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フィーネ・クリスタル  作者: 青空ミナト
168/211

決意を胸に


「ふう…」


 マリーは分厚ぶあつい紙のたばを両手でかかえながら、宮殿の廊下ろうかを歩いていた。ベージュ色のセーターをにつけ、ひざの辺りまである白いスカートをいていた。

 白い壁にかこまれた廊下ろうかの中を、宮殿勤きゅうでんづとめの人間達がいそがしそうにすれちがい、たがいに挨拶あいさつをする余裕もなく、足早あしばやに目的の場所へと向かっていた。


(街の人達の誘導計画の打ち合わせに、避難所の準備と食材搬入の確認……夕方ゆうがたは、王族警護の人達との会議だっかな?やる事が山積やまづみだ)


 前へと歩くマリーのひたいから、細い汗が流れ落ちた。


医療室いりょうしつの人達とも、早く打ち合わせをしておかないと……魔法での回復しかできないから、足手あしでまといにならなければいいけど)


いそがしそうだね」


「え?あれ、アイナさん」


 マリーは足を止め、明るい声の方へと顔を向けた。アイナが自信に満ちた表情を浮かべながら、廊下ろうかの真ん中に立っていた。

 赤い髪は肩の下まで伸び、傷のない細い眼鏡めがねがよく似合にあっていた。首元まである茶色いセーターと、黒いズボンをにつけ、両腕のそでひじの辺りまでまくっていた。


「戻ってきたんですか?」


「緊急の会議があってね。午後からは訓練に合流するから、また出ないといけないんだ」


「うわあ、大変たいへんですね」


「まあ、みんなたようなもんだけどね。他人を気にする余裕がないから、一人くらいサボってても、だれも気づかないかもしれないな」


「フフッ。案外あんがい、そうかもしれないですね」


 マリーは紙のたばをかかえたまま、うれしそうに笑っていた。


「昨日、他の人から聞いたよ。医療チームにも志願しがんしたんだって?」


「はい。色々と考えたんですが、やっぱりヘウルーダに残って、自分にできる事をしたいと思って……」


「そうか」


「アイナさんの忠告を無視するような形になってしまい、すみません」

  

「いや、マリーが決めた事なら、私も応援するよ。自分の思ったようにするのが一番だ」


「はい…ありがとうございます」


「ケガをした時は、マリーになおしてもらわないと。たまに、やたらきつく包帯ほうたいいていくる人がいるんだよなあ。ああいうのって、女同士だとざつになるのかな?」


「フフッ。どうかなあ。考えすぎな気もしますけど」


「試しに一回、男のふりでもしてみようかな。こう見えて、色気いろけのある低い声を出すのは上手うまいんだよ」 


 アイナは楽しそうに笑いながら、マリーの肩に右手を置いた。


邪魔じゃましたね!それじゃ、また!」


「いえ。アイナさんも気をつけて」

 

 マリーはアイナを笑顔で見送ると、うつむきながら目を閉じた。人々が廊下ろうかすみで、静かに息を吸いながら、真剣な表情を浮かべていた。


「…よし!」


 小さな声と共に、マリーのひとみがゆっくりと開いた。決意のこもった眼差まなざしを前へと向けると、黄色い髪をらしながら、廊下ろうかの奥へと歩き出した。







  二人へ


 おれはヘウルーダに残って、マリーさんの護衛を続けてみようと思う。わるいが先にギルに戻っていてくれ。ギルメインの人には、首飾りの石の実験をするため、とか言っておいてもらえないか?

 急にごめん。ほんとは二人に話しておきたかったけど、なんか、上手く言い出せなかった。ただ、このままギルの国に戻ったら、もうみんなで調査できないような、そんな気がして、もやもやしてた。首飾りの石の事も、ずっとわからないままのような気がして、だから、こっちに残ってみようと思う。

 それと、わるいがシロルの事を頼む。こっちにいるとあぶないだろうから。また、落ち着いたらマリーさんの水晶で連絡するよ。ギルの国まで、気をつけて帰ってくれ。


                                           アル  





 

「チチ…」


 朝陽あさひのぼる前の薄暗うすぐらい空に、小鳥の鳴く声が響いていた。木々にかこまれた静かな公園のすみに、アルがこぶしにぎりしめて立っていた。おだやかな池には鳥の姿はなく、真ん中の辺りに小さな波紋はもんができていた。


「よし…」


 アルは静かに息をくと、真剣な表情で空を見上げた。青黒あおぐろい空の奥から、うっすらと太陽の光が差し込んでいた。

 人気ひとけのない公園の中には街灯がいとうは見当たらず、薄暗うすぐらい木々の間から、葉のこすれ合う音が聞こえていた。アルはこぶしにぎりしめたまま、池に背中を向け、前へと歩き出した。

 足下にわずかに光が差していたものの、ほとんど夜の道と変わらず、目をこらさなければ何が落ちているのかわからなかった。


「ん…?」


 アルは前を見つめながら、ゆっくりと足を止めた。太い木の陰から、二つの人影が姿を現した。小柄こがらなシルエットが、音を立てる事なくアルのそばへと近づいてきた。


「え?まさか…」


「まったく、面倒めんどうをかけさせてくれる」


「うむ。こんなに早く起きたのはひさしぶりじゃ」


 ルーナとロンが、横並びになりながらアルの前に立っていた。


「どうして…」


「夜中に物音が聞こえたので、もしやと思ってのう。気配けはいを消すのはまだまだじゃな」


「そうですね。書き置きなんてするひまがあるなら、もっと修行してほしいものだ」


 ルーナは腕を組みながら、眉間みけんにしわを寄せた。白いローブの肩に、ツインテールの髪がくっついていた。


「おかげで、こっちは睡眠不足じゃからな。今夜こんやはアルにおごってもらわねば、わりに合わんのう」


今夜こんや?」


「うむ。ここの所、体がなまっておってのう。ギルに戻る前に護衛でもすれば、ちょうどいい運動になるじゃろう」


「いや、それは、おれ一人で……」


「そんな腕で、どうやってマリーを守るつもりだ?相手あいてはゲルニスだぞ?私達の尾行びこうに気づかないようでは、話にならないな」


 ルーナは腕を組んだまま、じっとアルの顔を見つめていた。


「そういう事じゃ。まあ、どうせ残るなら、わしらもおったほうがいいじゃろう」


「護衛としてな」


「けど、ギルメインからは命令が…」


「向こうの話では、ギルでも志願兵しがんへいの呼びかけがえておるようでな。短期間の派遣兵はけんへいという事で、ギルメインにやとってもらうとしよう。実は、普通の兵よりも収入がいいのじゃよ。フォッフォッ!」

 

「それと、シラメリアで見せてもらった魔道用具まどうようぐの実験もしてみたい。十日もあれば、試作品を完成させるには充分じゅうぶんだ。あとは、実戦でデータを取らないとな」


「ロン……ルーナ……」


「もちろん、その間の食費はアルにはらってもらうがな。期日までは、街中まちじゅうの店を食べ歩きでもするとしよう」


「いいですね。私も行ってみたい紅茶こうちゃの店がある。夜は、順番に回りましょう」


 ロンとルーナは、アルと向かい合いながらおだやかな笑顔を浮かべていた。


「いや、勘弁かんべんしてくれよ。さすがにかねがなくなるって」


「若いうちからかねの事ばかり気にしてどうする。仲間の為に還元かんげんできる事を、もっと喜ぶのじゃ」


「確かに、使う相手(あいて)がいるうちがはなですからね。一人でため込んでくなる事ほど、悲しいものはない」


「うむ!金銭きんせんとは、豊かな人生を送る為の潤滑油じゅんかつゆじゃよ!フォッフォッ!」


「ったく…めちゃくちゃな事ばっかり言いやがって……」

  

 アルはため息をつきながら、けだるそうに二人を見つめていた。空のはしから朝陽あさひが顔を出し、白い光が三人の体を照らし始めた。明るくなっていく公園の中で、アルは肩の力をきながら、うれしそうに微笑(ほほえ)んだ。







「では、ハルディン総司令(そうしれい、説明をお願いします」


「はい」


 コーデリアにうながされるようにして、黒い兵服を着た男性がゆっくりと立ち上がった。二メートルはあろうかという長身ちょうしんに、がっしりとした体つきをしており、分厚ぶあつ胸板むないたがはちきれそうなほどにふくらんでいた。青い髪は短く上へと逆立さかだち、目元には細長いしわがきざまれていた。

 広い部屋の真ん中には楕円形だえんけいの机が置かれ、周りをかこむようにして、歴戦の兵士や役人やくにんがずらりと並んでいた。長身ちょうしんの兵士のもとには横長の黒板こくばんが用意され、テーブルの一番奥では、コーデリアが白いドレスをにまといながら、ひんのある表情を浮かべていた。


「ゲルニスの侵攻しんこうを想定したうえで、国境線沿こっきょうせんぞいに大部隊を配置します。ガトルミナ山脈さんみゃく沿うようにして小隊を並べ、北方ほっぽうからの侵入ルートを阻止そしします」


 男性はけわしい表情で、黒板こくばんに地形図を書いていった。


「また、それぞれの隊の後方には、間隔かんかくを開けて兵を配置し、その後ろにはさらに別の部隊を準備させます。このように、敵が隊と隊との隙間すきまを上手く通りけたとしても、後方の部隊がぶつかるように配置をします」


山脈さんみゃく沿うようにして、横並びになった兵士達の長い列が、(みっ)つできる事になるわけですね」


 コーデリアは背筋を伸ばしながら、男性の方へと顔を向けていた。


「その通りです。防衛ラインを(みっ)つ用意し、一番後ろのラインを最終防衛線として、なんとしても死守ししゅします。このラインを越えられる事は、ラウの国内へゲルニスの兵士達が侵入する事を意味します」


「最終防衛線か……しかし、ゲルニスもその事は想定しておろう。陽動部隊を動かし、こちらの防衛ラインをくずそうとするのではないのか?」


「はい、バル大臣だいじん。敵が集中攻撃や陽動を仕掛しかけてくる事を想定し、それぞれの防衛ラインの数ヶ所に、転移用の特別小隊を配置させます。状況に応じて兵士達を魔法で召喚しょうかん・移動させ、常時、防衛線の維持をはかります」


「空中からの侵入はどうされるおつもりですか?」


 口元に深いしわのきざまれた女性が、低い声で質問をした。くせのついた緑色の髪が、肩の上まで伸びていた。


「ザルギナによる侵入を想定し、感知用の特別小隊を第二ラインに配置します。また、飛行用のザルギナを用意した兵達を小隊に組み込み、空中からの偵察ていさつ及び防衛行動にあたってもらう予定です」

 

「わかりました」


「そうなると、国内の兵のり振りをどうするか……ハルディン、ヘウルーダの配置はどうする?」


 バルは腕を組みながら、神妙しんみょう面持おももちで声を発した。


「はい。このように、王都おうとの周囲に二重の円を描くようにして兵を配置します。ヘウルーダの中の兵は、今の三倍に数をやし、宮殿内の兵士についても、現状の倍の数で警備にあたるものとします。比率ひりつとしては南方なんぽうの兵士達の四割をこちらに呼び戻し、ヘウルーダ及び北方ほっぽうの警備についてもらう事とします」


「想定戦力の対比計算は?」


 細い眼鏡めがねをかけた青年が、するどい目つきで黒板こくばんの方を向いていた。


「はっきりとしたゲルニスの戦力ははかりかねますが、過去三十年間の軍事分析と、十二年前に起きたヘウルーダ侵攻しんこうから推定して、帝国の保有する兵士の数は、最低でも我が国のおよそ八倍です」


て、それでは戦いにならんではないか?」


物量ぶつりょうに押されたら、勝ち目はない!この防衛ラインに意味はあるのか?」


「だからといって、国境付近を手薄てうすにするのは、あまりに無策むさくではないかしら?」


 部屋の中があわただしくなり、それぞれが激しい意見をぶつけ始めた。


「そうですか。戦力差が大きくなるほど、一点突破いってんとっぱされやすくなる。決壊けっかいする堤防ていぼうのように、そこから戦線がくずれる可能性は高いでしょう」 


「まるで、そう望んでいるかのような言い方だな」


「私は事実を言ったまでです。現実を見ないまま、愛国心あいこくしんだけで戦いにいどむ事ほど、おろかな事はありません」


「なんだと!貴様きさま、ラウのたみ侮辱ぶじょくするつもりか!」


「おい、落ち着け!その為の同盟国だろう!ギルを始め、近隣の国々からの支援があるのを忘れてはおらんか?」


「しかし、あまり過信かしんしすぎるのも考えものだ。戦況せんきょうが厳しくなれば、手のひらを返す国が出てくるやもしれん」


「それこそ、同盟国への侮辱ぶじょくではないかしら?今はたがいの信頼を確認し合いながら……」


「ビリビリッ!」


 はだすような空気のれが、黒板こくばんの周りから拡散した。前へと伸ばしたハルディンの右手を中心にして、辺りの空気が激しく振動しんどうしていた。


「…失礼しつれい。まだ説明の途中でして、話を聞いていただけると助かります」


「ハルディン総司令そうしれい、続けて下さい」


 コーデリアは表情をくずす事なく、落ち着いた様子で声を発した。部屋の中は静かになり、皆が背筋を伸ばしながら、黒板こくばんの方へと目を向けていた。


「では……兵士の数ではゲルニスが圧倒的に有利なだけに、同盟国からの軍事支援は非常に重要になってきます。また、戦場においては戦略せんりゃく・兵の士気しきなど、単純な兵士の数以外の要因よういんも、勝敗に深く関わってきます。その事に付随ふずいして、一点、皆さまに了承りょうしょうしていただきたい事があります」


 部屋のすみに立つ兵士達が、素早すばやい動きで窓へと近寄り、カーテンに取り付けられた暗幕あんまくを広げていった。暗くなった部屋の中で、ハルディンは小さな水晶の玉を取り出し、机の上に丁寧(ていねい)に設置した。


「ジジ…」


 水晶から扇状おうぎじょうの光があふれ、スクリーンのように映像がうつし出された。


「これからごらんいただくのは、北方(ほっぽう)での戦いにおいて切りふだとなりうる戦力の一つです。賛否さんぴはあるでしょうが……」


 暗闇くらやみの中で、ハルディンの声がわずかに小さくなった。










 


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