右腕を顔の前に上げ、吹き荒れる風から空中でを守っていた。しなやかに体を伸ばしながら、引力にさからう事なく地面へと落ちていった。

 

劣勢(れっせい)だな。このまま続けば、魔法を使える兵達もザラの回復がに合わなくなる。やはり、数の差が……)


 ダリルはけわしい表情を浮かべながら地面に着地した。広い大地のあちこちから大きな爆発音が響き、敵味方を問わず、多くの兵士が地面にたおれていた。ルールのない命のうばい合いがいつ終わるのか、だれにもわからぬまま、国境での戦いはさらに激しさをしていった。







「……」

 

 巨大な石のとびらの前で、レシュトゥナは目を閉じながら静かに正座せいざをしていた。さらさらとした茶色い髪がこしの近くまで伸び、着物のように長い服のはしが、床の上にくっついていた。ちゅうに浮かぶ無数の光のたまが太い円柱えんちゅうを照らし、雑多ざったな音や匂いのない、き通った空気が流れていた。

 

「なんて荒々しい歌声……まるで、奥底にある悲しみをかくしているような」


「レシュトゥナ。侵攻しんこうが始まったようだ」


 静かにつぶやくレシュトゥナのそばに、テルシドが音もなく近づいてきた。こげ茶色の髪は短く逆立さかだち、腰に巻いたおびの先が、紺色こんいろのズボンのふとももにれていた。


「国境のいくつかで、ゲルニスからの攻撃が確認されている。ヘウルーダの周辺でも戦闘が始まった」 


「そう……そうですか。では、時間の問題かもしれませんね。母様かあさまの言われていたように、国を守る兵の方達も、それほどたよりにはならないでしょうから」


「そのような言い方はよさぬか。皆、命をかけて戦っている。一族の者も、とびらの前で待機している。やつらの好きにはさせん」


「フフッ。兄様にいさまは、本当に一族としてのほこりをお持ちなのですね。尊敬します」


 レシュトゥナは目を閉じたまま前を向いていた。


皮肉ひにくはよせ。おれはただ、自分の信念にしたがっているだけだ」


「いえ、そんなつもりは。心からの気持ちです。腹違はらちがいの妹のために命をかけるなど、私には真似まねできませんから」

 

「……」


「自由に地上を歩く事もゆるされず、そのを一族にささげる。兄様にいさまのような生き方をできる人間が、どれほどいるでしょうか」


「それは、守人もりびと巫女みこであるお前も同じだ」

 

「私は兄様にいさまほど強くはありません。遠い日に、希望を置きりにしましたから」


 レシュトゥナは、うっすらと笑みを浮かべながら上を向いた。りょうのまぶたは閉じられ、きぬのように美しいはだが、光の玉によって白く輝いていた。


「おそらく、人形にんぎょうには不要なものだったのでしょう。かがみのためならば、たみ犠牲ぎせいも、国の未来も、さして気にはなりません。国を守るための守人もりびとなのに、おかしな話ですね」


「そんな事はない。お前の中にも心は残っている。レシュトゥナ、おれはお前に……」


 テルシドは、うつむきながら言葉をつまらせた。少しの沈黙ちんもくの後、体を前に向け、入り口の方向へと歩き出した。


「少し、宮殿の様子を見てくる。すぐに戻る」


「はい。お気をつけて」

 

 背中越しに言葉を発するテルシドに向かって、レシュトゥナはゆっくりと返事をした。







「こっちは右腕の傷が深い!傷口をふさいでくれ!」


「はい!」


 分厚ぶあつい布にかこまれたテントの中で、マリーは背中を丸めながら負傷兵の手当てをしていた。よろいを脱いだ青年が木のベッドに仰向あおむけになり、低いうなり声を上げながら口をふるわせていた。


よろいごしに貫通かんつうしている……風のやいばで切りつけられたんだ!早く止めないと!)


 マリーの手からあわい光があふれ出した。マリーは、包帯ほうたいの巻かれた腕に手をかざしながら、血のにじんだ傷口を見つめていた。


「ドゴオッ!」


 不気味ぶきみな爆発音が、テントの向こうから響いてきた。外とをへだてる灰色の布が、風圧により内側へと曲がっていた。


「あ、あいつら……いくらなんでも、早すぎる。きっと…!」


「動かないで下さい!傷が広がります!」


「きっと、あの中に……」

 

 負傷した青年は仰向あおむけになったまま、マリーに向かって少しずつ言葉を発していた。大きなテントの中は、傷ついた兵と治療をする人間でいっぱいになり、血と消毒液のじったにおいが充満していた。


「シュー…」


 テントの外では、あちこちからすすけたけむりが立ちのぼり、ひびの入った金属のからが地面にたおれていた。兵士達の奮闘ふんとうによって防衛ラインは維持されていたものの、時間と共に地面の下から現れる球体により、激しい戦いが途切とぎれなく続いていた。


「はあっ、はっ……まだ出てくるのかよ?」


「終わりが見えんのう!はあっ!」


 ロンは右足を力強く踏み込み、前へと飛び出した。ねずみ色のローブをなびかせながら、黒い球体がからを開くのと同時に、右手で強烈な掌底しょうていをたたき込んだ。大きな目玉が粉々にくだけ、不発に終わった細い火の線が、上へと立ちのぼった。

 ロンは、攻撃が終わると同時に後ろへ素早すばやく飛びのき、アルと並びながらこぶしにぎりしめていた。

 

「ロン、おかしくないか?」


「何がじゃ?」


「魔法で感知してたはずだろ?へムル遺跡の時みたいに、トラップなのか?」


「わからん!今は目の前の敵に集中するのじゃ!」


「わかってる!」


 アルはけわしい表情で前を向くと、両腕を伸ばし、ロンと一緒いっしょに攻撃を仕掛しかけた。アルの放つ水流と、ロンの拳撃けんげきにより、黒い球体の動きが次々と止まっていった。アル達から少し離れた所では、数人の兵達が、黒い残骸ざんがいそばに集まっていた。


「いきなり仕掛しかけてきやがるとは!魔法による術か?」


「かもしれん!十二年前のものが突然動き出すとは……破片はへんの一部を回収しておこう!あとで解析かいせきしてもらう!」


「ああ。おれがひろおう」


 若い兵士が地面にひざをつき、右手に剣をにぎったまま、黒い残骸ざんがいを見つめていた。


「おい、どうした?早くしろ」

 

「……いや、やっぱりやめておこう。こいつが綺麗きれいにしてくれるんだから。ヘウルーダを」


「何を言ってる?おい、早く…」


よごれた街を消し飛ばして、綺麗きれいに!」


「ザシュッ!」


 剣を持った兵士が立ち上がり、振り向きざまに斬撃ざんげきを放った。風をまとった太刀たちが、後ろに立っていた兵士のよろいを切りいた。


「ぐはっ!」


「お前、何を!」


「だから、だめだ!このままヘウルーダまで行かせないと!」


 兵士のひとみが赤く輝き出した。うつろな表情を浮かべながら、魔法をまとった剣を乱雑に振り回し、周囲にいる兵達に攻撃をり返していた。 


「ロン、なんかあっちの様子がへんだぞ!」


「むう!裏切うらぎりか?」


「バチバチッ!」


 顔を横へと向けるアル達のもとへ、青い雷光らいこうち込まれた。二人は左右に大きく飛びのき、攻撃を仕掛しかけてくる球体を見つめていた。


「くっそ!次から次に!」


「まずはあれをたおしてからじゃ!いくぞ!」


 いさましいロンの声が、混乱した戦場の中に響いた。風の勢いが強くなり、丸みをびた白い雲が、青空の中を音もなく移動していた。激しさをす戦いを上から見下ろしながら、大きくふくらんだ雲が、空のてへとまっすぐに進んでいった。


「ヒュンッ」


 戦場から距離の離れた空の奥から、白い雲を切りくように、一筋ひとすじの光がそそいだ。虹色にじいろにきらめく細い線が、流星を思わせる速さで地面へと落ちていった。


「ドゴオオッ!」


 かわいた大地に爆発音が響き、大量の土砂どしゃが周囲に飛び散った。広範囲に土煙つちけむりが舞い上がり、隕石いんせきが落ちた後のような、巨大なクレーターができていた。


「……」


 深い穴の底で、リピステスが深緑色ふかみどりいろのマントをにまとい、右のひざをついていた。体をおお虹色(にじいろ)の光が消えていき、くせのついた金色きんいろの髪が肩の上でれ動いた。

 リピステスは口を閉じたままゆっくりと立ち上がり、軽くひざを曲げながら、穴の外へと大きく跳躍ちょうやくした。ふわりと浮き上がった体が、土煙つちけむりっ切りながら地面の上へと着地した。


「ふう……さすがに、ラフィーナからはつかれるな。もっと中継地点をやしておかないと」


 リピステスはマントについた砂を手で払いながら、前を見つめた。遠く離れた戦場から、灰色のけむりがいくつも立ちのぼっていた。


「へえ……いい感じに仕上しあがってるじゃないか。こういうのを、順風満帆じゅんぷうまんぱんというのかな。時間をかけて仕込しこんだ甲斐かいがあったね。ククッ…」

 

 邪悪な笑みを浮かべながら、リピステスは両手を前にかざした。


「プロスクルス!」











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