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フィーネ・クリスタル  作者: 青空ミナト
175/211

違和感


「ヒューッ!」


 強い風が吹き、砂ぼこりが空へと高く舞い上がった。(かわいた大地には太陽の光が照りつけ、兵士達の待機する横長のテントがいくつも並んでいた。王都を守る為に作られた防衛線には、ゆるやかなカーブを描くようにして兵士達の列が続き、遠く離れたヘウルーダの街が豆粒のように小さくなっていた。


「バサバサッ!」


 空から吹く風が、マリーの白いローブを後ろへとらした。マリーはテントから少し離れた所に立ち、真剣な表情でヘウルーダの方向を見つめていた。


「……」


 大きなひとみがわずかにれ動き、砂混じりの風の中でうるんでいった。マリーは口を閉じたままじっと前を向き、突き刺すような風を体で受け止めていた。


(あと四時間半……とうとう始まる。できれば、始まってほしくなかった)


 雲の浮かぶ青空から、まばゆい太陽の光が地面へとそそいでいた。


(私は、本当にこれで……いけない。今は、自分の仕事に集中しないと。自分にできる事を)


「マリーさん!」


 アルが大声を出しながら、マリーのそばへとけ寄ってきた。首飾くびかざりの青い石が、左右に大きくれていた。


「十分後に、また打ち合わせをするみたいです!別の兵士の人が来ました!」


「アル君……ありがとう。すぐに戻るよ」


「考え事ですか?」


「うん。ちょっとね」


 マリーは小さく笑いながら体を反転させ、アルと向かい合った。


「いよいよですからね。でも、心配しんぱいしないで下さい!おれとロンで、マリーさんはしっかり護衛しますから!」


「ありがとう。私も、しっかり兵士達をサポートしないと」


大変(たいへん)だけど、もう少しですね!この戦いをしのいだら、また調査できそうですから!」


「調査…」


「ゲルニスのやつらはよくわかんないけど、これだけたくさんの国で同盟をんだら、きっと上手うまくいきますよ!あいつらより先に、大昔の力を調べて!」


「大昔…」


「エネルギーがたくさん手に入れば、みんなの生活が良くなるんですよね?おかねがなくても。おれ、なんかこの前から、力があふれてくるような感じがして!もしかしたら、これでもう、盗みをする人も……」


 アルは一瞬いっしゅんだけ下を向くと、すぐに顔を上げ、青い空を見つめた。


「へへっ!よ~し!やってやるぞ!」


「……」


「サアアッ…」


 かわいた風が吹き、細かい砂粒がアルとマリーの間を通り過ぎていった。こぶしにぎりながら笑顔を浮かべるアルの姿を、マリーは悲しげな表情で見つめていた。黄色い髪が横向きに浮きあがり、風を受けてれ動いていた。 

 

「シロルの魔法は少しもったいないけど、さすがにあぶないからなあ。今回はおれのたてで、しっかり護衛してみせますよ!」


「……うん。宮殿に預けておいて正解だったと思うよ。ロンさんもいるから、無理はしないでね」


 アルから視線を向けられるよりも先に、マリーは素早すばやく口角を上げ、笑顔を作った。自然な表情でアルに話しかけると、腕を振りながら前へと歩き出した。


「緊張状態が続くと、体が上手うまく休まらなくて、疲れがたまってくるから。でもアル君なら、そのあたりは大丈夫だいじょうぶかな」


「なんでですか?」


「どこでも寝られるというか、あまり繊細せんさいすぎるタイプではないと思うから」


「あ~!ひどいなあ。これでも、けっこう考えたりしてるんですよ?」


「フフッ。ごめんごめん。めるつもりだったんだけど、変な事を言っちゃったね」


「まあ、確かに気がついたら寝てる事が多いけど……でも、マリーさんもたようなもんだと思うけどなあ」


 二人は楽しそうに会話をしながら、テントへと歩いていた。地面から照り返す熱気によって、早い時間でありながら、心地ここちの良い気温が保たれていた。 


(そう。今はこれでいい。目の前の事に集中すれば、きっと上手うまくいくから……)


 ひとみを輝かせながら前を向くマリーの頭上を、二羽のわしが通り過ぎた。茶色いつばさを横向きに伸ばし、マリー達と反対の方向へ向かいながら、ゆっくりと左右にわかれ始めた。つがいのわしは、大きな体を風に預けながら、たがいに距離を取るようにそれぞれの方向へと飛びっていった。







「そうですか。できればに合ってほしかったですが、こればかりは仕方しかたがないですね」


 コーデリアは金色の玉座ぎょくざに座りながら、おだやかな表情を浮かべていた。両脇には黒い兵服を着た護衛の兵が並び、ゆるやかな階段の下にはバル大臣だいじんが立っていた。


「ええ。ダイダルから援軍が来たという事実は、その数以上に、大きなプレッシャーを与える事ができますからな。数日は、旧七国同盟の軍だけで対応する形になるでしょう」


「すぐに戦力の差をめる事ができない以上、ハルディン司令にも、がんばってもらわなければなりませんね」


「本当によかったのですか?ヘウルーダで指揮をとる事もできたものを、北方ほっぽうの戦線へ向かう事を許可されて。宮殿の守りは確実に手薄てうすになりますが……」


「もっとも過酷かこくな前線の兵士達の為、危険をかえりみず戦地へ向かうハルディン司令の想いを、みにじるわけにはいきません。それに宮殿にはあなたがいますからね、バル大臣だいじん幾多いくたの戦いをくぐりけてきたあなたがそばにいてくれるのは、心強こころづよいです」


「はっ。ありがとうございます……いぼれと笑われぬよう、最後まで力をくしましょう」


たよりにしていますよ」


 コーデリアは静かに息を吸うと、玉座ぎょくざに座ったまま目を細めた。


「…バル大臣だいじん。先日お話したろうの件については、あなたの意見を尊重そんちょうしたいと思います。監視の兵にも伝えて下さい」


「では、その許可を?」


「はい。今後は自由な発言や行動ができないよう、拘束具こうそくぐの強化をお願いします。また、不審ふしんなザラの動きや逃亡とうぼうと思われる行動が見られた場合には、拘束こうそくにあたり、その生死を問わないものとします」


「かしこまりました。すぐに伝えます」


 バル大臣だいじんは背筋を伸ばしてお辞儀じぎをすると、部屋の外へと出ていった。


(これ以上の特別待遇は、宮殿の兵達の士気しきを下げる事につながる。やむをませんね。そうならない事を願いますが……最後は、あなたの力もおりする事になるでしょうから。レシオン皇子おうじ


 コーデリアは気品きひんのある表情で前を見つめながら、玉座ぎょくざに置いた両手に力を込めた。







 荒涼こうりょうとした大地に、長い兵の列ができていた。銀色のよろいを来た兵士達が、けわしい表情を浮かべながら前を見つめ、横並びになって待機していた。列のはしは地平のてまでまっすぐに伸び、エサを運ぶ働きアリのように、銀色の線が途切とぎれなく続いていた。


「いよいよか」


 ハルディンはがけの上から大地を見下ろし、遠く離れた兵士達の列を見つめていた。突き刺すような風が吹き、黒い兵服の表面に砂ぼこりが舞い上がった。ハルディンの後ろでは、よろいを着た壮年の男性が、兵達の奥に広がる巨大な山脈さんみゃく注視ちゅうししていた。


「しかし、みょうですね。ザラの動きがほとんどない。陣形じんけいを変えてくると思いましたが、街道かいどうの奥で待機したままとは。何かの作戦でしょうか?」


「我々を見下しているのだろう。戦力の差がありすぎて、正面からたたいたほうが早いと」


「なるほど。なんともあまく見られたものですな。ゲルニスのやつらめ」


に合った援軍を加えても、向こうの戦力はこちらのおよそ五倍……だがここを突破とっぱされては、ラウの国が終わってしまう」


 ハルディンは前を見つめたまま、一歩前に出た。短く逆立さかだった青い髪が、風にれ小さく動いていた。


「なんとしても食い止めねばな。家の地下に寝かせてある葡萄酒ぶどうしゅも、今年で頃合いになる」


「ほう。何年ものですか?」


「ちょうど十年だ」

 

「なんと。なかなか、我慢強がまんづよいですな」


「あまり早すぎると、深みが足りないものでな。先の楽しみがわかっている時は、不思議とえられるものだ」


「私はどちらかというと、さっぱりしたほうが好きです。熟成したものよりも、軽い口あたりのほうが、飲んでいて気持ちいいですな。手間てまがないので、心身しんしんの健康にもいい」


「フッ。近頃はそういう意見がえておるらしいな。街の酒場さかばでも、年代物の人気が下がっているらしい。しのぶ事は時代おくれ、か……」

 

 ハルディンはうっすらと笑みを浮かべながら、空を見上げた。細く伸びた雲が、青い空の中に間隔かんかくをあけながら、いくつも浮かんでいた。


「よし、偵察隊に指示を出せ!再度、確認を行うようにと!ザラを遮断しゃだんした兵士が、山脈さんみゃくの中にひそんでいるかもしれん!」


「はっ!わかりました!」


 よろいを着た兵士は力強い返事をすると、体を後ろに向け、勢いよく走り出した。ハルディンは兵士に背中を向けたまま、がけの上から長い列を見つめていた。


(数でまさるオオカミのれに、追いめられたシカはすべもなく狩られてしまう。きん出た個体と、強い結束けっそくがない限りは……だが、勝つ必要はない。戦線を維持いじし、ひたすらえ続ければ、その先に……)







「ボオオッ…」


 暗い地下の空間に、紫色の火の玉が円を描くようにして並んでいた。広大な空間を照らすには、あまりにも小さな炎のかたまりが、石の床の上であやしくゆらめいていた。


「……」


 火の円から奥へと進んだ場所で、ジオルサが黒いマントをらしながら、ゆっくりと歩いていた。オールバックに整えられた紫色の頭は、二本の髪がひたいから眉毛まゆげの下にかけて伸びていた。細くつり上がったひとみの先には、石造いしづくりの大きな祭壇さいだん鎮座(ちんざ)し、壁を背に行き止まりになっていた。

 ジオルサは顔を上へと向けながら、祭壇さいだんの前で立ち止まった。無数の黄色い炎が、細長い台座の上で勢いよく燃え上がり、しわのきざまれたジオルサの口元をぼんやりと照らしていた。


「ポウッ…」


 背丈せたけよりも上の位置には、ひらべったい台座の上に、三つの水晶の玉が並んでいた。それぞれの玉は、両手であれば無理なく持ち上げる事ができそうな大きさをしており、ジオルサから見て左端のものだけが赤く輝いていた。血のようにな光をめた玉が、神々しい祭壇さいだんの中で不気味ぶきみな存在感を放っていた。


小娘こむすめが!軍事同盟などと下らぬ事を……最後の一国(いっこく)になるまで、徹底的にほろぼしてくれる!」


 ジオルサは眉間みけんにしわを寄せながら、じっと祭壇さいだんを見つめていた。


「この大陸たいりくに、ゲルニス以外の国は必要ない!ゲルニス帝国の皇帝だけが、愚民ぐみんどもを正しい方向へと導き、統治する権利がある。それすらわからぬまま王を名乗るとは、本当にすくいのない…!」


 炎のともった祭壇さいだんの前で、ジオルサは両手のこぶしにぎりしめた。


「だが、それもじきに終わる。まもなくだ!まもなく、全てが手に入る!輪廻りんねの流れのを越えて……ククッ!」


 ジオルサは祭壇(さいだん)を見つめながら、邪悪(じゃあく)な笑みを浮かべた。暗闇(くらやみ)の中で、赤い水晶の輝きが強くなっていった。










 

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