超魔法同盟
「ありがとうございます。これで、道筋は見えました」
コーデリアは穏やかな笑顔を浮かべながら、光沢のある机の前に座っていた。絨毯から立ちのぼる透明な炎の膜へと顔を向け、ゆったりとした口調で会話をしていた。
「参加総数二十七カ国……これほどの規模は、おそらくかつての機械文明の時代までさかのぼらなければ、なかった事でしょう。本当に感謝しております」
「いえ。我が国としても、こうして西側の国々と手を取り合えるのは、喜ばしい事であると思っております。仁なき侵略の意思が大陸全土を覆いつつある今、我々は獣として互いに食い合うのか、人として調和への道を歩んでいくのか、ふるいにかけられているといえるでしょう」
炎の膜から、優しげな少年の声が響いていた。
「そうなのかもしれませんね。二百年前、科学の頂点を極めた文明が、滅びの道へと進みかけたように……」
「我々の選択が、今後の世界の行く末を左右する事になるのは、まちがいないといえます。互いに、大変な時代に巡り合わせたものですね。これもまた、国を束ねる者に与えられた、試練なのかもしれません。良き時代を作っていけるよう、共に力を尽くしましょう」
「はい。最後まで、希望の光を追いかけていきたいと思います」
コーデリアは小さくうなずきながら、炎の膜を見つめていた。
「では、おおよその位置はわかっていたと?」
「そういう事になるね」
リピステスは、薄暗い地下の階段を下へと進みながら、グアータと話していた。ウェーブのかかった金色の髪を揺らしながら、後ろを歩くグアータの姿を笑顔で見つめていた。
「なぜ動かなかった?クーデターの混乱に乗じて、動けたはずだ!」
「いや、さすがに一人では限界があってね」
「ハッハッハ!謙遜が過ぎるな!本気を出せば一個大隊と渡り合うくらい、わけないだろうに!」
グアータは背筋を伸ばしながら、自信に満ちた表情で笑っていた。銀色の鎧が、壁に掛けられたランプの光を受けて輝いていた。
「買い被りすぎだよ。僕のメインは、情報収集だからね。戦闘はあまり得意じゃない」
「そうか!まあ、おれは別に気にしないが、イルジットの前では謙遜はひかえる事だ!冷めた言葉は、挑発と思われるからな!」
「フフッ。そうかもしれないね。肝に銘じておくよ」
リピステスは嬉しそうに笑いながら、長い階段の先を見つめていた。灰色の石に囲まれた通路には、二人のほかに人はなく、無機質な階段が闇の中へと続いていた。
「一応、具体的な根拠はあってね。ヘウルーダで仕入れた情報によると、鏡の間へ行くには、かなり厄介な障害があるみたいなんだ。一人で行っても、おそらく失敗していただろう」
「ほう!そこまでのものなのか?」
「ああ。事前の準備なしでは、レギリアでも厳しいだろう」
「なんと!信じられん!」
「さすがに建国より受け継がれてきた宝となると、一筋縄ではいかないようだ。僕も少し、甘く見ていたよ。持つべきものは、頼りになる仲間達……なんてね。まだ日は浅いが、君達との連携に力を注いでいきたいと思う」
「うむ!その為の打ち合わせだからな!」
「そうだね。しかし、強大な力による制圧、か……フフッ。やはり、繰り返されるのかもしれないね」
深緑色のマントを揺らしながら、リピステスは階段の先へと進んでいた。二人は楽しそうに会話をしながら、深い闇の中へと消えていった。
宮殿の中に作られた広場に、数え切れないほど多くの人間が集まっていた。物資の配布を待つ人々の列とは別に大きな人だかりができ、それぞれが嬉しそうな笑顔を浮かべながら、二階に作られたテラスを見つめていた。
人の群れを見下ろすように位置したテラスには、数名の兵士が立っており、背中に手をまわしながら静かに前を向いていた。乾いた青空には白い雲が浮かび、雲間から細い太陽の光が差し込んでいた。
「アル君、ジャガイモがまだみたい!見てきてもらえないかな?」
「わかりました!」
アルはマリーに向かって返事をすると、右腕で額の汗をぬぐいながら、テントの外へと走り出した。人ごみの中を器用にすり抜けながら、木箱の積み重なった所へと進んでいった。黒い兵服を着た兵士達が箱の周りに立ち、忙しそうに荷物を下ろしながら、周囲の人間に指示をしていた。
「はあっ、はっ!六号テントです!ジャガイモがまだ届いてないみたいで、確認に来ました!」
「六号テント?ちょっと待て!」
若い兵士が、横長の机に置かれた紙の束を、素早い動きでめくっていった。
「ジャガイモ……チェックが漏れてるな!わるい、すぐに用意する!」
「はい!はあっ、はっ…」
アルは背中を曲げながら、何度も呼吸をしていた。
「これだ!持っていってくれ!」
「ドサッ!」
アルの膝が、内側に勢いよく折れ曲がった。木箱の重量に体がついていかず、両手で箱を支えながら、必死に体勢を維持していた。
(重っ!やべっ…!)
「おい、薬草は今日入ってくるのか?まだ見てないぞ?」
「明日だ!さっき連絡があった!それより、油瓶の仕分けを手伝ってくれ!」
兵士達はアルの方には目もくれず、大声で仕事の確認をしていた。アルは体を震わせながら後ろを向き、マリーのいるテントへと歩き出した。
背中を後ろにそらしながら、体中でなんとか箱をかかえ、人と人との間を通り抜けていった。額から汗が流れ、手の甲の血管が浮き上がっていた。
「くあ~!重た過ぎだろ!これ、ほんとにジャガイモなのかよ?」
「アル君!その箱が?」
「はい!向こうのチェックが漏れてたみたいです!」
アルは、マリーのいるテントの中へと入っていき、四角い木箱を勢いよく下ろした。両手で腰をさすりながら、苦しそうに背伸びをしていた。
「く~!やたら重いんですよ!すいません、すぐに動かすんで!」
「いや、このままで大丈夫!ちょうどいいタイミングだったね。そろそろ始まるみたいだよ」
マリーは黄色い髪を揺らしながら、テントの外へと出ていった。人だかりの向こうには、兵士達の立つテラスが見えていた。
「やった!これで少し休めるぜ!」
「フフッ。朝から動きっぱなしだったからね」
「お、出てきた!」
アルはマリーの隣に並びながら、目を大きく開いた。広いテラスの奥から、コーデリアがゆっくりと歩いてきていた。
「来た!コーデリア様だ!」
「女王様!」
広場のあちこちから大きな歓声が響き、テラスに立つコーデリアへと視線が集まった。作業をしていた兵士達は一斉に手を止め、背筋を伸ばしながらコーデリアの姿を見つめていた。白いドレスの背中に紫色の髪がかかり、空から差し込む太陽の光が、くすみのないコーデリアの肌を美しく照らしていた。
「皆さん、今日はお忙しい中、この宮殿までお集まりいただき、ありがとうございます」
コーデリアは穏やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと話し始めた。広い宮殿に、コーデリアの声が響いていた。
「本日は、私から皆様に直接お伝えしたい事があり、この場を設けさせていただきました。どうか、少しの間だけ、私の言葉を聞いてもらえないでしょうか。現在、我が国はゲルニス帝国との間に火種を抱えており、四日後までに国土を明け渡さない場合は、ラウの国への軍事侵攻を開始すると宣告されています。これは、こちらの意向を無視した、一方的な内容であります」
広場の中は静まりかえり、全ての人々が、コーデリアの言葉をじっと聞いていた。
「争いを避ける為、交渉を続けているところではありますが、ゲルニス側の姿勢はかたくなであり、今後は国境線沿いにおいて、我が国との軍事的な衝突が起きる事も予想されます」
「……」
広場の後ろで、ロンが腕を組みながら、じっと前を見つめていた。
「国民の皆様には大きな不安を与えてしまう事となり、女王として、申し訳なく思っております。既に物資の配布をはじめとした、あらゆる備えを進めているところであり、避難に向けた宮殿施設の開放も、順次行っていく予定です」
コーデリアは前を見つめながら、静かに息を吸った。
「ご承知の通り、我が国はギルの国と同盟関係にあり、帝国の一方的な宣告に対しては、両国の連携を密にしながら、軍事的行動を視野に対処にあたっていきます。それに付随して、今、この場で、皆さんにお伝えしておきたい事があります」
「サー…」
穏やかな風が吹き、コーデリアの髪が小さく浮き上がった。
「ラウの国は、ゲルニス帝国への軍事力による牽制と、魔法技術の共同研究を目的とした広域国家連合体、超魔法同盟に参加する事を、ここに宣言します」
「超魔法同盟?」
「広域連合だと?どういう事だ?」
広場の中が慌ただしくなり、人々の声が大きくなっていった。
「マリーさん、どういう事ですか?」
「これは……」
「二十七カ国の国によって作られるこの連合体は、有事の際に国の垣根を越えた支援を行い、国家の存続を脅かす敵対勢力に対して、集団的自衛権の行使にあたるものとします。また、平時においては、先進的な魔法技術の共同研究を行い、新たなエネルギー源の開発に力を注いでいきます」
「軍事同盟…!それも、とんでもない規模の!」
マリーは拳を握りしめ、アルの隣で目を見開いていた。
「現在、我が国が同盟を結んでいる七カ国を含め、新たに東側の地域と西側の一部地域にも範囲を拡大し、文化の異なる様々な国々が、この連合体に参加する事になります。その範囲は非常に広く、東に位置するダイダル国も、参加の意思を表明しています」
「ダイダルだと?信じられん!どれだけ距離が…」
「その間にある国も、いくつか参加するって事だよな?」
「他の国に利益はあるのかしら?ゲルニスが攻めてきても、ラウ以外には他人事としか…」
人々の声がどんどん大きくなり、コーデリアの方を向いている者は少なくなっていた。
「静粛に!コーデリア女王のお話の途中である!静粛に!」
「ハワード、ありがとう。下がってください。ここは私が……皆さん、突然の発表となり、混乱も大きい事と思います。順を追って説明しますので、もう少しだけ、私の言葉を聞いていただけないでしょうか?」
コーデリアは凜とした表情で前を見つめていた。広場の中が、少しずつ静かになっていった。
「ありがとうございます……先ほども申し上げました通り、超魔法同盟の規模は大きく、その範囲だけでいえば、大陸を西から東へと横断する形になるでしょう。ラフィーナ国のような中立国を始め、同盟に参加しない国も多くありますが、ゲルニス帝国に隣接する主要な国々については、そのほとんどが協力していただける事となりました。
それぞれの国が、帝国の侵略的行動に対して、強い危機感を抱いているといえるでしょう。今後は国家の尊厳を守る為、自国が危機に瀕していない場合であっても、同盟国への軍事的な支援を厭わないものとして動いて参ります。
今回の帝国との一件につきましても、我が国の領土へ侵攻が開始された場合には、同盟に参加する全ての国々が、ラウの国を支援していく形になります。これは、先日、極秘に行われた会談の中で、既に決定した内容です」
コーデリアの声に、少しずつ感情がこもっていった。
「それぞれの国同士には大きな距離がある為、物資などの支援は、なかなかすぐには届かないかもしれません。しかし、多くの国々の協力が、帝国の一方的な行動に対して、強い抑止力になってくれる事はまちがいないでしょう。ラウの国の国土を、決してゲルニス帝国の好きにはさせません」
品のある声が響き渡る中、人々は目を輝かせながら、コーデリアの話をじっと聞いていた。
「また、現在、ラウ・ギル・ダイダルの三国で共同研究を行っている、古代の魔石についても、その概要が少しずつ判明して参りました。世界各地の遺跡に眠る、強大な魔力を秘めた石によって、人々が魔法の力に目覚めつつある事がわかってきております。
今後はその研究内容を広い国々で共有し、さらなる研究と解析を進めていきたいと思います。古代より伝わる、自然に根ざした無限のエネルギーを復活させる事で、私達を取り巻く貧困と格差の問題は、劇的に改善されていく事でしょう」
「おおっ!すごい!」
「魔法の力が、資源として?」
「コーデリア様!」
「皆さん、希望の光は決して消えてはおりません。調和と友愛に満ちた光あふれる未来は、すぐそこまで来ています。現状、ゲルニス帝国との衝突は、避けられないものになりつつあります。しかし、道を誤った帝国の行動を止める事は、世界が一つになる為の、大きな試練なのかもしれません」
コーデリアの声が大きくなっていった。
「平和の為、兵に剣を握らせる。愚かな女王の言う事など、信用できないかもしれません。それでも、どうかもう少しだけ、私を信じていただけないでしょうか。希望の光をつかむその日まで、私の事を信じていただけないでしょうか。
日常の生活が大きく変化し、不安や恐怖が頭をよぎる事もあるでしょう。ですが、長い夜にも、必ず朝陽は昇ります。帝国の侵攻を止めた先には、これまでにない、明るい未来が待っています。この難局を乗り越え、調和のとれた光輝く世界へと、共に踏み出しましょう」
「うわああっ!」
「コーデリア様!」
広場の中を大きな歓声が包み込んでいた。腕を伸ばし、喜びの声を上げる民衆の姿を、コーデリアは真剣な表情で見つめていた。